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「じゃあ話すね。まず同窓会での事件があって、一華が私の潔白を証言してくれたと聞いてピンときたの。これは私が中学のときに私がやったことだって。ピンチを助けて潜在的な依存度を植え付ける。一華は私のノートを見ているから、こうする以上は私になにかしてくるんじゃないかと考えたの」
「ノートって中学のときの……じゃ、じゃあ、あのノートはわざと私に見せたというの?いったいなんのために?」
「私を理解してほしかったから」
「私がお母さんのことで憎むことも承知だったの?」
「ええ。でもあなたは私の偽りない気持ちを知ったでしょう?」
千尋のノートに書いてあったことを思い出す。
「一華には私だけ」という言葉。
「あなたが私に何も言わずにあの後にいなくなってしまったの、正直かなりショックだった。あなたの成長を見ていたかったのに。でも何も言わずにいなくなったことで、私へ憎しみや怒りを抱いたことは察しがついた。あっ、話を戻すね」
私は頭を整理しながら千尋の話を聞いていた。
「一華が仕掛けてくるとしたら、おそらく私のものを奪う形のものだと推測したの。私が一華にしたように」
千尋は人差し指を立てる。
「それで、どうせなら私が主導権を握っていた方が後でトラブルが起きても御しやすいなと考えたの」
そして掌を上に向けて満面の笑みを見せた。
「思い出してみて。私が最初に一華の家でなにを話したか」
あのときは……私とルイの関係を羨んで……
「退屈だって言った。今の生活には満足しているけど、それだけじゃないってニュアンスのことを」
「そう。そして一華は私に村重をあてがい、夫に接触して関係を持ち、わざと暴露した。果歩と愛のことは、正直可愛そうだけど、でも過去ね。だって既にやってしまった後なんだから。うん。仕方ない」
「果歩と愛を、あなたの友人を奪ったから由利を殺したの?」
千尋は首をふった。
「違うわ。そんなことで殺さない。あなた、トマトを私から奪ったでしょう?まだ様子を見ていたいと言ったのに、私の目の前で」
あれは千尋の家に行ったときのことだ。千尋は会の表情を見せたとき。
「あれ凄い頭に来たの。でも我慢してたら、庭のトマトを全滅させられた。これは許しておけないなって思ったの。いくらなんでも酷いこと。罰が必要だってね。でもそれだけじゃないの。由利の死にはもう一つ意味があるの。果歩と愛と同じようにね」
由利はトマトの代わりに殺されたのか……。絶句した。これが千尋なのか。
「由利のことはまた後で話すとして、果歩と愛を殺すことには意味があった。まずは行方不明のままになっている茉莉と紅音の事件を『全く別の事件』と警察に思わせること。智花と愛と果歩の三人は、同じく行方不明扱いになっている福島による犯行にする。そうすれば『いじめへの復讐』という動機はなくなり、一華は捜査対象外になる。私なら最初の猟奇的な智花の遺体を合わせるように、果歩と愛の遺体にも何かしらそうした痕跡を残すな。その方が同一犯として一貫性が増すからね」
「あの二人の遺体から左右の腕を一本ずつ切り取ったわ……」
「さすが一華ちゃん。私と同じこと考えるなんてね」
千尋の笑顔は明るい。
「ここで大事なのは、福島と茉莉と紅音。この三人の遺体が絶対に発見されないこと。そこであなたは過去の成功体験から学んだ方法を再現した」
「過去の?なにを言っているの?」
「一華。もうお惚けさんはお終い。お父さんを殺して遺体を処理したでしょう?あの全国コンクールで受賞した作品はお父さんの遺骨でできている」
「ど、どうしてそんなことを?」
これは千尋にも話していないことだ。
そもそも「殺した」ことすら話していない。
当然、由利も知らない。
「じゃあそこから教えてあげる。サービスだよ」
千尋はどこまでも出会った頃の14歳のように明るく話す。
私は自分が中学生に戻って話しているような気分になってきた。
「一華が義理の父親が失踪したと言ってきたのは夏休みの終わりだったかな。私は一華が母親と一緒に父親を殺したのだと確信したわ。だって散々そのように誘導してきたのだから」
そうだった。千尋は自ら克服して、自ら新しい環境を掴めと繰り返し言った。
そして自ら劣悪な環境の元凶を排除するようにと。
「その後に一緒に一華の家へ行き相談を受けたわよね。あなたたち親子が人目のつかない場所で、誰にも見られずに殺人ができるとは思えない。失踪したというくらいだから死体もどこかへ隠したのだろう。だとしたらますます不可能だ。でも犯行現場がこの家なら誰の目にも触れずに殺すことはできる。死体の処理は、髪の毛なら家で散髪するなんて珍しいことじゃない。ゴミとして捨てることもできる。肉や内臓は細かくしてトイレで流せるし、食べることもできる。時間はかかるが誰の目にもつかずに処理するのは不可能じゃない」
もうただ聞いているしかなかった。
「でも骨は。骨だけはちょっと難しい」
そう。そうなの。そこで私は考えたんだった。
千尋の話は続く。
「骨を火葬場みたいに灰にするのは普通ではまず無理。砕いて細かくして捨てる?どこに捨てれるかな?その辺に無造作に捨てるわけにはいかない。山に埋める?海に捨てる?どっちも人目につかずにやるには難しい。そうしたら一華の家には大きな作品があるじゃない。一目見てわかったわ。ああ、ここに隠したんだなって。一華の作品は粘土でできていた。この中に細かく砕いた骨を紛れ込ませれば隠せるってね。あの作品は大きな土台の上に本体がある。比較的大きい骨は土台に、細かい骨は本体に隠した」
