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深冬芽以
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私の声が、スピーカーを通じて夜の街に波及していく。
パンドラのシステムがその不規則な波形を読み取り、画面がバグのように激しく点滅した。
「な、なんだこれ……?」
私を殺そうと詰め寄っていた男たちが足を止める。
彼らのスマホには、懸賞金の文字ではなく
10年前に彼らが無視したはずの「私の助けを求める視線」や
彼らが忘れたふりをしていた「小さな良心の呵責」が、文字となって溢れ出していた。
『ごめんなさい』
『あの時、本当は助けたかった』
『見て見ぬふりをして、楽になりたかった』
パンドラという悪意の塊が
私の「生の声」によって浄化され、人々の心に眠っていた後悔を強制的に引きずり出したのだ。
武器を手にしていた人々が、一人、また一人と力なく膝をつく。
だが、その静寂を、屋上からの狂った高笑いが切り裂いた。
「ハハハ! くだらない!そんな安っぽいお涙頂戴で、全部チャラになると思ってるの!?」
屋上の縁に立つ愛華が、手にした起爆装置を高く掲げる。
彼女の目は完全に据わり、もはや「美しき勝者」の面影はない。
自分を特別だと思い込ませてくれたパンドラが、栞の声一つで崩壊したことが許せないのだ。
「あんたたちも、栞も、この汚い街も! 全部一緒に灰になればいいのよ!」
愛華の指が、赤いボタンにかかる。
「……っ、マズい!栞、走れ!!」
九条が私の腕を掴み、猛然と走り出した。
背後で、アパートの1階部分から、凄まじい爆発音が轟く。
爆風が背中を押し、私たちは濡れたアスファルトの上を転がった。
「……あ、…ぁ!」
熱風と煙。
崩落するアパートの瓦礫が、降り注ぐ雨を蒸発させて白い霧を作る。
私は朦朧とする意識の中で、燃え盛る屋上を見上げた。
炎の影に、愛華の姿が見える。
彼女は逃げようともせず、崩れゆく床の上で、踊るように笑っていた。
そしてその傍らには、最後まで逃げ出すことのなかった結衣が
ただ静かに、完成した「物語」を見届けるように立っていた。
「愛華……結衣……」
私は手を伸ばそうとしたが、九条の強い力で引き止められた。
「行くな!もう助からない!」
轟音と共に、アパートの最上階がゆっくりと崩れ落ちる。
女王が君臨した城は、彼女自身の狂気によって、あまりにも呆気なく崩壊した。
サイレンの音が、今度こそ街を包み込む。
炎に照らされた街の中で、私は九条の肩を借りて立ち上がった。
喉はもう、焼けるように痛い。
けれど、私の手の中には、パンドラではない、ただの「自分自身」の未来が残っていた。
私は、崩れゆく炎の先にある夜空を見つめた。
10年間の冬が、ようやく終わろうとしていた。