テラーノベル
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時刻は21時、特待4年寮のリビング。脂を匂わせる焼き鳥を囲って座れば、さながら飲み会のようで、その非日常感に少しだけ心が躍った。
「全員揃ったか?」
徇が周りを見渡す。それを聞いた灯向が1人1人、指をさしながら数える。
「おれ、ジュン、コン、カイト、リク、マツナ……あれ、トトは?」
「レントか。あいつは直に来るだろ、ほっとけ。
……あー、悪いな、こんな夜遅くに呼んでしまって。サヌキも、ツキヤマも、ユミナミも、来てくれてありがとう。今日は特待生の今後の標的について、情報共有をしたくて呼んだ。
ユウ、聞こえているか?」
徇の端末から、『平気だよ〜。』と夕の声が聞こえた。徇は頷くと、話し始める。
「この前の入学実技試験、何者かによる受験生の大量殺人があった。毎年平均1〜2名の死者が、オレが担当したエリアだけ、13人も出たんだ。」
この事は初耳なのだろう、特に実技試験が記憶に新しい陸は、かなりショックを受けている様子だった。徇がちらっと灯向を見ると、灯向は(こんなに落ち込むとは思わなかった!)とでも言いたげな目で、徇を睨み返す。3年生の2人は驚きはしたものの、特にショックを受けている様子はなかった、長く警軍学校にいるからこその、死への慣れだろうか。
「犯人として最も疑わしいのは、随分と前から本業の先輩たちが追っている……らしい、鄼哆の犯罪組織だ。」
『1年生の中に犯人がいるんじゃないか、とも考えたんだけど、ボクが嗅ぎ回ってもそれらしい人は出てこなかった。』
「ああ、しかも先輩たちが分けてくれた資料によると、その鄼哆の組織はどうやら“縷籟警軍の撲滅”を目標に活動しているらしい。犯人である可能性が非常に高い、そう思わないか?」
「思う。」
紺が言って、誰からともなく、みんながそれに頷いた。陸はついていけていないような顔をしているが、徇はそんな事には構わず、言葉を続ける。
「ここからが本題だ。先輩たちはどうにも、その組織の尻尾を掴めずにいたんだが、つい先日……いーんちょ、ツチカゼ、そしてキトウがヴィアタンで捕まえた男が、その組織の人間だと判明した。」
「えっ!そうなの?じゃあ殺されてないのあいつ?」
「安心してくれ、もうあいつは殺されてる。縷籟警軍じゃなくて、その組織にな。」
「……なんかスッキリしないけど、死んでるならいいや。」
灯向は目の前にあった焼き鳥に手を伸ばした。最後の1本だ……え、最後の1本?
「……この短時間で、焼き鳥食い尽くしたの、誰?」
「コンくん。」
「ちょっと、バラさないでって、カイト。」
「独り占めは良くないぞ〜、19歳、大人気ないぞ〜。俺だって食べたかったのに、ねー、カイトくん!」
「ねー、リクくん。」
「ごめん。」
後輩たちの会話に、灯向も徇も、和んでいる様子だった。茉凪は鬱陶しそうにしてはいるが、何も言わずに、相変わらず手元の紙をじっと見つめている。
「……焼き鳥はまたいつでもつくってやれるから。本題に戻るぞ。そんなことがあって、本業が縷籟警軍学校に……いや、いーんちょに1目置いたらしく、組織のことは特待生に一任すると。この組織自体は大して危険でもない。因みに名前を“オトギリ”という。
どうやら今の鄼哆には、実質的な統治をしている大きな会社があって、オトギリはあくまで、その大きな会社が雇っている下っ端らしい。ただ縷籟警軍に攻撃的なのはオトギリだけだ。なぜかは、よく分からない。」
「縷籟で犯罪をしなければ……縷籟を避けて犯罪をすれば、縷籟警軍に捕まることはないのに、わざわざおびき出して撲滅しようとするくらいだからね、相当警軍の事が嫌いなんだろうね。」
「関係あるかはわからないが……そのオトギリが縷籟警軍を攻撃しだしたのは、オレたち210期が入学した時期かららしいな。今回任された理由としてそれもあるのかも知れない、オレたちに原因があると考えたんだろ。」
「理解した、ジュン先輩。ところで、どうしてこの話を、俺とか生徒会とかに聞かせる必要があったの?」
紺が茉凪を睨んだ。茉凪は視線を感じたのか、顔を上げてから、紺の方を向く。
「ジュンの決めた事だ。睨むならこいつを睨め。」
