なんだかスッキリしないまま目が覚めた。夏なのに少し肌寒く体に半分かかったタオルケットを類寄せた。反対側からタオルケットを引っ張られ、横を見てみると女の子が寝ていた。この瞬間だけ見たら誰でも俺が悪者になるだろう。いち早くここから離れないと大きな誤解を生みかねない。そう思い起こさないようそっと起き上がろうとしたら裾を掴まれた。
「あ、え、??」
手遅れだった。怯えながらこちらを見るその目は完全に俺を不審者と勘違いしている様子だった。いや、たしかに彼女からしたら俺は不審者かもしれない。混乱した頭はすぐ朝の冷えで冷静を取り戻した。俺は自分の任務を思い出し、彼女と真正面から向き合った。
「お、俺は森 明日斗。祓い屋だ」
少し強く出たら大失敗。 まるで自分の身を守るかのように俺からすっと離れていった。言葉という素晴らしい文明を使いこなせなあい自分に腹が立った。とにかく今は自分が安全な人間だと証明しなければならない。
「別に何もしない。俺はただ 君を元の世界に戻すために、、。」
完全に距離の詰め方を間違えた。君はなんだかピンと来てなさそうな顔をしていた。妙だ。流石にこの世界が現世でないことくらいわかっているはずだが。それでもそんな顔をされては可哀想な気がして、口をつぐんだ。黙って座り込むしかない 俺に君は微笑み、机の上からくしを取った。
「髪梳くの手伝ってくれない??梳きながら教えて、この世界について。」
そう言って君は後ろを向いた。無知ではないことに安心したと同時に男として人生最大のビックイベントが発生しているこの状況に高鳴る胸を押さえ込んだ。女の子の髪の毛に触れるなんて、少し緊張して手に汗をかいた。
「私、米崎 みわって言うの。よろしくね」
何も言い出せないでいる俺に気を使って話しかけてくれた。よろしくと一言返した後一息置いて また言葉が詰まる。結局また、君の方から話し始めてくれた。
「それで、なんで森くんはここに来たの??森くんには関係ないじゃないの?」
顔に似合わずきつい言葉で線を引かれた。この子はきっとこの世界について何も知らないのだろう。まあ、ここにいるようでは知る術がない。自分の世界に他人が入ってきて不機嫌なのはわかるが、それでも伝えなければならないことがある。俺は負けじと返した。
「ここは現世と時の流れが違うんだ。数年しか居ないと思ってるかもだけど君がここに来て20年以上経ってるんだよ。」
君は「え」と一言発して何も動かなくなった。 ここは元はまっさらで何も無い無の空間だ。そこに人(オーナー)が入ってくるとその人の好きなように世界を作れる夢の世界だ。いい加減目を覚ましてもらおうと俺は君の肩を強く掴み、目をよく見て話した。
「ここは現世の人間の感情がエネルギーになってできている。長くいると世界は劣化してきてより多くのエネルギーを必要とする。」
君の戸惑いや不安を無視して更に爆弾を投下するように事実を淡々と連ねていった。
「負の感情の方がエネルギーは大きいから紛争や災害を増やしてエネルギーを吸収しようとしてるんだよ、てかもう始まってんだよ」
僕から視線を一切外さなかった君が俯いて動かなくなった。零れた涙が反射して俺の目を焼く。その時初めて自分の言葉で人を傷つけたことに気がついた。何も知らない人に一気に話すのは可哀想ってさっき思ったのに、やっていることと思っていることが矛盾する。焦って詰まる喉と熱が困った頭が俺の体を不自由にした。
「あの、違うの。私のせいでそんな大変な事になってたなんて知らなくて。もっと早く行動すれば良かったって後悔したの。この涙は罪悪感…」
心が折れたと思ったが君は涙を拭いとり、何かを決心したかのように小さな声でよしと言った。
「私ここから抜け出したい。ここって夏を永遠とループしてて、、。だから今回のループで全部終わりにしたい」
通るはずのない巨大な何かが食道をゆっくり通った気がした。つい、目を逸らしてし、弱々しく俯きながら話し始める。
「ループの最終日、この世界の扉が開かれる。君がここから一歩出れば無の空間になり、エネルギーも元に戻るよ。ちなみに君も現世に帰ることは可能だよ。」
そう言ってもここから先は君が現世でどんな最後を迎えたかによって話が変わる。君の表情は変わらないままだ。なんだか嫌なことを考えてしまって聞くのが怖くなった。きっとあの夢のせいだ。気分が悪い。
