テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
m ( 低浮
ブルーロックの共有スペース。深夜2時を回った頃、大型ソファには潔世一が一人、力尽きたように眠っていた。
膝の上にはまだサッカー雑誌が開かれたままで、トレーニングの疲れが限界を超えたのだろう、無防備な寝顔をさらしている。
そこに、夜食を求めてふらりと現れた凪誠士郎が立ち止まった。
「……あ、潔」
凪は気だるげに前髪を掻き上げる。相変わらず眠そうで、やる気のなさそうな表情。しかし、ソファに丸まっている潔を見つけた瞬間、その瞳に微かな光が宿った。
「……こんなとこで寝て」
凪は潔のそばに歩み寄り、膝をつく。
潔の寝息は規則正しく、子供のようにすやすやとしている。少し開いた唇、色素の薄い睫毛が頬に影を落としている。
「…………潔。……可愛い……」
凪の本音が、静寂の中にぽつりとこぼれた。
めんどくさがりな凪にとって、他人に興味を持つこと自体が珍しい。けれど、潔世一という存在だけは別だった。自分を熱くさせてくれるエゴイストでありながら、今はこんなに無防備で、柔らかそう。
凪は潔の髪に、触れるか触れないかの距離で指を這わせる。
そのまま離れるのが名残惜しくなり、凪は潔の隣、ソファの僅かな隙間に身体を滑り込ませた。
潔を潰さないように、でもその体温を感じられる距離で。凪は潔の寝顔をじっと観察し、その心地よい温もりに誘われるように、やがて自分も瞳を閉じた。
翌朝。
共有スペースのカーテンの隙間から、朝日が差し込み始めた頃。凪が先に目を覚ました。
視界のすぐそこには、まだ夢の中の潔の寝顔。凪は寝起き特有のぼんやりした頭で、「あ、まだ潔いる」と少し嬉しくなる。
その時だった。
「…………う、……ん……」
潔が微かに身じろぎをする。
ゆっくりと開かれた瞳は、まだ焦点が合っておらず、完全に寝ぼけている。
「……あ……朝、……?」
潔の口から漏れたのは、普段の芯のある声とはかけ離れた、とろけそうなほど「ふやふや」な寝起きの声。
凪が「おはよ、潔」と声をかけようとした、その瞬間。
「…………、……クッション……ふかふか……」
潔は寝ぼけ眼のまま、凪のことを何か大きくて柔らかいクッションか抱き枕だと勘違いしたらしい。
ぎゅううっ。
潔は躊躇なく、隣にいた凪の胴体に腕を回し、全力で抱きついた。
さらに、凪の胸元に顔を埋め、すりすりと頬を寄せる。
「……っ、!?」
凪の心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。
無防備すぎる「ふやふや」な声。
自分を求めて絡みついてくる、体温の高い小さな身体。
胸元に感じる、潔の柔らかい髪と吐息。
(……やば、……なに、これ……)
凪は完全に硬直した。
普段、何事にも動じない凪のポーカーフェイスが、羞恥と、それ以上に強烈な愛おしさ(キュン)で崩壊しかけていた。
潔はといえば、凪の胸の中で「……うう、あったかい……」と満足げに呟き、再び眠りの深淵へ落ちようとしている。
凪は、真っ赤になった顔を隠すように、潔の背中にそっと手を回した。
(起きたら怒るかな。……でも、もうちょっとだけ、このままでいいや……)
凪は、胸の中でスースーと寝息を立てる潔を起こさないよう、細心の注意を払ってソファから立ち上がった。高身長な凪にとって、自分より一回り小さい潔を抱え上げるのは造作もないことだ。
潔の頭がコテンと凪の肩に預けられ、ふやふやの髪が凪の首筋をくすぐる。
「……ん、……ふ……」
寝ぼけたままの潔が、無意識に凪のシャツをギュッと掴んだ。
凪は無表情ながらも、その内心は「潔、離したくない……」という独占欲で満たされていた。そのまま、見せつけるようにリビングへと足を踏み入れる。
そこには、早朝のトレーニングを終えた凛と、朝食の準備をしていた玲王、そしてパンを口に咥えたままの蜂楽がいた。
「……あ! 凪、ずるーい!!」
真っ先に反応したのは蜂楽だった。パンを皿に放り出し、弾かれたように二人の元へ駆け寄る。
「潔の寝顔、俺も近くで見たい! 凪、交代してよ。次は俺が潔のクッションになる番!」
「……やだ。今は俺の」
凪は潔を渡すまいと、ひょいと身体を翻してガードする。蜂楽は不満げに頬を膨らませながらも、潔の「ふやふや」な寝顔を覗き込み、「えへへ、潔、幸せそうな顔してる〜」と指先で潔の頬をぷにぷにと突き始めた。
