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#溺愛
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「──五條家が、異能犯罪に関与しているだと?」
久遠様の声が、氷点下の冷たさを帯びて執務室に響き渡った。
報告を持ってきた眼鏡の将校、羽鳥という男は、表情ひとつ変えずに淡々と書類を机に置く。
「ええ。最近、帝都で流行している『生気を吸い取る呪い』……その触媒として使われている符が、五條家秘伝の術式と酷似しているのです」
「彼らは没落しかけた家勢を立て直すため、禁忌の闇取引に手を染めた可能性があります」
私は、手に持っていた茶器を危うく落としそうになった。指先が小刻みに震える。
あの冷酷な実家なら、利益のために禁忌を犯すことなど容易くやりかねない。
けれど、もしそれが事実なら、五條の血を引く私も決して無関係ではいられない。
罪人の一族として、再び闇に引きずり戻されるのではないかという恐怖が背中を走る。
「千代、気にするな。お前はもう五條の人間ではない。俺の妻だ」
久遠様は、羽鳥の前であることを厭わず、私の震える手を両手で力強く包み込んだ。
その掌の厚みと熱が、何よりも心強い錨となって、私をこの場所に繋ぎ止めてくれる。
「……ですが、久遠様。もし私の『浄化』の力が、その呪いを解く鍵になるのなら、どうか私を行かせてください!あなたがこれ以上、私の実家の不始末で苦しむのは耐えられないのです」
「ダメだと言っただろう。危険すぎる。お前を戦場に近い場所へ連れて行くことなど、万に一つも承服できん」
久遠様は激しく拒絶し、その話は一度打ち切られた。
しかし、その日の夜。
事態は最悪の形で動き出す。
緊急の呼び出しの鐘が帝都に鳴り響いた。
中央銀行で、大規模な呪いの暴走が発生。
鎮圧に当たった軍の異能者たちが次々と意識を失い、倒れているという報せが入ったのだ。
「……くっ、この時期にか!」
久遠様は鋭い手つきで軍服を整え、出陣の準備を進める。
その瞳には、任務を全うせんとする軍神の冷徹さと
私を置いていくことへの断腸の思いが激しく火花を散らしていた。
「千代、屋敷から一歩も出るな。結界を二重に張らせる。いいな、絶対にだぞ」
「はい…久遠様、どうか……どうか、お気をつけて……!」
彼を乗せた馬車が闇夜へと駆け去った後
私は静まり返った屋敷で、祈るように時計の針を見つめていた。
けれど、一時間が過ぎた頃。
胸の奥が、焼け付くような熱を帯び始めた。
(……久遠様の気が、乱れている?)
絆が深まったせいか、彼が苦しんでいる様子が、まるで自分の痛みのように肌でわかる。
「浄化」の力を宿す私の指先が、主の危機に反応するように、自然と真っ白な光を帯び始めた。
「お守りされるだけじゃ、ダメなの。……今度は、私が助ける番にならないと…っ」
私は久遠様に禁じられていたことを承知で、護衛の目を盗み、裏口から夜の街へと飛び出した。
幸いにも、私の「浄化」の力は、五條家由来の結界をすり抜けるには皮肉なほど最適だったのだ。
夜の帝都。
銀行の周囲には、視界を遮るほどのどす黒い霧が渦巻き
近寄る者すべての生気を根こそぎ吸い取っている。
その中心で、膝をつき、肩で激しく息をする久遠様の姿を捉えた。
「久遠様……!」
「千代!?なぜここに……来るなと言ったはずだ!」
久遠様が絞り出すように叫ぶ。
だが、彼の周囲には、かつて妹の美夜が使っていたものと同じ
禍々しい紫の符が何枚も舞い、彼を縛り付けていた。
私は、これまで一度もまともに使ったことのなかった「意志による異能の制御」にすべてを賭けた。
強く目を閉じ、胸の奥に眠る温かい光の塊を、右の指先へと一点集中させる。
(お願い、私の力……彼を蝕む闇を、すべて消し去って!)
目を開けた瞬間
指先から放たれたのは、月の糸のように細く鋭い光だった。
それは久遠様を包囲していた呪いの符を一瞬で焼き切り、彼の周囲に濁りのない聖域を作り出した。
「あ……がはっ……!」
呪縛から解かれた久遠様が、荒い息を吐きながら立ち上がる。
私はすぐさま駆け寄り、その逞しい身体を支えた。
「申し訳ありません、久遠様。約束を破ってしまいました。……でも、どうしても放っておけなかったんです」
久遠様は、苦痛に顔を歪めながらも、私の頬を包み込んだ。
「……本当に、馬鹿な子だ…だが、その光に救われたのも事実だ……勝手な行動の礼は、屋敷に帰ってからたっぷりしてやる」
不敵な笑みを浮かべた久遠様。
しかし、その直後。
闇の奥から、心臓を撫でるような不快な高笑いが響き渡った。
「お姉様!見つけましたわ!!……お父様が、貴女を連れ戻せと仰っていますのよ」
霧の向こうから、憎悪と愉悦に満ちた笑みを浮かべた美夜が現れた。
彼女の背後には、人ならざる異形の「影」が、獲物を狙うように何体も蠢いている。
私たちの本当の戦いは、まさにここから始まろうとしていたのである。