「ねえ、ご飯食べない??お腹すいちゃって。この話はまた後でにしよ?」
これ以上先は聞きたくないと言わんばかりに君は立ち上がって家を案内しようとしてくれた。
「キッチン行こうか」
「うん」
何も返す言葉がなく、俺が梳いた黒い髪をただ追いかけた。階段を降りて左に曲がるとすぐそこにキッチンがあった。大きなテーブルに5つの椅子。そこに座っててと椅子を引いてもらった。
「祓い屋さんってヨーグルト食べれるの?」
「すごい偏見。別に食べ物規制されてないよ」
冷蔵庫からたくさんのタッパーとヨーグルトを取り出した。お皿に取り出されたヨーグルトは普通のものではなくグリークヨーグルトだった。一つ一つタッパーの蓋を開け」これ食べれる?」と聞かれながら次々と盛り付けられていく。
「あ、その。あなたの分は?」
「みわでいいよ。私朝ごはん食べる習慣なくて、、、。どうぞ食べて、ちょっと行ってくる」
そう言ってみわは部屋を出た。 なんだか自分だけ食べるのは申し訳ないが頂くことにした。
「おはようさん」
そう言って来たのは多分みわのおばあちゃんだ。俺のことをなんて説明したのか知らないけど、なんだか受け入れてくれている感じだった。
「おはようございます。ご飯お先に失礼してます。」
「あら、これがみわの彼氏さんかい?礼儀正しい、いい子だね」
飲み込み損ねたフルーツが気管に入りかけてむせた。視線を送るとごめんと手を合わせていた。みわなりに気を利かせてくれたんだろう。気にせず食事を続けた。おばあちゃんと二人暮しなのか他の家族は見当たらなかった。
「この後散歩にいかない?」
みわが俺に話しかけるとすかさずおばあちゃんが会話に入ってきた。
「あらいいじゃない?どこまで行くの♪♪」
「えーとね!!……」
なんだか二人の世界に入っていって、俺が場違いみたいだった。いいねなんて軽く言って俺はさっさと食べて食器を洗おうと立ち上がった。するとみわがお皿を持ってくれて「おそまつさま」と一言放ち食器を洗いながらまた料理を始めていた。
「ちょっと遅いけど、森くんって食べられないものある?」
「 なんにもないよ」
みわは おっけーと手で丸を作り作業に戻った。なんだか俺だけが黙って座っているのが落ち着かなくておばあちゃんに声をかけた。
「あの、俺にできること何かありませんか?」
「ああ、そうだった。森くんにピッタリな浴衣があるんだよ。ちょっと来な」
よいしょと言いながらおばあちゃんはゆっくり立ち上がり、別の部屋に案内した。この家は和室が多いようで、 畳の質感が心地よかった。大きな木製のタンスからひとつ、綺麗に畳まれた紺色の浴衣が取り出された。
「これね、何年か前に私が作ったものなんだけど、うちの人は誰も着なくてね。よかったら着て欲しくてね。」
普段はこういうのは断るがせっかくの機会だし、着てみようと受け取った。
「この地域に祭りとかありますか?」
せっかくだし祭りにでも着ていこうと思い聞いてみた。
「8月の30だったかな。私がこんなんだからみわはここ数年行ってないんだよ。だから連れてってあげてくれないかね?」
本当にみわはおばあちゃんのことが好きなんだな。
「分かりました。みわと行ってきます。」
おばあちゃんが嬉しそうにしていて、なんだか二人の関係が尊く感じた。俺もだけどきっとまだおばあちゃん達のこういう感覚はまだ分からないよな。でもきっとおばあちゃんは自分のために祭りに行かないでそばに居てくれたのも十分嬉しかったと思うけどな。やっぱりおばあちゃんからしたら楽しいことして欲しいよな。
「遅れてごめん!!料理出来たから後は着替えてくるから待ってて」
「あっちこっち忙しい子だね」
おてんば娘って感じでなんだか自然と笑みが溢れた。
「じゃあ、森くんデート楽しんでね。」
一旦フリーズ仕掛けたがよく考えたら これはデートなのか。そう考えると途端に緊張してきた。俺もなんか髪型くらい整えた方がいい気がしてきてそわそわする。そんなこんなしているうちに着替え終わったみわが2階から降りてきた。
「ねえ見てこれ。かわいいでしょ。」
“黒くて長い髪、白いワンピース”
そこに居たのは夢で見た女の子と全く同じ女の子だった。
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