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白銀の光が、上下左右、あらゆる方向から降り注いでいた。
影すらも許されない。
音もない。
風もない。
何かが動く気配すらない。
ただ、どこまでも果てしなく続く純白の床と、空間そのものを覆い尽くす銀色の光だけが存在している。
完璧すぎる静寂。
完璧すぎる無機質さ。
それこそが、SWAPSAKENだった。
そんな白銀の世界へ。
ザンッ。
まるで何者かに放り込まれたように、二人の男が突然姿を現した。
ひとりは、仕立ての良い真っ黒な高級スーツに身を包んでいた。
白いワイシャツ。
黒いネクタイ。
そして頭には、深く被った黒いフェドラ帽。
目元は漆黒のサングラスで完全に隠されている。
チャンス。
生まれながらにして莫大な富を与えられ、退屈な金持ち生活の中で「危険」と「スリル」だけを娯楽として追い求めてきた男。
そして、その隣。
黒いフェドラ帽には縦縞が入り、黒いコートの隙間からは金色の懐中時計のチェーンが覗いている。
ソネリーノファミリーの首領。
ドン・ソネリーノ。
通称、マフィオソ。
二人は突然現れた白銀の空間を見回した。
数秒の沈黙。
先に口を開いたのはチャンスだった。
「……ほう」
白銀の床を見下ろし、サングラス越しに周囲を眺める。
「なるほどね」
そして。
ニヤリ。
口元だけが、不敵に吊り上がった。
「新しいカジノのVIPルームか?」
この男。
状況を理解していない。
いや。
理解する気がない。
チャンスにとって、見知らぬ場所とはすなわち「まだ知らない賭け場」にすぎなかった。
両手をポケットへ突っ込み、いつもの癖でコインを取り出そうと指先を動かす。
しかし。
チャリン。
コインが弾かれるより先に、背後から怒声が飛んできた。
「ふざけたことを抜かすな、チャンスッ!!」
マフィオソだった。
その顔には、怒りと屈辱が滲んでいる。
「ここがどこだろうが関係ない!」
黒いコートが大きく翻る。
「俺のカジノから奪っていった、あの賞品を返してもらうぞ……ッ!!」
彼の脳裏には、あの日の出来事が焼き付いていた。
八百長。
イカサマ。
そして、それを見抜いたチャンス。
ソネリーノファミリーの威信をかけた勝負で、よりにもよってこの生意気な若造に出し抜かれた。
あの屈辱だけは忘れられない。
「今日こそは……!」
マフィオソの手がコートの内側へ伸びる。
銃を抜く。
狙いを定める。
そして、この因縁を終わらせる。
そのはずだった。
ジジジジジジ……ッ!!
突然。
世界が歪んだ。
白銀の空間に紫色のノイズが走る。
床も。
光も。
二人の身体さえも。
すべてが一瞬だけ、壊れた映像のように明滅した。
「な……ッ!?」
マフィオソの指先から、銃の感触が消えた。
代わりに。
自分の身体を包み込むように、奇妙な違和感が広がっていく。
服装。
立場。
存在そのもの。
何かが、根本から書き換えられていく。
一方。
チャンスの手元には。
ズシリ。
一丁の銃が現れた。
古風な造形。
美しい木製のグリップ。
金属の質感。
燧石式。
フリントロック銃。
チャンスがかつて友人から勧められ、実際に手にしてからすっかり気に入っていた愛用品だった。
「……へえ」
チャンスは銃を見下ろした。
そして。
くるり。
まるでカードを弄ぶように、優雅に銃を回す。
「立場が逆転したみたいだね、マフィオソ」
マフィオソの顔が引きつった。
「……何?」
チャンスはフリントロックを軽く掲げる。
「銃を持ってるってことは……」
サングラスの奥から、冷たい視線が向けられる。
「今の俺がキラーってことかな」
マフィオソの背筋を、嫌な悪寒が走った。
まずい。
非常にまずい。
元々こいつは、命を危険に晒すことそのものを楽しむような男だった。
普通の人間なら恐怖で足が竦む場面でも、こいつは笑っていた。
銃口を向けられれば喜ぶ。
命を賭けろと言われれば喜ぶ。
死ぬかもしれない。
その瞬間こそ。
チャンスにとっては最高の賭けだった。
そんな男が。
今。
キラーになった。
「……ッ」
マフィオソは無意識に一歩後退った。
(マズい……!)
