行方が実習生としてやって来て、やっと一週間が過ぎようとしていた。
二宮は、何故か行方の挙動が気になり、普段以上に気疲れする日々を送っていた。
「そう言えば今日は家庭科かぁ……。料理、苦手なんだよなぁ……」
そんな二宮とは裏腹に、行方はその猛威を振るう。
「すごーい! 行方先生、めっちゃ料理上手〜!!」
自身の無能力者発言により、一時は自分の周囲から煩わしい女生徒の群れを引き剥がすことに成功していたが、根の真面目な部分で、強弁や異能のない自身の磨かれたスキルにより、再び女生徒たちから黄色い歓声を浴びていた。
実際、東大出身と言うだけで、無能力者とは言え、将来の行く末は良い意味で決まっている。
それに相まって、第一印象の上塗りをしていたのだ。
「行方先生、相変わらず料理上手ですね〜!」
誰一人としてその言葉に注視しなかったが、二宮はその教師のボロを見逃さなかった。
授業が終わると、そそくさと生徒たちは教室に戻る。
しかし、二宮は家庭科担当教諭を呼び止めた。
「あの……冬芽先生……」
「なーに? 二宮さん。珍しいわね、貴女から私に声を掛けてくるだなんて」
「さっき、行方先生に “相変わらず” って言ってたの、聞いちゃったんですけど……お二人は知り合いなんですか?」
すると、冬芽は「ふふふ」と不敵な笑みを溢す。
「冬芽冬美さん。表向きはこの学園の家庭科教諭。でもその裏では、僕たちの上司、異能探偵局支部長の一人だ」
「えええ!? 支部長ってことは……夏目さんと同僚ってことですか!?」
「そうよ。貴女が入ったこと聞いてたのに、挨拶が遅くなってごめんね。先生との両立は結構大変なのよ」
「でも……」
そう、だとしたら尚更、二宮は引っ掛かるのだ。
「冬芽先生って、無能力者ですよね……?」
異能教学園、冬芽冬美は、その人当たりの良さから他者から毛嫌いされることはないが、教諭としては数少ない無能力者の一人として、全校生徒の周知の事実だった。
「そうね、確かに私は無能力者よ」
「でも、冬芽さんは支部長を任される実力者で相違ない。彼女は、身体能力がズバ抜けて良いんだ。お前がどんなに火炎を出しても、きっと冬芽さんには当てられない」
そう断言する行方の目に、疑いはなかった。
「まあそれでも、実際のところ、夏目くんや春木くんの方が実績を上げてるのは事実だけどね〜」
そう言うと、冬芽は能天気に笑っていた。
そんな折、校舎裏から突如として大声が聞こえる。
この家庭科室は、校舎の最奥三階に位置している為、校舎裏の声は丸聞こえだった。
「うわ〜ん! もう勘弁してくださいよ〜!!」
三人は急いで窓の外を見遣る。
男生徒二人に囲まれ、今まさに財布を取り上げられる瞬間の一人の男子生徒の姿があった。
「ちょ、ちょっとアンタたち!!」
しかし、二宮の声よりも先に、一人の影が動く。
「ちょっと……冬芽先生……!?」
冬芽は、三階の教室から躊躇なく飛び降りていた。
「無能力者なのに……死んじゃうよ……!!」
「二宮、よく見てみろ」
「窓……!?」
冬芽は、小さな窓の柵を一瞬踏むことで、落下の衝撃を和らげ、そのまま地面に安全に着地していた。
そして、不良たちから安全に財布を回収してみせた。
「身体能力が凄いからって……こんなこと……」
「あの人の凄いところは、確かに身体能力が異能級に優れているところだ。でも、もっと凄いのは……」
そして、財布を返し、生徒を笑顔で励ましている。
「反射的に、泣いてる人を見過ごせないところだ」
暫くして、午後の授業が始まり、行方の受け持つ授業が始まった。
行方の説明は端的で、分かり辛い……かと思いきや、着いて来られていない生徒を見つけ、少しペースを落としたりと、気配りのされた授業だった。
「行方先生の授業って分かりやすいよね〜!」
「ホント、どこにでも目があるみたい……。私が立ち止まった時もね、分かったかのようにゆっくりになったの」
そんな、無能力者の実習生、行方の噂は、異能が全ての学校全体に広まっていた。
「おい、実習生さんよ〜」
「ちょっとツラ貸してくんねぇかなぁ〜?」
この異能教学園だろうと、どこだろうと不良はいる。
逆に言えば、異能が全ての学校で、落ちこぼれの成績の人間は周囲から疎まれてしまう。
そんな逸れ者が、不良になるまで時間は掛からない。
そして、目を付けられたのは、自分より異能のレベルが低いどころか、無能力者なのにチヤホヤされる行方。
「君たちは、その制服の模様、三年生か。僕は三年生は今回の実習で受け持たないんだが……」
「あ? この場面で分かってねぇのか? お前、無能力者なんだろ!! 抵抗してみろよ!!」
二宮は、そんな瞬間に遭遇してしまう。
「ちょっと……行方先生!!」
そして、不良学生から鉄球を浮かべた。
もう一人が鉄球に手を振れると、勢いよく発射される。
「俺の異能は『物の浮遊』。そしてコイツの異能は『物体を弾き飛ばす』。こんな強異能集団の中じゃなきゃ、俺たちだってちっとはまともに頑張れたんだ……!」
「そうか……それなら……」
そう言うと、行方はポケットから小さなボックスを取り出し、小さなボタンを押した。
その瞬間、行方の目の前に大きな盾が現れた。
「何……あれ……」
そして、不良学生たちの放った弾丸威力の鉄球を、いとも簡単に防いでしまった。
その盾は、すぐに収縮され、ボックスに戻った。
「なんだよ……それ……」
「物の浮遊に、直進移動させる異能……。どちらも素晴らしい異能だ。強さなんかどうだっていい。世の役に立てるかどうか、決めるのは君たち自身だろ」
そう言うと、学生たちは膝を付いた。
「君たちは、僕と違って才能を持って生まれたんだ。今からその可能性を、潰すようなことはするな」
そう言うと、行方は優しく肩に手を添えた。
「アイツ……」
「ふふ、行方くんも凄いわよね、二宮さん」
「冬芽先生……」
「アレは行方くんが発明した対異能犯罪者用の武器。小さな形状で持ち運べて、相手の異能に合わせた使い方が出来る」
「自分で……発明……」
二宮は、ふと、行方の言葉を思い出していた。
(僕は別に、無能力者なことを卑下したことはない。能力があるとは、自然にそれに頼ることになる。無いならば知恵を付けるキッカケにもなる。僕は異能の有無で人の能力や価値を評価したりはしない)
「ふふ、やるじゃん」
「ん? 何か言った?」
「何も言ってませーん! さようならー!」
急ぎ足に行方を追いかける二宮。
少しだけ、行方のことをかっこいいと思っていた。
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