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及川は約束を守る。追わない。
触らない。
言わない。
でも。
前みたいに笑えない。
トスは正確なのに、どこか冷たい。
岩泉は気づく。
自分が拒否したのに、
失うほうが、もっと怖い。
次の日
及川が女子に告白される。
周囲が騒ぐ。
岩泉の心臓が凍る。
告白の返事をする前。
あの一瞬、
及川徹 は確かにこっちを見た。
でも何も言わなかった。
目も逸らさなかった。
ただ、選ばなかった。
「……ごめん、今は誰とも付き合う気ないんだ」
周囲が「えー!」と騒ぐ。
女子は残念そうに笑って去っていく。
岩泉の胸に、奇妙な安堵が広がる。
――よかった。
そう思った自分に、ぞっとする。
距離は、そのままだった。
話しかけられない。
触れられない。
帰り道も別。
及川はちゃんと約束を守っている。
追わない。
「岩ちゃん、ボール」
必要最低限の声。
感情がないわけじゃない。
でも、以前みたいな熱がない。
それが一番きつい。
笑ってる。
でも、薄い。
自分だけが知ってる“本気の顔”を、もう向けてくれない。
三日目。
体育館の隅で、及川が他の部員と笑っている。
楽しそうに。
自然に。
自分の知らない顔みたいで、胸がざわつく。
なんで。
俺が拒否したんだろ。
好きって言われて。
待ってたくせに。
なのに怖くて突き放した。
“ちゃんと考える時間あげる”
あの言葉が、今さら重くのしかかる。
時間ってなに。
考えるってなに。
答えはとっくに出てる。
好きだ。
ずっと。
でも。
あいつがまた逃げたら?
またなかったことにされたら?
その恐怖が、まだ消えない。
放課後。
昇降口で偶然、隣に立つ。
沈黙。
距離は、腕一本分。
前なら、自然にぶつかってた距離。
「……元気?」
ぽつりと、及川が言う。
心臓が跳ねる。
たったそれだけで。
「普通」
素っ気ない返事。
でも声が少し柔らかい。
及川はそれに気づく。
ほんのわずかに目が揺れる。
「よかった」
それだけ。
それ以上、踏み込まない。
踏み込まないって決めたから。
岩泉の胸が、じわじわ痛む。
追ってこない。
縋らない。
「好き」も言わない。
約束通り。
その誠実さが、逆に怖い。
本当に離れていくかもしれない。
その夜。
岩泉はスマホを握る。
トーク画面。
何度も打っては消す。
“さっきの告白”
違う。
“今どう思ってる”
違う。
“好きって本気か”
もう聞いた。
怖い。
でも。
追われないって、こんなに不安なんだ。
ずっと追ってくれてた。
ずっとこっちを見てた。
それがなくなったら、
自分がどれだけ依存してたか、思い知る。
「……くそ」
枕に顔を埋める。
怖いのは、失うことじゃない。
自分のほうが、もう離れられないって気づくことだ。