テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
昨夜の暴走と背徳感を引きずったまま、柊吾は一向に寝付けない夜を明かした。
枕元に転がったままのスマートフォンが、妙に重い存在感を放っていた。
瑞樹からの気遣うLINEメッセージに、どう返信すればいいのか分からず、何度も画面を開いては閉じ、文字を打っては消した。
(『大丈夫です』じゃ余所余所しすぎる……? でも『黒瀬さんもお気をつけて』なんて、昨日の今日でどのツラ下げて送ればいいんだ……っ!?)
結局、思考が完全にショートした柊吾が送れたのは、夜が明けた早朝、あまりにも短く素っ気ない一文だけだった。
『はい、母も僕も大丈夫です。お気遣いありがとうございます。』
――送信ボタンを押した瞬間、柊吾は頭を抱えてベッドの上に転がった。
(っ〜〜〜〜〜〜!! 硬い!! 業務連絡かよ!!)
猛烈な自己嫌悪と後悔が脳内で暴風雨のように吹き荒れる。
(黒瀬さんは何も悪くないのに!! 何ひとつ悪いことしてないのに!! なんでこんな素っ気ない態度取ってんだよ僕のバカ!! 黒瀬さん絶対に『僕、何か気に触ること言ったかな』って困惑してるよ!! 違うんです黒瀬さん!! 僕が勝手にあなたで自家発電して勝手に罪悪感でパニックになってるだけなんです……って言えるわけないだろーーーーっ!!)
自分の不甲斐なさと情けなさに頭がおかしくなりそうだった。
だが、事態はLINEの返事だけでは終わらなかった。
午前中、雨が少し弱まったタイミングでゴミ出しのために玄関を開けた、その瞬間。
隣のドアが静かに開き、スーツ姿の瑞樹が出てきたのだ。
「あ……」
「おはようございます、柊吾さん」
眼鏡の奥の目を柔らかく細め、いつもの低く穏やかな声で挨拶をしてくる瑞樹。
その声を聞いた瞬間、昨夜イヤホン越しに脳内再生された声と、妄想の中でぐちゃぐちゃにされた感覚が津波のように蘇ってきた。
「っヒッ……!!」
変な悲鳴が喉の奥で詰まる。
柊吾の顔は一瞬で茹でダコのように真っ赤になり、弾かれたように視線を真下に落とした。
(見られない……っ!! 顔見たら昨日のこと思い出して死んじゃう……っ!!)
「……柊吾さん? 体調でも悪いんですか? 顔がかなり赤いですが……」
心配そうに瑞樹が半歩寄ってくる。伸びてきた手が、額に触れる寸前で宙に止まった。至近距離まで詰められた距離に、その身体から漂ってくる洗剤と微かなタバコの匂いが鼻先をかすめる。柊吾の心臓が口から飛び出そうなほど暴れ出した。
「大丈夫ですっ!! 何でもないです!! 風邪でもないです!!」
まともに目も合わせず、ゴミ袋を握りしめたまま早口でまくし立てる柊吾。
「あ、LINEの返信も! 素っ気なくてすみませんでしたっ!! 忙しいと思うので黒瀬さんもお仕事頑張ってくださいっ!! 失礼しますっ!!」
「え、あ……柊吾さ――」
瑞樹の引き留める声を遮るように、柊吾は脱兎のごとく廊下を走り出し、アパートの階段を駆け下りてゴミ捨て場へ逃げ込んだ。
(最悪だ……最悪だ僕のバカ!! なんなんだ今の態度は!!)
ゴミ箱の前で息を荒らしながら、柊吾は頭を抱えて蹲った。
何ひとつ悪いことをしていない瑞樹に対して、自分勝手な罪悪感から失礼な態度を取り、あからさまに避けてしまった。
これじゃあ「気まずい隣人」どころか、ただの「感じの悪い不審者」だ。
(どうしよう……黒瀬さんに嫌われたら、僕、本当にどうすればいいんだ……)
おかしい。あんなに避けたかったはずなのに、嫌われることだけは、どうしても怖かった。
自業自得の自爆劇に落ち込みながらも、頭の片隅では「あの声」と「あの眼差し」が離れてくれず、柊吾は雨上がりの湿った空気の中で、一人途方に暮れるしかなかった。
#びーえるちゅうい
そあふぃー
63
コメント
1件
ああ、これは……柊吾くんの心情が痛いほど伝わってくる回でしたね。LINEの返信に悩む様子から、朝の鉢合わせでの“ヒッ”という悲鳴まで、一人称の内心描写がリアルで、思わずこちらも気まずさで身じろぎしてしまいました。何より「嫌われたくないのに避けてしまう」矛盾が、彼の純粋さと混乱をよく表していて。柊吾くんの自爆っぷりに苦笑いしながらも、今後の展開が気になります。瑞樹さんの反応、どうなるんでしょうね。