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リビングの喧騒が去り、廊下にはトレーニングへ向かう潔と、忘れ物を取りに戻った玲王の二人きりになった。
玲王の心臓は、アップもしていないのに激しく高鳴っている。
(……確かめるだけだ。あいつが、ただの「凪を奪ったムカつく奴」なのか、それとも……)
「あ、玲王。忘れ物か?」
潔が足を止め、屈託のない笑顔で振り返る。その「普通」の態度が、今の玲王には一番の毒だった。
「……おい、潔」
「ん? どうした?」
玲王は顔が熱くなるのを必死に抑え、わざとらしく視線を斜め下に逸らした。ポケットに突っ込んだ拳に力が入る。
「……今度のオフ、空いてるかよ」
「え、オフ? 特に予定はないけど……」
「……だったら、デパートに付き合え」
ぶっきらぼうに言い放つと、潔は「デパート?」と不思議そうに目を丸くした。
「ほら、新しいスポーツシューズが欲しくて。……俺一人だと、機能性重視になりがちっていうか……その、お前の『ストライカーとしての意見』も、参考にしてやってもいいかなって……思って……」
後半になるにつれて、玲王の声はどんどん小さくなっていく。
嘘だ。シューズなんて、専属のスタッフに用意させれば最高級のものが手に入る。これはただの、誰が見ても明らかな「デート」の誘い文句だった。
「俺の意見? 玲王に頼りにされるなんて嬉しいな。いいぞ、行こうぜ!」
潔の天然という名の「全肯定」が炸裂する。
「嬉しい」なんて真っ直ぐに言われてしまい、玲王の防衛本能は限界を迎えた。
「……っ、勘違いすんなよ! 別に、お前と行きたいわけじゃなくて……たまたま、予定が空いてたのがお前だっただけだからな!」
玲王は顔を真っ赤にして、怒鳴るような勢いで言い返した。あまりの恥ずかしさに、耳まで林檎のように真っ赤になっている。
「わかってるって。機能性、大事だもんな」
「……わかってねーよ、バカ潔……」
潔の底抜けの「人の良さ」に、玲王はもはや崩れ落ちそうだった。
嫌いなはずなのに。憎んでいたはずなのに。
(……なんで、こんなに可愛いと思ってんだよ、俺……)
自分の気持ちを「確かめる」ために誘ったはずが、まだデパートに行く前だというのに、答えはもう玲王の中で出かかっていた。
「じゃあ、日曜日な! 楽しみにしてる」
潔が手を振って去っていく背中を見送りながら、玲王はその場にしゃがみ込み、両手で顔を覆った。
「……楽しみ、とか言うなよ……。これじゃ、俺が楽しみにしてるみたいじゃねーか……」
実際、玲王の心はすでに、日曜日に潔に何を着せるか、どこのカフェに寄るかという思考で、イライラするほど浮き足立っていた。
待ちに待った日曜日。デパートの待ち合わせ場所に現れた玲王は、気合が入りすぎていた。
御曹司らしく、仕立てのいいネイビーのセットアップに、さりげなく光るブランド物のアクセサリー。モデル顔負けのスタイルと、計算され尽くした「オフの勝負服」だ。本人は「適当に選んだ」という顔をしているが、鏡の前で1時間は格闘した成果である。
そこに、いつものスポーティーな格好で潔が走ってきた。
「悪い、玲王! 待たせたか?」
「……別に。今来たところだ」
玲王は内心のドキドキを隠し、クールに振る舞おうとする。だが、潔は玲王の姿を間近で見た瞬間、足を止めて目を見開いた。
「…………えっ、玲王?」
「なんだよ、文句あんのか。スポーツシューズ買いに行くのに、こんな格好……」
玲王が言い訳を並べようとしたその時、潔の口から感嘆の声が漏れた。
「うわぁ……! めっちゃかっけぇ!! 玲王、お前マジでイケメンだな!」
潔は一切の嫌味なく、キラキラした瞳で玲王を上から下まで眺め回した。
「モデルかと思ったぞ。……いや、モデルよりかっこいいかも。やっぱり玲王って、華があるよなぁ。俺、隣歩くの緊張しちゃうかも」
潔の天然ストレートパンチが、玲王の心臓を直撃する。
「かっけぇ」「イケメン」「華がある」。
言われ慣れているはずの言葉が、潔の口から出た途端、とんでもない破壊力を持って襲いかかってきた。
「……っ!!??」
玲王の顔が、一瞬で耳の先まで真っ赤に染まった。
あまりの熱量に、視界がチカチカする。
「お、おい……! 急に何言ってんだよ、バカ潔……! 死ね……死ぬほど恥ずかしいだろ!」
「え? だって本当のことだろ? 玲王、マジで似合ってるよ」
潔は不思議そうに首を傾げながら、さらに追い打ちをかけるようにニコッと笑う。
「…………っ、……うるせー! 行くぞ!」
玲王は真っ赤な顔を隠すように、潔の腕を掴んで強引に歩き出した。
心臓がうるさすぎて、歩き方がぎこちなくなっている。
(……クソ。……なんなんだよ、あいつ……)
イライラする。
あんな風に、無防備に他人を褒め殺す潔世一がイライラする。
それ以上に、そんな言葉ひとつで、これっぽっちも「嫌い」を維持できなくなっている自分が、一番情けなくて、どうしようもなく愛おしい。
「……今日、なんでも買ってやるからな」
「え、いいよ悪いよ!」
「うるせー、俺が買ってやりたいんだよ!」
結局、玲王は照れ隠しの財力行使でしか、この溢れる感情を抑え込めなくなっていた。