「ごもっとも。コン、やめなさい。」
灯向がそう言ったので、紺は舌打ちをしてそっぽを向いた。
「仲悪かったのか、お前ら。悪かったな、お前たちを呼んだのは、さっきも言ったが情報を共有しておきたかったからだ。今後必要になるかも知れないし、知っていて損はないからな。」
「今後?」
陸が聞き返す。
「ああ。ヴィアタンの男逮捕が、かなりの情報に繋がったらしく……オレたちの卒業までには、オトギリを潰せるかも知れない、くらいのところまで来ているらしい。国が集めた情報を元に、今後オレたちのところには、オトギリである可能性の高い犯罪者たちが集められる。
ユウが今回ベルゼで捕まえるのもオトギリだ。ユウ、手が滑ってもそいつを殺すなよ。」
『それが伝えたかった電話だったのね。了解。おにーさんに任せなさい。』
「そしてツキヤマ、お前の次の任務だが、西賦だと。ホシカワと……ヒダカって言ってたかな。そいつもオトギリらしいから。」
「おっと急だね、わかった!殺さないように頑張っちゃうぞ〜!任務の紙ある?」
「まだ少し先だ。ない。」
「えーっ、西賦、行ったことないから早く行きたい。」
「今あれでしょ?西賦の偉い人が行方不明らしくて、ただでさえ荒んでる国民の心がさらに荒んでるから、気をつけてね。」
「えっ、マジ?ヒナタくん、ついてきたりとかって……。」
「やだ。リクが頑張って。」
「うえーん、センパイ冷たーい!」
陸は嘘泣きをしながら、玄関へ降りていった。これ以上自分に用はないと踏んだのだろう、なんて早い退散だ。眠かったのかも知れない。
「ツチカゼは……あれだ、ヴィアタンにいたから一応呼んだんだ。お前も、もう帰っていいぞ。」
「俺はここにいるよ。」
「そうか。サヌキは……恐らくいつか、鄼哆でも戦うことになるだろうから。頼りにしている。」
「それほどでも。ご期待に添えるよう頑張ります。」
海斗も出ていく。どさくさに紛れて逃げようとした茉凪を、徇が止めた。
「おい。」
「縷籟警軍が狙われている以上、いつか、学校に何らかを仕掛けてくる可能性は大いに有り得る。だから備えておけ、そう言いたいんだろう?」
「ああ、話が早くて助かる。」
「そうだ、鐘。学校の鐘は避難が必要な時に鳴らすものだと、特待生から生徒に伝えておいてくれ。」
「わかったよ。夜遅くまでありがとうな、マツナ。」
「職員にも、学校の警備体制の見直しを訴えてみるよ。生徒を守るのが私たちの仕事だから、礼なんて言うな。」
「ああ。」
茉凪も、他の2人のように、階段を降りて出ていく……それと同時に、蓮人が、2階へ上がってきた。
「あれ、もう終わってる?」
「トト、遅ーい。」
「ごめんごめん、でも、俺いらないでしょ。」
「うん、ジュンが全部やってくれた。」
暖かそうな蓮人を見て、灯向は自分がまだ軍服を着ていたことに気がつく。
「……おれも風呂入ろ。コン。」
「俺、今日もう入った……まあ、いいや。」
灯向と紺が階段を降りていったので、リビングには、蓮人と徇の2人になった。
「やった、2人だけじゃん。」
『ごめん、ボクまだ電話切れてないんだ〜。』
「死ね、クソゴキブリ。」
蓮人はそう言って、通話終了ボタンを連打した。
「ジュン。」
ソファに座って、徇を手招きする。徇はため息をつきながら、蓮人の隣に座った。
「元気ないね。どしたん話聞こか〜?」
「なあ。オレがアスモに任務に行くっつったら、付いてきてくれるか、お前。」
「……えっ。ジュン、アスモ行くの?」
「もっと先だけどな。」
蓮人は暫し黙り込んだ。徇の手を握ると、少しだけ震えている気がする。
「ジュンをアスモには、行かせねえよ。」
「いいんだ、任務だから。」
「でも、俺に付いてきてほしいんでしょ?」
「……ああ。」
「どう考えてもそれ以前の問題だろ。学校側も知ってるよな?お前の親父のこと。」
「知ってるだろうな。」
徇はまた、ため息をついた。
「もうダメだな。レント、抱いてくれ。」
「……ジュンの口から出て良い冗談じゃねえだろ、それ。」
「面白いだろ?」
「面白くねーよ。その自虐やめろって、なんて返したらいいかわかんないから。」
「ああ、悪かった。」
そう笑った徇の顔は、引き攣っていた。やがて鼻をすする音が静かなリビングに響いて、徇は下を向いたまま、蓮人の腕を握っている。