一方、コーヒーカップを手に持ったまま固まっていたのは玲王だ。昨日、潔から飲みかけのドリンクを渡されて以来、彼の脳内は潔世一という存在に侵食され続けていた。
「おい、凪……! お前、何やってんだよ朝っぱらから!」
凪が自分を捨てて潔を選んだという事実は、今でも玲王の胸を刺す。けれど、今の玲王の視線は、凪ではなく、その腕の中で無防備に丸まっている潔に釘付けだった。
(……なんであいつ、あんなに柔らかそうな顔してんだよ。……クソ、見てるだけでイライラする……のに、目が離せねー……)
怒りと、説明のつかない「触れたい」という衝動。玲王は耳を真っ赤にしながら、複雑な表情で潔を見つめることしかできなかった。
そして、一番隅の席でプロテインを飲んでいた凛からは、目に見えるほどの「殺気」が立ち上っていた。
「…………殺すぞ。気色悪い真似してんじゃねぇ、クソ共が」
凛の声は地を這うように低い。しかし、その視線は鋭く潔の寝顔を射抜いている。潔の無防備な姿を、凪や蜂楽に独占されている状況が、どうしようもなく癪に障るのだ。
「潔、起きろ。……いつまでその「ぬるい」奴らに抱かれてやがる。死ね」
凛はそう吐き捨てながら立ち上がり、潔の髪を乱暴に、けれどどこか名残惜しそうに指で弾いた。
「……う、……ん……?」
周囲の喧騒と、凛の低い声に反応したのか、潔がようやく薄目を開けた。
目の前には凪の白い首筋。横にはニヤニヤしている蜂楽。正面には顔を赤くした玲王と、般若のような顔をした凛。
「……え、……俺、なんで運ばれて……?」
寝起き全開の、少し掠れた潔の声。
その瞬間、リビングにいた4人の男たちの心臓は、それぞれの理由で激しく跳ね上がった。
「潔、おはよ。……もうちょっと抱っこしてていい?」
凪の甘い囁きに、潔はまだ状況が掴めず、「え、……あ、うん……?」と、またしても天然な返事をしてしまうのだった。
リビングの空気は、潔の「あ、うん……?」という無防備すぎる返事のせいで、さらに妙な熱を帯びていた。
凪の腕の中にすっぽりと収まり、寝起きの潤んだ瞳で周囲を見上げる潔。その姿を見て、玲王の心の中には、言葉にできない激しい感情が渦巻いていた。
(……チッ、なんなんだよ。マジでイライラする……!)
玲王は手に持っていたコーヒーカップを、ガチャンと音を立ててテーブルに置いた。
自分でも驚くほどの苛立ちだ。凪が自分を「裏切って」潔の元へ行ったあの日から、潔世一という男は自分にとって「憎むべき対象」のはずだった。
あいつさえいなければ。
あいつが凪を「エゴイスト」に変えなければ。
俺たちの関係は壊れなかった。
そう思って潔の顔を睨みつける。だが、視界に入る潔は、凪に抱っこされたまま「……あれ、玲王、おはよ」と、これまたお人好し全開のふわふわした笑顔を向けてくるのだ。
「……っ、」
その瞬間、玲王の心臓が嫌な跳ね方をした。
昨日、間接キス(という名のドリンク回し飲み)をした時の、あの甘酸っぱい感覚が蘇る。
(……違う。俺がイライラしてんのは、潔のせいじゃねえ……)
玲王は自分の感情の正体に、唐突に気づいてしまった。
潔個人が嫌いなんじゃない。
潔が、凪に抱っこされて満足げにしているのが。
潔が、蜂楽に頬をぷにぷにされて笑っているのが。
潔が、あの傲慢な凛にまで(文句を言われつつも)特別視されているのが。
「……他の奴と、仲良くしてんじゃねーよ……」
ボソリと、無意識に本音が漏れた。
自分でも引くほどの独占欲。凪を失った寂しさだと思っていたそれは、いつの間にか「潔世一を独り占めしたい」という、より身勝手で強烈な執着にすり替わっていた。
「え? 玲王、今なんて……?」
潔が不思議そうに首を傾げる。
「……なんでもねーよ! クソ、どいつもこいつも……!」
玲王は顔を真っ赤にして、逃げるようにキッチンへと背を向けた。
嫌いなはずなのに、目が離せない。恨んでいるはずなのに、その「純粋さ」に惹かれている自分を認めざるを得ない。
(……認めねえ。絶対認めねえからな、潔世一……!)
玲王の背中からは、隠しきれない独占欲と、自覚し始めた「恋心」にも似た熱気がダダ漏れになっていた。
そんな玲王の様子を、凪は無表情ながらも「……玲王も、潔のこと好きになっちゃったんだ。めんどくさい……」と、より一層潔を抱きしめる腕に力を込めるのだった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!