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第六十七話 夢の名前
「好き」という気持ちは、いつか自分の未来を決める理由になる。
新しい生活が始まって、一ヶ月。
湊は少しずつ、新しい環境にも慣れてきていた。
最初は知らない人ばかりだった場所も、
今では挨拶を交わす人が増えた。
それでも、毎日のように
カメラを持ち歩くことだけは変わらなかった。
通学途中の景色。
ふと見つけた小さな花。
夕方の街。
何気ない人の表情。
気になった瞬間には、シャッターを切る。
写真を撮ることが、もう生活の一部になっていた。
ある日の午後。
湊は撮った写真を整理していた。
画面に並ぶたくさんの写真。
高校時代に撮ったもの。
卒業の日に撮ったもの。
紬と撮った写真。
そして、新しい生活の中で撮った写真。
一枚ずつ見ていく。
すると、あることに気づいた。
昔の写真と、今の写真。
技術が劇的に変わったわけではない。
けれど、
写真を撮るときに考えることが変わっていた。
「この景色、綺麗だな」
だけじゃない。
「この人は、どんな気持ちなんだろう」
「この瞬間を、いつか思い出してもらえたらいいな」
そんなことを考えるようになっていた。
その日の帰り道。
湊は以前から気になっていた写真展に立ち寄った。
会場には、たくさんの写真が展示されていた。
街の写真。
家族の写真。
旅の写真。
何気ない日常を切り取った写真。
どれも違う。
でも、一枚一枚に撮った人の思いがある。
湊はゆっくりと写真を見ていった。
その中に、ある家族写真があった。
特別な場所ではない。
ただ、家の前で笑っている家族。
けれど、その写真からは温かさが伝わってきた。
湊はしばらく、その写真の前から動けなかった。
「……こういう写真、撮りたいな。」
思わず口から出た言葉。
その瞬間、
自分の中にあったものが少しだけ形になった。
帰宅してから、湊はノートを開いた。
これまで写真について書いてきたページをめくる。
そして、新しいページを開く。
ペンを持つ。
少し迷ったあと、ゆっくり文字を書いた。
「人の心に残る写真を撮る仕事がしたい。」
書いたあと、湊はその言葉をじっと見つめた。
まだ、どんな仕事なのか詳しく分からない。
どうすればそこへ行けるのかも分からない。
写真だけで生活できるのか。
自分にそんな力があるのか。
不安はたくさんある。
それでも。
初めて、自分の夢に名前をつけた気がした。
夜。
紬から電話がかかってきた。
「今日どうだった?」
「普通。」
「絶対なんかあったでしょ。」
「……なんで分かるの?」
「声がちょっと違う。」
湊は笑った。
「写真展に行ってきた。」
「へえ。」
「そこで、ちゃんと考えてみようって思った。」
「何を?」
湊は少しだけ間を置いた。
「俺、写真を仕事にしたい。」
電話の向こうが静かになる。
少しして、紬の声が聞こえた。
「……そっか。」
「うん。」
「じゃあ、夢が見つかったんだね。」
「たぶん。」
「たぶん?」
「まだ分からないことだらけだから。」
すると紬は、優しく笑った。
「でも、最初から全部分かってる人なんていないよ。」
「やってみたいって思えたなら、それでいいんじゃない?」
湊は黙って聞いていた。
その言葉が、胸に残る。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
電話を切ったあと。
湊はもう一度、ノートを見る。
そこに書いた一行。
人の心に残る写真を撮る仕事がしたい。
まだ夢の入り口。
これから、迷うこともあるだろう。
思い通りにならないこともあるだろう。
それでも。
今日、自分で書いた
この言葉だけは忘れたくなかった。
カメラを手に取る。
窓の外には、夜の街。
湊は静かにシャッターを切った。
——カシャッ。
夢を見つけた日。
その瞬間もまた、一枚の写真になった。
📷 Photo.067「夢の名前」
撮影日:5月10日
まだ、夢の形は分からない。
それでも、
「これがやりたい」と思えた。
それだけで、
今日という日は特別になる。
#異世界転移
花月夜れん
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ユキ
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コメント
1件
読ませていただきました。第67話「夢の名前」、とても温かい気持ちになりました。 湊くんが「人の心に残る写真を撮る仕事がしたい」と、自分の言葉で夢に名前をつけた瞬間、胸がじんとしました。写真展で一枚の家族写真に足を止めるところ、紬ちゃんとの電話で「声がちょっと違う」と見抜かれるやりとりも、関係性の深さが伝わってきて素敵でした。 まだ形は見えなくても「これがやりたい」と思えた日を、シャッターに収めるラストの演出が本当に映像的で、心に残る一話でした🌷