「そこまでわかるものなの?あんなわずかな時間で」
「うん。あのとき部屋を見まわしてすぐにわかったわ。あの部屋の中で一華の作品だけがどうにも似つかわしくない不純物。明かに浮いていた。まるで死体がそのまま放置されているのと同じようなものだったよ」
千尋はそこまでわかっていながら、私にそんな素振りは一切見せなかった。
「だから言ったでしょう?思い出してみて。これを始業式の日に持っていって、美術部から全国コンクールに出品してもらうって言うから、警察に届出を出すのはそれが終わってからが良いって」
そうだった。私は千尋が助言したように新学期が始まってから届出を出した。
でも、あのときにそんな意味が込められていたなんて考えもしなかった。
「警察なんて事件性のない失踪なんか捜査なんてしないからね。まあ、ないとは思うけど、仮に警察が不審を抱いても、証拠はもう無い。まさか中学生の美術作品が遺体でできているなんて常人にはまず考えもつかない」
千尋はまるでゲームの必勝法を得意げになって話しているような雰囲気だ。
私は成長した千尋はモラルに縛られていると思っていた。
とんでもない思い違いだった。
「一華はその後も同じ手法を使った。ただ、肉や内臓は庭にいる犬に食べさせたのね。初めて一華の家に行ったとき、ルイ君がアトリエまで案内してくれたときに中庭を通ったの。あのとき風に乗って血の臭いがしたわ。ほんのわずかだけどね」
千尋は私がどうやって死体を処理しているのかを全て言い当てた。
「ここまでは正解かな?」
「ええ。正解よ」
なんだか千尋の話を聞いていて楽しくなってきた自分に気がついた。
これは私が千尋に共感しているからだ。
千尋は今、これ以上ないほど楽しんでいる。楽しくて仕方がない。
「さあ。ここからが大事なことよ」
千尋は真正面から私を見据えると、口の両端を吊り上げた。
「私が一華のお母さんを排除したかったのは、もちろん一華を独占したいという思いもあった。私だけを見てほしい、考えてほしい。そして共感して理解してほしい。でもね、それだけじゃないの。一華の犯行を知っているのはたった一人。お母さんだけ。どんなきっかけで裏切るかわからない。私は一華のやったことを絶対に守りたかった。だから排除に踏み切ったの。そのことはさっき話した由利を殺したことにもそっくりつながるわ。あの子はルイ君のようにあなたを崇拝してはいない。どんなきっかけであなたを裏切るかわからないから」
さっきまでの楽し気な話しぶりと打って変わり、今は師が弟子にものの理を解くような重みがある。
「一華の悲惨な環境の元凶はお父さんではなくお母さんよ。そもそもまともな男を捕まえていれば一華の環境はあそこまで悲惨なものにはならなかったはず。でも一華はお母さんに依存していた。だから私が断ち切った」
「どうして私のやっていることだとわかっていたのに警察に言わなかったの?」
「わからない?」
「そっか……興味。興味ね。これからなにが起こってどうなるのか?自分の影響で私がどう変わってなにをするのか興味があったから」
そうだった。考えるまでもない。千尋の行動は全て興味からきている。
「正解!あとは退屈だったからかな。だから再会してからの毎日はとってもスリルがあって楽しかった」
千尋は両手を合わせて嬉しそうに言う。
「あとは大切なものを壊してみたいってたまに思わない?私は思うの。破滅そのものに対する、自分でも理解しがたい希求を感じるから。そういうのないかな?まあいいや。だから一華が私の大切なものを奪うに任せてたの。でも家庭菜園を壊したのは許せないかな。あれには罰が必要」
そこまで行ってから千尋はうるんだ瞳で私を見つめ、微笑むと私の方へ手を伸ばした。
「一華。あなたの望み通りよ。私たちは同化している。感じるでしょう?混ざり合っているって。あなたの過去と私の現在が、そして、私たちの未来が、この瞬間に、混ざり合い始める。あなたと私は、違う道を歩んできたはずなのに、なぜか、同じ方向を見つめている。あなたの言葉は、私の心に響き、私の思いは、あなたの心に共鳴する。まるで、ずっと前から、互いに探し求めていたかのように。私思っていた。一華なら私が思うことや考えること、成すことを理解してくれるだけじゃなく共感までしてくれるって。それができる唯一の人だって」
私の指と千尋の指が絡まりあう。
互いの鼓動が一つに合わさる。
「千尋。私たち、もう離れたら生きていけないのね」
「そうよ。どんなに憎んでも離れられない。どんなに愛しくても憎しみが止まらないようにね」
「それが私たち……」
私と千尋は遂に同一になった。
この瞬間の恍惚、達成感、なんと甘美なことか。
まるで天上から天使が舞い降りてきてラッパを吹いて祝福してくれているような、そんな幸福感が私を包んでいた。
「一華。さっそく共同作業をしましょう。これを解体するんでしょう?どうしようか。私は家を出ているから、その間に行方不明になったということにしようかな」
千尋は明の遺体をあごで指しながら言った。
「そうね……」
こんな展開は想定外だった。
「一華」
千尋が私に寄り添うように身体を密着させる。
そしてナイフを持つ私の手にそっと自分の両手を添えた。
このとき私は、明を殺してからずっとナイフを握ったままだったことに気がついた。
瞬間、私の手に添えた千尋の両手にものすごい力が加わり、ナイフが千尋の腹部に突き刺さった。
「千尋!なにをしてるの!?」
千尋が自分で自分を刺した。これはなんだ?どういう意味がある行動なんだ?