「……今日はもう寝よう、ジュン。ボスたちが上がってくる前に。」
「……ああ。」
返事の声が、少しだけ鼻にかかって、高くなっているような気がした。
「ゲボる?」
「平気。」
「ああそう。お部屋まで連れていきますねー。」
蓮人は徇の前でしゃがんだ。背中に体重がかかって、耳の後ろから小さな呻き声が聞こえる。
徇はたまに、蓮人と2人の時だけ、こうして急に泣き出す。徇が背負っているものは、普段の彼の態度からは感じさせないが、相当重く辛いものである。蓮人は共に、それを背負って生きる、今までも、これからも。彼の人生に蓮人がいなければ、もうとっくに自らの命を絶っていただろう。蓮人は捻くれている自覚はありながらも、それが大変嬉しかった。
徇はただの友人だ、友人への束縛ほどくだらないものはない。でも、今の蓮人には、それしかなかった。距離が近いのは昔からだ、徇の体温は落ち着くし、徇も蓮人の体温で落ち着く。
徇が好きだし、徇の存在が好きだ。徇が自分のことをどう思っているかは知らない、好いてくれていることに間違いはないのでどうでもいい。何かに縋らないと生きれないなんて実に滑稽だ、それでも今は、家にいた時よりもずっと幸せに思っている。
「はーい、つきましたよ。」
部屋からは相変わらずのいい匂いがした。片付いているからだろうか、綺麗な夏の夜の暖かい空気に、少しばかりシナモンのような、甘い匂い。お菓子をよくつくるからだろうか。徇のつくるスイーツは、今時の女子が好むようなかわいいものとは程遠いが、味だけは完璧だ……いや、贔屓かも知れない。少なくとも美味しくはある。
蓮人は徇をベッドに下ろした。そのまま涙を拭ってやると、「そういうの、いらん」と怒られたので、笑いながら手を引っこめる。
「暑い?」
「寒い。」
「適当なこと言うな。」
「悪かった。」
またそうやって表向きだけの適当な謝罪をする。面白い人だ。徇は冷酷で、それでも優しくて、落ち着いた人である……そんな印象は数年前にとっくに捨てた。実際は思っているより情緒的で、適当で、すぐに笑えもしない冗談を言う。
「なぁ、レント。結局付いてきてくれるのか?」
泣いた原因だと言うのに、まだその話をするのか……そんなに、付いていくよの一言が欲しいのか。それ以外の答えを、蓮人が答える訳ないのに。
「お前にどこまでも付いてくよ。何回も言わせるな。」
「ああ、知ってる。」
「ねえジュン、ここで寝てっていい?」
「イビキうるせえし寝相悪いから勘弁してくれ。運んでくれてありがとうな、出てけ。」
「……もう二度と運んでやらない。またのご利用をお待ちしてまーす。」
蓮人はどこかご機嫌な様子で、部屋を出ていった。
徇は、閉まった扉をしばらく見つめていた。そのまま布団の中に潜り込み、深呼吸をする。
(考えるな、何も。落ち着け、何も無い。オレは親父の子供なんかじゃない、だからあいつみたいに、男なんて好きにならない。好きじゃない。これは友情だ。あと3回言おう。これは友情、これは友情、これは友情。)
申し訳ないと思う。蓮人は自分のことを大切にしてくれていて、親友だと思ってくれている、きっと。なのに自分は、こんなに薄汚れた感情を向けてしまって。
それでもやめられない、蓮人と話す度に胸がときめく。もしかしたら幼少期の影響を受けているのか、尚更気色が悪い、嫌だ。
徇は蓮人のことが好きだ。これを恋愛感情と呼ばずなんと呼ぶのか……徇には、わからないままだった。
その夜から、何週間が経っただろうか。長い夏は終わったのにも関わらず、その日の縷籟は酷く暑かった。
嫌な予感はしていた。縷籟警軍が何を考えているのか、何を思って自分をあそこに向かわせるのか、翔空に知る術はない。陸から受け取った紙には手汗が滲んだ。嫌だ、行きたくない……あんなところ、あんなところ……。
目を擦った、何回も。それでも紙に印刷されたその文字が変わることはなく、それがわかってからは、目を擦る度に気持ちが滅入っていく、そんな気がした。
西賦王国。身の丈に合わない程の大きな羽を広げて飛んだって、この王国からは、逃げられない。
続く
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