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深冬芽以
爆発の轟音から一ヶ月
街を覆っていた重苦しい「復讐の霧」は、少しずつ晴れようとしていた。
私は、白い壁に囲まれた静かな病院の一室にいた。
窓の外では、10年前のあの春と同じように、桜の花びらが風に舞っている。
「……体調はどうだ」
ドアを叩いて入ってきたのは、松葉杖をついた九条刑事だった。
彼は警察を辞職し、今は一人の民間人として、この事件の「後始末」を続けている。
私は、喉に巻かれた包帯を指でなぞり、ゆっくりと頷いた。
「声の治療は順調らしいな。…今日はこれを持って来た」
九条が差し出したのは、警察の機密報告書の写し。
そこには、あのアパートの火災現場の調査結果が記されていた。
「愛華と結衣の遺体は……結局、見つからなかった。瓦礫の下から発見されたのは、焼け焦げたパンドラのサーバーと、愛華が着ていたはずの白いワンピースの切れ端だけだ」
「……逃げた、のかな」
掠れた声。
けれど、もう砂を噛むような音ではない。
九条は窓の外を見つめ、苦く笑った。
「生きているとしても、もう表舞台には出られないさ。パンドラのシステムは、君の声の波形によって完全に初期化され、消滅した。……君が、あの街の悪意を止めたんだ、栞さん」
九条が病室を去った後、私は一人、テーブルの上に置かれた新しいスマートフォンを手に取った。
パンドラのない、平和な端末。
その時、画面が静かに震えた。
「非通知設定」からの着信。
通話ではなく、一通の動画ファイルが添付されていた。
嫌な予感がして、指先が強張る。
私は意を決して、その再生ボタンをタップした。
画面に映し出されたのは、10年前のあの日。
美波たちが私の喉に熱湯を注ごうとする、まさにその数分前の映像だった。
視点は、美波たちの背後。
そこには、今まで一度も「名前」の上がらなかった一人の人物の後ろ姿が映っていた。
その人物は、美波の耳元で何かを囁き
熱湯の入ったポットを彼女の手に握らせ、そして満足げに頷いて去っていった。
動画の最後、その人物がチラリとカメラの方を振り返る。
「……嘘、でしょ」
私は息が止まった。
画面の中にいたのは、美波でも、愛華でも、結衣でもない。
10年前、いじめを苦に自殺したと伝えられ
私の「復讐のリスト」から唯一外れていた、いじめの“最初の被害者”だった少女。
動画の下に、短いメッセージが表示される。
「ねぇ、栞。愛華たちはただの『道具』。私は、あなたがいつ私を見つけてくれるか、ずっと楽しみにしてたのよ」
病室のドアが、ゆっくりと開く。
そこに立っていたのは、ナース服に身を包んだ、あの日死んだはずの「彼女」だった。
「お薬の時間よ、栞ちゃん。…今度は、本物の『毒』をあげる」
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