ふと、うっかりというか、
たまたま出てしまっただけだった。
本音じゃない。
それをわかっていたのか、わかっていなかったのか、
なんにもない田んぼ道、隣を横並びで歩いていた鬱は、少し考えるような仕草をした後、
にやりとこちらを見て笑った。
「そんならさ、2人で旅にでも出ようや」
「は?」
いきなり過ぎて思わず声が出てしまった。
「いこうや」
「え?」
別に、ふざけて言ってるのがわかっていたら
「何言ってんお前w」みたいな感じでいくのだが、
今回は、いつも目が死んでるこいつにしては珍しく目を輝かせているもんだから。
……まぁ結構本気なのだろう。
「あー…因みに学校はどうするつもりで…」
「それはさぁ、まぁええやろ」
「えー…」
なぜこうもちゃらんぽらんなのだろうか。
自分から提案したならそういう所ちゃんとしとけよ。
「えー?シャオロン旅行嫌いなん?」
「いや、嫌いちゃうけどさぁ……」
「じゃあいこーや。男二人旅」
カラオケでも行こうみたいなテンション感で話を進めていく。
なんなのだろうこのアホは。
時と場合を考えろ。
長期休みでも何でもないこのタイミングで、しかも学生二人でとか
「無理やろ」
「えーシャオちゃんのいけずぅ」
俺が一喝すると、鬱はあからさまに頬を膨らませ、手を口元に持って行った。
いわゆるぶりっこという感じのポーズ。
それこそ、美少女だとかかわいい子がやれば様になっていただろうが、
やっているのはただの男。ただただきしょい。
「シャオちゃん……」
おっと、心の声が漏れてしまっていたらしい。
今度から気を付けなければ。
「あ、じゃぁ僕こっちやから」
知っとるわ。何回目やねん、と心の中でツッコミを入れながら、
子供のように手を振ってくるあいつに手を振り返し、
夕暮れの中、俺も家路についた。
午前3時49分
けたたましいスマホの着信音で目が覚めてしまった。
発信者は鬱。
こんな朝早くにかけてくるなや全く。
「はいもしもしぃ?」
『あっ、もしもし?よかったわぁ、出てくれて』
「よかったぁ、じゃねえ。はよ要件言わんかい。こちとら寝てたんやぞ」
『あー、えーとシャオロン、一回外出てくれへん?』
「はぁー?」
こんな朝っぱらから起こされただけで深い極まれりなのに、
なぜ外にまで出されなければいけないのか。
帰宅部の夜型人間の鬱と違って、こちとらばりばりの運動部やぞ。
寝かせろや。
『ごめんってシャオちゃん……』
おっと…また心の声が漏れてしまったらしい。
『ま、まぁ絶対お前も乗り気になるから…』
「はー…、わーったよぉ。ちょっとまってや」
『あいよ』
気の抜けた返事を聞き、通話を切った。
外に出ろというので着替えようかとも思ったが
どうせ大したことでもないだろうし、パジャマのままでも問題無いはだろう。
まぁパジャマとは言っても、Tシャツに短パンやし。
そう思っていたが、
「あー…シャオちゃんパジャマかぁ……」
謎に玄関先で待っていた鬱の反応は、俺の予想とはかなり違っていた。
「なんやねん。なんか文句あんのか」
「いや文句ってわけちゃうんやけどさぁ…」
「じゃぁなんやねん。てめぇ」
「んー、また着替えに戻らせることになるなぁって」
鬱は「言えばよかったな」と頭をかいた。
着替えてなにをするというのだろう。
「耳をすませばごっこでもすんのか?」
「結構近い」
「はぁ?」
混乱要素を増やさないで欲しい。
大体、自分で言ったが耳をすませばごっこってなんだ。
自転車で上り坂でも上るのだろうか。
「まぁ、そういうことやから着替えてこいや。
あ、あと財布とか、着替えとかも持って来い」
「いやいやいやいや、着替え?何するんがちで。まだ4時よ?」
「いいからいいから」
「良くない良くない」
とうとう話も通じなくなったらしい。
「ほら、着替えて来いって」
そう言い、俺のことを押して戻らせようとしてくる。
まぁ余裕で俺の方が力が強いので効かないが。
「詳しいことはとりあえずいいから、ざっくりと何するかだけ教えてくれ」と頼むと、
鬱はいたずらっ子のような笑みを浮かべ、言った。
「いこうぜ、俺と」
鬱はこちらに手を差し伸べた。
「現実逃避行に」
現実逃避行
とても良い意味とは言えないその言葉は、皮肉にも
俺の心を惹きつけてしまったらしい。
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