一瞬で私の頭は混乱した。
目の前の千尋がひざを折って倒れこむのを私は支えた。
「千尋!千尋!しっかりして!」
私の呼びかけに千尋は見慣れた笑顔を向ける。
「さあ、一華。選ぶのよ。私とのこれからを捨ててルイ君と一緒に私と明さんの遺体を処理するか、私とのこれからを選択して通報して私を助け、ルイ君に罪を背負わせるか。あなたの判断よ。言ったよね?一華には私だけって」
ルイを呼ぶ?ルイとはもう連絡が取れないのに?
「千尋、ルイとはもう連絡が取れないのよ」
自分が取り乱してきているのがわかった。
「俺ならここにいるよ」
「ルイ!」
「私が呼んだのよ……」
千尋が私の腕の中で話す。
「由利を殺したときにルイ君が私の所へ来た。由利を殺された仕返しにね」
「あなたそんなことを!?」
「殺された由利の恨み。泣き崩れる一華を見ていたらどうにも自分を抑えられなかった」
「そこで私は彼に取引をもちかけたの。一華を完璧に守るためのね」
「私を守る?」
「……あなたたちの最終的な目標が私からすべてを奪うことなら、当然最後の標的は明さんになる。おそらくはこうして私の目の前で殺すことで、私の中を憎悪で満たし、他のものに感情が動くことなく、ずっと一華だけで満たさせるのが目的。その後のことは、考えていなかったでしょう?だって私を殺すことはないのだから、憎しみから私が通報したら殺人罪で逮捕されるのは免れない。でも一華はそれで目的が果たせるから良かったのよね……仮に全ての殺人が明るみに出ようが、死刑になろうが、その間は互いに相手のことで一杯になって生きているんだから」
千尋の顔からどんどん血の気が引いていく。
「千尋!ダメ!もう話さないで!」
「でも一華、私があなたを受け容れて、二人が混ざり合い、二人で生きていくという発想はあなたになかった。だから、そうなったときの最適解も当然ない。ではどうするか?明さんの遺体を処理して失踪届を出す?それは不正解。中学時代の人間が標的にされた犯罪の中に、明さんの事件は明らかに不純物。異臭を放つ。小野寺のように異臭を嗅ぎつけて、一連の犯行と結びつけた結果、事件の動機が私に対するものと警察が考えない保証はないの……小野寺はたまたま所轄の刑事だったから排除できた……でも次にそんなラッキーがあるとは考えられない、考えてはいけないの……そうなったら私とあなたは一緒になれない。もう離れたら生きていけないの……ではどうするか?」
千尋の息はだんだんと荒くなっていく。
しかし、私がどんなに頼んでも千尋はしゃべるのを止めない。
「ルイ君に明さん殺しの罪を背負ってもらう。一華、あなたは同居人からDV被害にあっていた。私と明さんは一華を助けるためにここにきて、明さんはルイ君に殺され、私は腹部を刺されたが、あなたがその隙に通報したのでルイ君は逃げた……当然ナイフについた一華の指紋は拭き取って、ルイ君の指紋をつける。これがルイ君に持ち掛けた取引の内容……彼はあなたを守るために了承したわ……でも選ぶのは一華、あなたよ……あなたが選ぶの。一華には私だけ……」
どうしよう?考えがまとまらない……どうしたらいいのだろう?
私はルイと千尋を交互に見た。
選ばなくてはいけない。
私には千尋だけ……。千尋にも私だけ……。
もう一度、千尋とルイを交互に見た。
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