トラッパーは僕に沢山のことを細かく教えてくれた。
儀式に必要なパーク、フェイント、フックの位置、立ち回り…一日では覚えきれなかった。
「じゃあな。明日から別の奴になるが、頑張れよ」
「仲良くなれたらいいけど…」
「お前なら大丈夫だ」
「トラッパー…」
やっぱり彼は、僕が出会ってきた誰よりもたくましい…そんなところが憧れで、たまに妬んでしまう時がある。
しかし彼には抜けている箇所が所々あり、そこがまた可愛くて気づいたら嫉妬心なんて忘れてしまう。
彼の血で染み付いてしまった床も、今思い出せば微笑ましい…。
僕の部屋から出ていこうとする彼の背中を目で追いかける。
なんてカッコいい背中なんだろう…僕もいつかあんな風になりたいな…。
「あ、そうそう。最後に忠告だ」
「なに?」
「明日から別の相手がお前の面倒を見るが、そいつには絶対に油断するなよ?奴は隙あらば殺しに掛かってくる。皆が皆、俺みたいなキラーだと思うな。いいな?」
「う、うん…」
油断するなって、普段からどこか抜けてる君に言われても説得力無いんだけどな…。
でも僕を心配してくれてるんだ…なんだか嬉しい。
「ありがとう、トラッパー」
「感謝する程か?まぁ精々頑張れよ」
自分の行いがどれだけ凄いものなのか気づいてないなんてやっぱり紳士的だ…いや、無自覚な謙虚かも?
「ありがとう」
そう言うと彼は満足そうに微笑んだ…ように見えた。
でも声は少し安心したような感じだったな…。
まぁいいや。
さて、どんな人が来てくれるんだろうか…。
僕はそう思いながら眠りに着いた。
─次の日目が覚めても視界は真っ黒だった。
何事だと思いベッドから身体を起こそうとしたが、
これまた手足を縄で拘束させられているため身動きが取れない。
この世界に来る前に一度ストーカーに誘拐された時と同じ感覚だな…
やはり初心者と言うこともあるのか拘束が容易かったため隙をついてすぐに殺したけどね。
「(人の気配はする…)」
あのトラッパーが僕にこんなことをするなんて思えない…じゃあやっぱり昨日彼が言ってた別の『キラー』?
「誰かいるの?」
試しに声を掛けてみるが、反応はない…。
「あの…」
顔だけは何とか動かせるため試しに横を向こうとした瞬間、鋭利な物が僕の首に刺さる感覚がした。
多分、ナイフをギリギリ僕の首に当てて誰かが止めているんだろう。
僕の反応がそんなに面白いのか…でもこれで確信付いた。
今僕にナイフを向けているのは、トラッパーが言ってた別のキラーなんだ。
そしてもう一つ、『油断するな』という言葉も理解した。
僕が油断してすやすやと眠っていたから、今こんな状況になってるんだ。
「初めまして、新人君。」
ボイスチェンジャーを使った声に思わず身体をビクンとしてしまった。
だっていきなりだったんだもん…。
「あの…君は誰かな?」
「今日から君を一人前のキラーに育て上げることになった『ゴーストフェイス』さ。好きなように呼んでいいよ」
「は、初めまして…僕のことは知ってるかな?」
「もちろん。アイドルなんでしょ、君?」
「う、うん…」
「じゃあさ、過酷な経験とかあるはずなんだ。で、今君が置かれてる状況は完全にまな板の上の鯉。僕の気分一つで君を殺すことが出来る。」
「そう…だね…」
なんとなく彼が言いそうなことを察してきた気がする…。
「今から君の一番近くに縄を解くための何かを置くから、五分以内にベッドから降りて僕のいる所まで来てよ。」
「え、ちょ、ちょっと待って!」
「なに?」
「君はこの部屋から居なくならないんだよね?」
変な意味に聞こえてしまうが、単純に考えて彼が僕の部屋から出ていってしまえば例え拘束を解いたとしても無駄な足掻きになってしまう。
「うーん…それは分からないね。まぁ耳の良い君なら、僕の足音でどこにいるか分かるでしょ。」
「そんなっ…!」
まだ顔も見てない、名前しか知らない僕と同じキラーに脅されるなんて…もしも五分以内に来れなかったら…考えたくない。
「まぁいいや。僕も貴重な時間を使って君に付き合って上げてるんだから、無駄話はここまで。それじゃ、始めるよ~」
「ま、待って!」
僕の声なんか届いてないのか、彼は何処かへ行ってしまった。
「どうしよう…どうしたら…」
とりあえず縄をほどかなきゃ…!
縄をとくための何かって完全にナイフだけど…どこに置いたのか全く分からない。
彼の言葉を思い出すんだ…『君の一番近くに』
僕の一番近くといえば、ベッドだけ…。
「横を向いたらあったりして」
興味本位で横を向き、もぞもぞと動けば何か尖ったものに唇が当たった。
「本当にあった…」
なんという奇跡だ…速く縄をほどこう!
幸いにもナイフを掴むことに成功し、何とか手に巻かれていた縄をとくことに成功した。
目隠しを取り周りを見渡す。
どうやらあのゴーストフェイスは僕の部屋をかなり荒らしたらしい。
クローゼットの中はぐちゃぐちゃになっていて、作曲用に使っているPCを置いている机の上には見覚えの無い一本のコーラが…。
「最悪…」
とにかく速く彼を探さなくては!
足の縄も切りほどき、ブーツを履いて
いつも着ているコートを羽織り急いで部屋から出て彼を探す。
「ゴーストフェイス、どこにいるんだ!?」
長い廊下を走りながら彼を探すが一向に見つからない…。
『僕の足音でどこにいるか分かるでしょ』と言ってはいたが…
「あいつ何故か足音しないんだよ…!」
無理だって…と思った瞬間、微かに服がはためく音がこの廊下の奥から聞こえた。
「まさか…」
僕は音のする方まで向かう…そして
「いた!!」
やっとゴーストフェイスを見つけることに成功した。
「うん、丁度五分だね。君の勝ちだ。」
「勝負はしてないでしょ…」
「まぁ良いじゃん。結構スリルあったんじゃない?」
確かに、彼は僕を殺すなんて一言も言ってないのに僕は勝手に殺されると勘違いして、変に焦りここまで来た…。
「そう…だね…」
「明日もこういうのして上げるから楽しみにしてて」
「するか!!」
でもスリルがあって楽しかったのには代わり無い。
もしかしたら、トラッパーより面白いかも?
でも彼にも良いところは沢山ある。
教えるのも上手いし、紳士的だし、天然だし…。
「ねぇ、これから君のこと『トリスタ』って呼んで良いかな?」
「え?」
唐突だな…。
「トリックスターって長いし言うのが難しい」
「それは君も同じじゃない?」
「ははっ、確かに。じゃあ僕のことは『ゴスフェ』でいいよ。」
「分かった!じゃあ君も僕をトリスタって呼んでいいよ」
「これからよろしくね、トリスタ」
「こちらこそ、ゴスフェ」
なんだかんだ言って彼も面白いし、これからもっと楽しくなりそう。
皆が憧れるほど強いキラーになるために頑張らなきゃ!
コメント
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続きがめちゃめちゃ気になります✨