テラーノベル
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「美咲! そろそろライブが始まっちゃうよぉ。早く行かないと前の方で観られなくなっちゃう! BRADMOONが学園祭で歌うなんて滅多にないんだから」
「あっ! 瑠璃ごめん。ここ片付けて行かないと、部長に怒られる。先行ってて!」
さっきまでポテトを揚げていたフライヤーから油を抜いていた安城美咲は、親友の言葉に適当な返事を返した。
「もぉ~、そんなの後でいいじゃん。本当真面目なんだから! じゃあ、先行くから」
手を振り駆け出した親友の背を見送り、今日一日揚げ続けたポテトフライの熱気で火照った頬をパタパタと仰ぐ。今日は、美咲が通う大学の学園祭だった。朝から準備に追われ、所属サークルが出したフライドポテトの模擬店内でひたすら、ポテトを揚げ続けること半日、夕方になり他の模擬店が店終いを開始し、今やっと美咲も後片付けを開始したところだった。
今夜は、今をときめく男性五人組アイドルグループ『BRADMOON』が初めて学園祭でライブをする事になっていた。その生ライブ見たさに学生の殆どがライブの開かれる講堂へと向かった今、見渡す限り、模擬店が並べられた区域に残っているのは美咲以外には見当たらない。
「本当、すごい人気よね。BRADMOOMだっけ……」
一人つぶやいた言葉が、哀愁漂う秋の空に溶け消えていく。そんな物悲しい気持ちになるのもきっと、風が冷たくなり始めた秋空のせい。そんなことを思いながら、油の抜けたフライヤーをテキパキと片付けにかかる。
部長に指示された後片付けも、もうすぐ終わる。あとは、パパッと油を落としたら、あとは明日、他の部員が片付けてくれるだろう。そんな事を思いながら、早く帰らなければと焦る気持ちが胸に去来しては消えていく。
美咲には、とある事情から、すぐにでもこの場を立ち去りたい理由があった。その事情のために、率先して後片付け役を希望したのだ。
BRADMOON……
あのアイドルグループとは関わらない方がいい。
BRADMOONがライブをするなら、奴が大学構内にいる可能性がある。
早く帰ろう……
美咲は、人が居なくなった模擬店を見回し、片付けを急いだ。
♢
「すいません。どこの模擬店も閉まっていて。フライドポテトまだありますか?」
美咲の背後から響いた声に、心臓が嫌な音を立てて跳ねる。忘れたくても、ずっと忘れられなかった少し低めの声が、心を震わせ落ち着かない。『振り向いてはいけない。今すぐ、全てを投げ捨てて逃げるべきだ』と警鐘を鳴らす頭とは裏腹に、数年ぶりに聴く心地よい声の主を確かめろと囁く声がする。
もう、我慢など出来なかった。
美咲は、ゆっくりと声のした方へと振り返り、三年ぶりに会う幼馴染みと対峙した。
「廉さん……」
「やっぱり、美咲だった。久しぶりだね」
模擬店内のカウンターからこちらを見つめる人影。夕陽を背に立っているため表情までは伺えないが、声で廉だと分かる。声だけで、わかってしまうのだ。それほどまでに、恋焦がれた相手が目の前に立っているという現実に眩暈すらする。
『東條廉』。美咲の年の離れた幼馴染みであり、BRADMOONの所属する芸能事務所の社長でもある。
ドキドキと高鳴る鼓動の音が、こちらへと近づいてくる廉の靴音と重なり焦りだけが募っていく。逃げなきゃと、思えば思うほど身体は思うように動かない。カウンターを回り込み近づいて来た廉との距離はあっという間になくなり、気づいた時には彼に腕を掴まれ、引き寄せられていた。
「捕まえた……」
耳に吹き込まれた艶のある低音に、心臓は爆走していく。ドキドキと走り出した心臓の高鳴りとは裏腹に、胸に抱き寄せられたとき香った懐かしい香水の香りに、胸が軋み泣きそうになる。
(まだこの香り、使ってたんだ)
「三年ぶりかな……、俺の元からいなくなって三年、やっと捕まえた。もう、逃がさないから」
不穏な言葉に思わず顔を上げると、近づく廉の唇に唇を塞がれていた。
(嘘つき……、私のことなんて好きでも何でもないくせに)
苦く甘いキスに翻弄されながら、心の奥底にしまい込んだはずの想いが噴き出しそうで、心が痛い。
コメント
1件
廉さん、捕まえたって言ってキス…! もう最初から胸がギュッとしました。美咲ちゃんが「嘘つき」って心で思うところ、すごく切なくて、でもこの三年間の想いがにじみ出てるようで…。続きが気になります。素敵な物語をありがとうございます🌷