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「見ろ、これ」
達也が、店に箱を持ってきたのは、一月六日の昼だった。
白い箱。金の文字。松月堂。達也は箱を台に置いて、蓋を開けた。
豆大福が、六つ並んでいた。
白い餅。黒い豆。大きさも、形も、柊屋のものと同じだった。箱の中の紙に、名前が印刷してある。
下町豆大福。
「本店の食品売り場に、今日から並んでる。うちの母ちゃんが、本店に行って見つけて、買ってきた。――ことは、これ、おまえの店のだろ」
ことはは、一つ、手に取った。
重さが、同じだった。豆の数が、同じだった。餅の厚さも。藍色の紙の代わりに、白い紙。白い紙に、下町豆大福、と金の字。下町、と書いてあった。柳町、とは書いていない。
源さんが、工房から出てきた。箸を持って。
一つ取って、二つに割った。餡を見た。箸の先を餡につけて、舐めた。
黙った。
いつもの黙り方ではなかった。
「……豆は、うちの乾物屋のだ。同じ豆。形も、うちの形だ」
「餡は」
「違う」
源さんは、残りを紙に置いた。
「餡だけ、違う。甘い。塩がねえ。奥がねえ」
ことはは、自分でも食べた。源さんの言うとおりだった。表は、柊屋だった。噛むと、違った。
十一月の、本店の会議室。藍色の紙に包んだ試作を、箱に二つ持って行った。豆大福と、柚子の菓子。麗華は、下げて、と言った。蓮田が、部屋の隅の台に置いた。
あの箱は、戻ってこなかった。
ことはは、源さんの割った半分を、もう一度見た。豆の置き方。餡の量。餅の包み方。柊屋の形を、見て、量って、写した形だった。見ただけでは、ここまで同じにならない。手に取って、割って、量らないと。
父が、工房の椅子から、何も言わずに見ていた。見て、椀を拭く手を止めなかった。止めない手が、少し速くなっていた。
「ことは」
達也が、腕を組んだ。
「訴えろよ、これ。真似だろ」
「……形は、誰の形でもないから」
豆大福の形に、名前はない。豆の仕入れ先を変えることも、できない。訴えるものが、ない。
「じゃあ、黙ってるのか」
「黙らない」
ことはは、松月堂の箱の蓋を閉めた。
「文句は、味で言う」
「味でって、どこで」
「正月の菓子で。うちの花びら餅で。本店の春がなくなったなら、正月で見せろって、お父さんが言った」
達也は、腕を組んだまま、ことはを見た。見て、箱を見た。
「……おまえ、顔が変わったな」
「変わってない」
「変わった。十月より、怖い顔になった」
達也は笑って、八百屋に戻って行った。
源さんが、工房の戸口で、言った。
「まねっこは、味の一番奥までは来られねえ」
それだけ言って、鍋に戻った。ことはは、箱を台の端に寄せた。藍色の紙と、白い箱が、台の上に並んだ。母が、白い箱を見て、見ないふりをした。
◇
午後、鈴の音がした。
店の戸が開いて、絹江が入ってきた。
黒いコート。帯の鈴が、コートの下で鳴っている。商店街の石の道を、着物の足で歩いてきた顔だった。
「来たわよ、柳町に」
「久我さん」
「四十年ぶり。狭い店ねえ。変わってないわ。――ああ、この匂い。炊いた豆の匂い。会長が、ここの匂いが好きだと言っていたの」
絹江は、台の上を見た。藍色の紙の花びら餅。それから、台の端の白い箱。
「あら」
絹江は、白い箱を指で押した。
「それ、本店で買ったわよ。今朝。下町豆大福。――紙の味がした。一口で捨てたわ」
母が、台の内側で、口を押さえた。
「本店の売り場で、柊屋さんの隣に松月堂の箱が並んでると思ったら、柊屋さんはなくて、松月堂だけ。催事部の娘さんが、春の看板だって、売り場の人に言わせてた」
絹江は、花びら餅を見た。
「二十、ください。茶会があるの」
「……二十」
#御曹司
うめぼっち

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#白い結婚
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「あなたの花びら餅、食べたことないの。食べさせて」
ことはは、包んだ。母が箱を組んだ。二十。
絹江は、包み終わるのを待たずに、一つ、紙を開いて食べた。立ったまま。源さんと同じ黙り方で、博正と同じ黙り方で。食べ終えて、鈴を鳴らした。
「味噌が、いいわ。牛蓡が、負けてない」
「……ありがとうございます」
「会長が食べたら、何と言ったかしらね」
絹江は、帯から財布を出しながら、ことはの手を見ていた。
「手、荒れてるわね」
「冬は、いつも」
「職人の手ねえ。大事になさい」
ことはは、手を止めなかった。
絹江は、箱を受け取った。受け取って、鈴を鳴らして、言った。
「今月の二十一日に、本店で新春銘菓の会があるの。知ってる?」
「……いえ」
「社長さんが、本店の古い客を呼んで、春の催事の看板を決める会。毎年あるの。わたしも呼ばれてる。――あなた、呼ばれてないでしょう」
ことはは、何も言わなかった。
「呼ばれてないわよね。催事部の娘さんが仕切ってるんだから」
絹江は、箱を抱えた。抱えて、戸口で振り返った。
「わたし、一人で行くつもりだったけど」
鈴が、鳴った。
「同伴を、連れていってもいいことになってるの」
ことはは、花びら餅の箱を抱えた絹江を見た。黒いコート。帯の鈴。四十年ぶりに柳町に来た人。
母が、台の内側で、息を止めているのが分かった。
コメント
1件
くっ…これは熱い!!静かに燃えるエピソードだったわ。 松月堂が豆大福まんまコピーしてきて、源さんの「奥がねえ」って一言がもう職人の誇り。でもことはが「文句は味で言う」「まねっこは味の一番奥までは来られねえ」って言い放つとこ、最高に痺れた。 絹江さんの「紙の味がした。一口で捨てた」もカッコよすぎる。二十一日の新春銘菓の会、これは絶対見に行きたい展開すぎる🔥 ことはの本気、ガチで応援したくなる話だったわ。