ほんの三割強であったが、胃袋に多少の炭水化物、所謂(いわゆる)カーボン(命)を取り込んだコユキは、今まで以上に元気一杯に、ボシェット城の五階に向けて、ビョーン、ビョーン、ビョーン、と向かって行ったのであった。
五階の扉は、三階迄の重々しいものとも、四階の自動ドアとも違う、ゴクゴク一般的な、庶民の家の玄関みたいな木製のドア、それも割りと質素な方の物であった。
ドアの表面には、ノッカーの類は付いていない、頑張って叩け! 限定のドア、そういう仕様であったのだ。
仕方なく、数度ノックしながらコユキは言うのであった。
「こんにちはぁ? お邪魔して良いのでしょうか? 誰かいますかぁ?」
暫く(しばらく)の時間を置いて、何やら不機嫌そうな声が聞こえた。
「ぬあんだーぁ! 誰が来たって言うんだぁぁぁーッ!! チキショーゥッ! 打(ぶ)っ殺してやんぞぉー! ヌンウオリャーっ!」
ドアだけではなく、壁の造りも簡素な素材を使っているのか、内部からクリアに聞こえる怒号、なんか、訪問しただけでも殺されてしまう、らしい。
こりゃ、ここまでみたいに、屁理屈なんかで武装した日にゃどんだけ酷い目に会うのやら……
そう考えたコユキは心中で『お口にチャック』を決めるのだった。
ジィーっとコユキの口が半ば閉じられた時に、バンっ! と勢い良くドアが開けられた。
「ひっ!」
コユキの口から小さく悲鳴が漏れた、そう、『お口にチャック』作戦は失敗に終わったのであった。
終わったのであれば、終わってしまったのなら仕方ない……
覚悟を決めたコユキは目の前に立つ人物に話し掛けるのであった。
「あの、突然来てしまって申し訳ないんですけど、ちょっと上の階に用事がありまして…… お宅の中を通らせて貰いたいんですが、ダメ?」
開け放した入り口に立った中年の男は、端整な顔に青筋を浮かべながら、目をこれでもかと剥いてコユキに答える。
「ざけんじゃねぇぞっ! テメー聖女だろーが! この俺様、『憤怒(ふんぬ)のイラ』を素通りしようてーのか! 良い度胸だっ! 褒めてやるぞっ!」
「こいつはどうも、お褒めに与り(あずかり)光栄です」
褒められた?
コユキは軽く混乱した、怒っていると思ったら急に褒められたからである。
考えるのも面倒臭かったので、もうこういう話し方のおっさん、イケオジだと考える事にして質問をした。
「んで、素通りはダメだって話しだったわね? じゃあ、どうしたらいいのよ?」
コユキにからかわれたと思ったのか、怒りの青筋を数箇所に増やした『憤怒のイラ』に対して、いつも通りの気楽さで聞くコユキ、流石(さすが)の胆力(たんりょく)であった。
「テメーの怒りを見せてもらうっ! 異論は認めねぇー!」
「う~ん、そう言われてもアタシってあんまり怒んないのよね?」
どの口がほざく……
「ふんっ! 無ぇーつぅーんなら、俺様が教えてやるしか無ぇーじゃねぇーかっ! チッ! 面倒臭ぇー! バカヤロめっ!」
面倒だけど教えてくれるらしい、優しい?
「兎に角、こんな所で立ち話もなんだ、狭い所だけどあがってくれや」
あれ? あんまり怒っている様には見えない『憤怒のイラ』…… 何故なのか?
違和感に気が付かないのか、血中脂肪が多すぎるのかは定かでは無いが、コユキが能天気に言った。
「んじゃ、そうさせて貰うわね、お邪魔しまーす!」
「ああ、あがれよ、って言っても只の文化住宅だけどな、茶くらい淹れるぜ」
そう言って扉の奥に歩いて行くイラの後ろを付いて行ったコユキはしきりに首を傾げるのであった。
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