テラーノベル
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新宿の街を、耳鳴りのような高周波が支配する。
巨大サイネージから流れるその音は、鼓膜を通り越し
脳の深部にある「生存本能」を直接、組織の意思へと上書きしていく。
「やめろ……耳を塞げ!!」
俺の叫びも虚しく、雨の中に立ち尽くしていた住人たちが、機械的な動作で一斉にこちらを振り向いた。
さっきまで怯えていたはずの瞳には感情が消え、ただ一様に、組織の象徴である「赤い光」が宿っている。
「……志摩さん、これ、まさか全員…」
山城が震える手で脇差を構えるが、相手はさっきまで俺たちが守ろうとしていた「街の人間」だ。
「精神干渉のパルスだ。地底の予言システムが壊れる直前、奴らは全住民の脳内にあったナノチップを強制起動させやがった!」
志摩が影山の襟元を掴み上げ、激しく揺さぶる。
「解除コードを吐け、影山!さもなきゃ、ここで今すぐお前の頭をぶち抜くぞ!」
影山は、狂喜に満ちた笑みを崩さない。
「無駄ですよ。彼らはもう、一つの『巨大な脳』の一部だ。君たちが誰か一人を傷つければ、その痛みは全員に共有され、増幅される。……君たちに、この街の全員を殺す覚悟がありますか?」
周囲の住民たちが、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
武器は持っていない。
だが、数千、数万という人間が、痛みも恐怖も忘れて「肉の壁」となって押し寄せてくる絶望感は
どんな武装集団よりも恐ろしかった。
「……和貴。来るぞ」
源蔵が泥だらけの拳を固める。
「……手は出すな。こいつらは、まだ生きてる」
俺は情報の濁流で焼き切れた右脳を必死に働かせ、周囲の「音」の層を解析しようとした。
地底のタンクに触れた時、俺の意識には組織のプロトコルが一部残っているはずだ。
「志摩!サイネージの電波をジャックしろ!公安の回線じゃなくて、もっと古い……アナログの放送網だ!」
「アナログだと? そんなもん、どこに……」
「新宿にはまだ、旧時代の広報スピーカーが残ってる。源蔵さん、あの古い配電盤なら生きてるはずだ!」
俺は、押し寄せる住民たちの間を縫うように走り出した。
彼らは俺を捕らえようとするが、その動きは「音」の波形に従っている。
リズムを読み、波の間を抜ければ、まだ道はある。
たどり着いたのは、歌舞伎町の裏路地にある、錆びついた拡声器。
俺はマイクを掴み、自分の意識を、かつて親父が歌っていたあの古い酒場の歌のリズムへと集中させた。
組織の「不快なノイズ」を、新宿の「泥臭いノイズ」で上書きする。
「……聞こえるか、新宿の野良犬ども! 自分の名前を……忘れんじゃねえぞ!!」
俺の咆哮が、雨の夜空に響き渡る。
残された時間は、あと84日。
一人の男の声と、巨大な組織のシステムが、新宿の空で正面衝突する。
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