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#食
「地元でいらっしゃるんですか? 蓮美さん」
「あ……」
あまり踏み込まれると嫌なのだろうか、会話の途中時々蓮美は返答に困る。
しかし、少しし答えた。
「いえ、引っ越しが多かったものですから」
「そうですか」
豊は蓮美のこれまでの住まいについて深堀りしないようにしようと感じた。
「現在の住所はここよ」
蓮美は手帳を取り出し、丁寧に1枚ちぎり、住所を書き豊に渡した。
「あ、ありがとう。蓮美さん」
少し沈黙があり、蓮美が「あの……」と言い、頬をサッと桜色に染めた。
「はい」
なんだかドキドキしつつ豊は言葉を待った。
「あ、豊さんはこれまで……交際相手はいらしたのですか? ごめんなさい、ぶしつけな質問でしたね!」
蓮美は申し訳なさそうな顔をした。
「いえいえ。大丈夫ですよ、蓮美さん。オレはこの年になるまで恋人というものを持った経験がありません」
正直に豊は答えた。
蓮美が安心したような顔をした。
「あたしと一緒だわ」
蓮美はどちらかといえば内気な性格なのだろう。会話が長くは続かない。
それで、二人のアイスコーヒーとアイスミルクティーは、透明なグラスの中ですぐに小さな氷だけになった。
「ああ、お飲み物、注文しましょうか? 蓮美さん」
「あ、いえ。ありがとう。お外へ行きたいわ」
豊は窓の外を見やり、炎天下を「外へ行きたい」とは……? と、女性慣れしない豊なりに考えた。
(なにも彼女は、過ぎるほどに眩しい太陽の下へ行きたいと言っているのではないよな)という答えに辿り着き「あの、もしも蓮美さんさえよろしければドライブなどいかがでしょう。オレ、車の運転が好きなんです」と言ってみた。
すると蓮美ははにかみ嬉しそうだ。
「はい、ぜひ連れて行って下さい」
「わかりました、蓮美さん。水辺はお好きですか?」
「ええ、大好きです」
「じゃあ、大きな湖へ行きましょう……。蓮美さんの瞳のように綺麗な」
勇気を出して小粋なセリフを言ってみた豊。直後気恥ずかしくなった。
しかしテーブルを挟んだ蓮美は瞳を潤ませ幸せそうに微笑んで見せた。
*
もの静かな蓮美だが、車中、少しずつ豊に心を開き始めた。流れ行く風景が開放感を増すのかも知れない。
「あたしは風が好きよ。ドライブが大好き。窓を開けても良い? 豊さん。充分車の中は涼しいわ」
豊は、蓮美にドキドキし過ぎ、エアコンの設定温度の事など頭から飛んでいたのだった。
「ああ、気が付かずにごめんなさい! 寒かったんじゃないの。大丈夫ですか? 蓮美さん」
「はい」
小さくクスッと笑う蓮美があどけない。
やがて溢れんばかりの緑を抱く湖が見えて来た。
「ここはね、蓮美さん、鍾乳洞があるの。蓮美さんさえ良ければ行きましょう。でも無理して車を降りる事はない。ドライブだけでもオレは今凄く楽しいです」
蓮美は「行きたい」と言う。
「うん、じゃあ行きましょう」
*
――――鍾乳洞の中は冷蔵庫の中のように冷ややか、それでいて神秘的だ。
「蓮美さん、足元が滑りやすいから気を付けてね」
右手を……伸ばす蓮美。豊を見上げ、小柄だが肉感的な蓮美が(繋ぎたい)とアピールする。豊はドギマギだ。
しかし、なるべくさりげなく左手を伸ばし、ギュ! と蓮美の手を握った。柔らかくて、今にも壊れてしまいそうなしとやかさな感触だ。
見ると、蓮美の首筋を汗が流れた。さっきまで涼しい車にいたのに、彼女も緊張しているのだろう。
豊はその汗が欲しいと感じた。
女性にこんなに欲情した事はない。
その時だ。
グ――――……。
蓮美のおなかが鳴った。
「あ、あたしったら」
豊と手を繋いだまま顔を真っ赤にし、蓮美が泣きそうな顔をする。
「愛らしいですね。可愛いですよ、蓮美さん。先にどこかで食事しましょうか?」
「いえ。おなかは空いていません」
その……『拒絶』とも言えるほどのキッパリとした物言いは、先程までの彼女とまるで別人格のようだ。
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