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ふっと見上げてみると、しっとりとした深い緑の着物を着た男性の姿がそこにはありました。
「お怪我は、ありませんか?」
そう整った綺麗な眉を八の字にして、優しい声で私の目線合わせて屈んでおられました。
美しい人。まず初めにそう思いました。
奥二重で賢そうな黒い目。少し小さめで丸い鼻。薄く儚い桃色の唇。透き通った白い肌。しなやかな顔の輪郭。凛々しい眉。しなやかな黒い髪。華奢で薄い体つき。まるで絵画の中から出てきた人物のような洗練された美しさに、私は圧倒されて声すら出ませんでした。
「おや、足を怪我しているようですね。……私の家に来てくださいな。手当をしましょう」
と、その美しい男性は、いとも簡単に私をひょいと持ち上げ、綺麗な足どりで見知らぬ道へと歩いて行きました。
そして着いたのは大きな屋敷でした。豪邸と言われても納得してしまいそうなほど大きな屋敷でした。
男性は屋敷の門をくぐって、よくの日の当たる庭へと私を座らせ、地震は屋敷の中へ入り、優雅な動作で水の入った風呂桶と、ずっしりと重そうな木箱を持ってこられました。
「ほら、裾をめくってくださいな。今から水をかけますね」
とおっしゃって、風呂桶を少しずつ傾けながら、私の膝に水を垂らしていきます。透明で冷たいふくらはぎを伝って、だんだんかかとを濡らしていきます。水が傷口に入って、少し痛みを感じましたが、それはほんの少しだけでした。わざわざ膝を折って知らない子供である私の手当てをしてくださる男性が眩しく見えて、心が癒されていくようで、痛みはほんの少ししか感じませんでした。
「もう少しだけ裾をめくったままにしてくださいね。間違えてた挟んでしまわないように。」
と綿と包帯を手に取って、傷のあるところへ痛くないように優しく巻いてくださいました。
「よし。これで大丈夫。痛くないですか?」
「……痛く、ないです」
「ふふ。良い子ですね。ちゃんと、我慢することができましたね。」
男性は優しい手つきで私の頭を撫でてくださって、私は妙にドキドキしました。
「あなた、年はいくつですか?」
「……今年で、六になりました」
「おや、そうだったのですか? てっきり、もう少しお兄ちゃんなのかと思いましたよ。ずいぶんと、大人びているのですね。」
すると突然、中から綺麗な毛並みをした柴犬が私の方へとすり寄ってきました。そして男性の膝にころんと大の字に寝転がって、男性に甘え始めたのです。
「こら、ぽち。お客様の前ですよ。もう少ししっかりしてくださいな。」
男性は困ったような、喜んでいるような表情で柴犬をひょいと抱き抱えました。
「ごめんなさいね。うちの子、お客様が来られると、つい興奮して……」
「あ、大丈夫です……可愛らしい、子、ですね」
「ふふ、ありがとうございます。よかったね、ぽち。可愛いって。」
わん! と元気にその柴犬は鳴きました。そしてその男性は幸せそうにその柴犬の腹を撫でてやるのでした。
「ところで、あなたはここら辺では見ない顔ですが、どこの家の子です?」
「あ、えっと……樋口、の三男です……」
「おや、林太郎の子供さんですか? おやまあ! 林太郎は元気していますか?」
男性は嬉しそうに顔を綻ばせ、肩をぐっとすぼめました。
「父様を、知っておられるのですか?」
「ええ、もちろん。林太郎はよく遊びに来てくれた可愛らしい子ですし、なにより、日本国民のことは名前だけでなく、なにもかもきちんと覚えていますよ。」
「日本国民のこと?」
私は体を前のめりにして男性にたずねました。男性はまたにこっと笑い、
「ええ、私は日本国の化身なので、日本国民のことはよく知っているのです。」
と、おっしゃられて、私は困惑しました。
人が、国? 国が人の形をしているのか? そもそも人が国になれるなんて、聞いたことがないと、混乱でかたまってしまったのです。そんな私を見て、男性はにこりと微笑み、
「ふふ。仕方ありません。国が人の形をしているなんて話、信じられやしませんよね。わかりますよ。みなさん、そうですから。」
と、微笑む男性があまりにも素敵で、綺麗で、美しくて、目が離せなくて。話なんて、耳に入ってこなくて。
「……それなら、ぼくはあなたをなんと呼べばいいですか?」
と、変なことを質問してしまったのです。ですが、男性は幸せそうに微笑んで、
「みなさんは、私のことをお国様だったり、日本様だったり、我が国と呼びますが……菊。菊と呼んでくれればいいですよ。……あなたの、お名前は?」
「ぼくは、幸太郎。……樋口、幸太郎です」
「そう。素敵な名前ですね。……こうちゃんと、呼んでもいいですか?」
「え、あ、はい!」
これが、私と日本さんとの出会いでした。