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『暁』が組織の建て直しに奔走している頃、魔物達を解散させたマリアは、十六番街にて蒼光騎士団と合流。
「お帰りなさいませ、聖女様。ご無事と、大命を果たされたこと。お喜び申し上げます」
心身ともに疲れ果てた彼女を蒼光騎士団を率いる黒髪の青年ラインハルトが出迎える。
「ありがとう、ラインハルト。わざわざ出迎えてくれるなんて有り難いわ」
「ゼピス殿より知らせを受けましたので。馬車を用意してございます。ささ、此方へ」
周囲を青い制服で統一し、腰に剣を差した騎士団員達が取り囲み警備に当たる。
騎士団と良いながらその装備は近代的で、全員が『ライデン社』の新型小銃であるM1ガーランドを装備し、更に最新の手榴弾なども保有していた。
歩兵単位の装備の質は明らかに『暁』を越え、正規軍すら越えていた。
「ありがとう。でもゆっくりとお願い。この町を見てみたいから」
「聖女様の望まれるままに」
『エルダス・ファミリー』支配下で荒廃していた十六番街は、『オータムリゾート』による莫大な投資により見違えるような復興を遂げていた。
メインストリートは馬車が数台並べるほど広く、家もコンクリートを利用した真新しいものばかりで、大勢の人や物資が行き交う賑わいを見せている。
「一年前まで廃墟のようだったと聞いたけれど、とても信じられないわね」
普段は馬車に乗らないが、流石に疲れ果てていたため馬車に乗り活気ある町を眺めるマリア。
「新たな支配者『オータムリゾート』による力です。何よりここは港湾エリアと隣接しておりますので、発展する余地は幾らでもありました」
馬に乗り馬車と並走するラインハルトが答える。
「『エルダス・ファミリー』はそれを活かせなかったと言うことね。全ては統治者の手腕次第。身の引き締まる光景よ」
「はっ。聖女様はご実家を継がれますので?」
「私は一人娘、何れは何処からか婿を取らないといけない。お父様は帝室の何方かと私を結ばせたいみたいだけれど」
憂鬱な心地で呟くマリア。
マリアの成功を我が物として権力闘争に明け暮れる父フロウベル侯爵は、更なる権威を得るためマリアと帝室の婚姻を画策。
帝室へ近付き国政への影響力を強めようと企む『聖光教会』上層部もこれに賛同。第一皇子の側室としてマリアを送り込む計画すらあった。
第一皇子側としても『聖光教会』の助力を得られ、美女として名高いマリアを側室に出来るとして乗り気だった。
これを阻止したのは第三皇子のユーシスである。マリアをこのまま帝都に残しては政争に利用され幸せを得ることは出来ないと判断。彼女にシェルドハーフェンの事を伝えて、弱者救済のための活動を促し帝都から離すことに成功する。
『聖女』として動く以上教会上層部も強く反対することはできず、渋々マリアをシェルドハーフェンへ派遣。
ついでに聖女親衛隊と揶揄されマリア以外の命令を受け付けない蒼光騎士団の同行も許可した。
これは自分の権威が及ばない存在を遠ざけたい教皇スニン四世の強い意向が影響していた。
「全ては聖女様の御心のままに。我らは全ての障害を取り除き、この身を盾にすることが至上の務めでございます」
「そう……命を散らせるような決断をしないように気を付けないとね」
マリアは今回の遠征で犠牲者を出してしまったことを悔やんでいた。もちろん決断したことを後悔はしていないが、やはり自分を慕うもの達が命を散らす光景は、慣れるものではなかった。
もう一つ、今回出会えたシャーリィとも仲良くしようと考えたが、視界に映れば不快感が心を支配して到底受け入れられるようなものではなかった。
最後まで勇者の身を案じていた魔王と自分の感情の違いに戸惑いを感じているのも影響していた。
「聖女様」
「ん……ごめんなさい、考え事をしていたわ。ままならないことばっかりね、ラインハルト」
「この世は不条理でございます。我らは聖女様と言う光を得ることが出来ましたが、大半の人間は暗夜を手探りで歩くようなもの。不安が恐怖に、恐怖が怒りに、怒りが憎しみとなり世に満ちております」
「そして弱者は一人握りの強者に虐げられる。私はそんな世界を変えたいの。夢物語でも、理想論でも良い。少しでも皆が幸せな世界に」
皆が幸せに。本気でそう願うマリアは清廉潔白、まさに聖女と呼ぶに相応しい清い心の持ち主であった。
だが悲しいかな、彼女周りは特に権力者はその理想を良いように利用するだけで、彼女の目指す世界は程遠い。
崇高な理想を抱き弱者救済の活動しながらも、体制その物を変えようとは想い至らないマリア。
自分の大切なものを守るためならば国相手にすら喧嘩を売る覚悟を持ち、準備に奔走するシャーリィ。
二人は思想面でも相反する存在なのである。
「あらゆる命が聖女様の慈悲の前に頭を垂れる事でしょう」
「頭は垂れなくて良いわ。ただ笑ってくれるなら、私はそれだけで良いの」
苦笑いをしながらも、ラインハルトに答えるマリアは、楽しげに走り回る子供たちに慈愛を込めた視線を送る。
「裏社会でも、こんな光景を見ることが出来る。いつか、帝国全土で子供達が安全に暮らして、笑顔で走り回れる世界を作りたいわね」
「必ずや実現するでしょう。教皇様も、聖女様の理想に胸を打たれましょう」
「だと良いのだけれど」
最早マリア個人の崇拝者である蒼光騎士団。後にシャーリィから『狂喜の鉄砲玉』と称される彼等の本質が表に出るのは、まだ先の話である。
「それより、一番街での活動はどうかしら?」
「警戒を強化したためか、争いの数は減少しつつあります。食料の配給も問題なく行われております」
「良かった、不在の間どうなるかしんぱいだったの」
「聖女様の御心を惑わす事案を解決するのが我らの務めでございますれば」
だが、実際はマリアの活動を邪魔しようとした。あるいは利用しようとした組織は、蒼光騎士団とマリアを慕う魔族によって壊滅させられたのである。それも一切の慈悲を与えぬ凄惨なものであった。
それを目の当たりにした一番街の諸勢力は及び腰となり、その好機を逃すはずがない『カイザーバンク』によって完全に平定される事となる。
尚、これらはマリア不在の数日間に発生した出来事である。
結果弱者救済の活動を妨げる存在は一番街から淘汰され、そして『カイザーバンク』も悩まされていた弱小組織群の殲滅とシェルドハーフェンの中心地である一番街の完全制圧を成し遂げたのである。
マリアの有用性を正しく理解したセダールは、これを機に更なる支援の拡大を餌に他の区画への侵攻を画策。マリアは疑うこと無く更なる弱者救済のため、二番街でも活動を開始することなる。
マリアを崇拝する狂信者集団と、それを利用するセダール率いる『カイザーバンク』。
後に暗黒街制覇を目指すシャーリィの前に立ち塞がる最大の敵が、静かに、だが確実にその産声をあげた。
それは、中心人物であるマリアの預かりしない場所で起きた。
シャーリィ=アーキハクト十八歳初夏の日。『エルダス・ファミリー』に続き、二度目の大きな抗争は目前に迫っていた。