額に冷たい汗が浮かぶ。
(元々、狂気じみた無謀さで死線を潜り抜けてきた奴だぞ……!)
さらに一歩。
(そんな奴が、キラーとしての力まで手に入れたら……!)
さらに一歩。
(いったいどんな無軌道な殺戮を仕掛けてくる!?)
マフィオソは全身の筋肉を強張らせた。
来る。
きっと来る。
あの男なら、笑いながら突っ込んでくる。
銃を乱射するかもしれない。
わざと自分から危険な場所へ飛び込むかもしれない。
ひょっとすると――
「……」
チャンスが銃を構えた。
マフィオソは息を呑んだ。
来る。
来るぞ。
「……」
チャンスは無言だった。
数秒。
さらに数秒。
そして。
「……」
銃を下ろした。
「……全っ然、面白くない」
「…………は?」
マフィオソが固まった。
チャンスは心底つまらなそうに、白銀の世界を見回した。
サングラスの奥にあるはずだった、あの狂気じみた輝きがない。
死への恐怖を前にした興奮も。
勝負への高揚感も。
一か八かに賭ける熱も。
何もない。
完全に。
消えていた。
SWAPSAKENの概念反転は、単純に「キラーとサバイバーの立場」を入れ替えただけではなかった。
チャンスという男を形作っていた、最も根深い性質。
「危険こそ最高の娯楽」
「命を賭けるからこそ面白い」
「予測できないからこそ、生きている実感がある」
そのすべてを。
綺麗さっぱり反転させてしまったのだ。
結果。
誕生したのは。
超・退屈主義者。
チャンスだった。
「……安全すぎる」
チャンスはぽつりと言った。
「何?」
「安全すぎるんだよ」
心底つまらなそうな声だった。
「何も起きない」
白銀の床を見る。
「何も壊れない」
遠くを見る。
「何も予測不能じゃない」
そして。
「……欠伸が出る」
「いや、ちょっと待て」
マフィオソが困惑した声を漏らす。
「お前……キラーなんだぞ?」
「うん」
「俺を殺せるんだぞ?」
「そうだね」
「だったら何故そんな顔をしている!?」
チャンスは答えなかった。
ただ。
「はぁ……」
長い。
長すぎる。
心の底から何も感じていない人間にしか出せないような、深いため息を吐いた。
そして。
だるそうにフリントロックを持ち上げる。
銃口が、マフィオソの胸元へ向いた。
マフィオソの表情が強張る。
「……!」
ついに来る。
そう思った。
だが。
「まあ」
チャンスは欠伸を噛み殺しながら言った。
「ルールなんだろ?」
「…………」
「だったら撃つか」
あまりにも雑だった。
あまりにも軽かった。
まるで「夕飯何食べる?」とでも言うような調子だった。
「当たっても」
カチ。
撃鉄を起こす。
「外れても」
チャンスは首を傾げた。
「……別にどうでもいいけど」
「…………」
マフィオソは絶句した。
違う。
こいつは危険なのではない。
別の意味で危険だ。
命を賭けることに興奮しない。
勝負に熱くならない。
自分が死ぬことにも。
相手を殺すことにも。
何ひとつとして興味を持たない。
それなのに。
キラーとしての権限だけは持っている。
「……なんなんだ、こいつは……」
マフィオソの額を、冷たい汗が伝う。
白銀の世界。
静まり返った空間。
向けられたフリントロック。
そして。
「……早くしてくれない?」
死んだ魚のような目をしたキラー。
「これ、長引くともっと退屈だから」
こうして。
SWAPSAKEN史上、類を見ないほどやる気のないキラーと。
「何故俺がこんな奴に追われなければならないんだ」と困惑するサバイバーによる。
史上最低温度のチェイスが。
静かに。
そして最悪なほど気の抜けた形で。
幕を開けた。