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6000字強あります。
心理的暴力描写あります。
駅からどれくらい歩いただろう。
5分? いや、10分は経ったかもしれない。
街灯の光がやわらかく足元を照らす。
絡められた手は、ずっと離してくれなかった。
「買い出し、さっき行ったからさ。
ちかちゃんは心配しないで?」
横顔のまま、彼がぽつりと言う。
「は、はい……」
「明日、僕オフなんだよね。
だから……明日も一緒にいたいな、って。
いい……?」
“恋人”として聞かれているみたいなトーンだった。
胸の奥がぎゅっと縮まる。
「……だいじょうぶ、です」
「よかった」
彼の親指がまた、優しく手の甲を撫でる。
その仕草に、歩くたびふっと胸がざわついた。
マンションのエントランスに着くと、
彼はオートロックに鍵をかざしながら、小さく笑った。
「緊張してる?」
「……少し」
「大丈夫。僕、怖いことしないから」
そう言われるほど、逆に息が詰まった。
エレベーターがゆっくりと上がる。
階数の表示ランプが一つずつ灯るたび、
胸の奥の鼓動が少しずつ早くなっていく。
「……着いたよ」
4階の表示で、エレベーターが止まる。
静かな廊下を歩いて、
彼は迷いのない足取りで一つの部屋の前に立った。
鍵を開ける音が、やけに大きく響いた。
「どうぞ」
そう言ってから、ふと笑う。
「ちかちゃんが入るの……なんか嬉しい」
その笑顔に、胸がずきんと痛む。
部屋の中は——
予想以上にきれいだった。
2LDKの間取りらしく、
玄関を入って廊下の先にリビング。
広めで、落ち着いた色のソファが置かれている。
残りの部屋は一つは寝室で、もう一つは曲を作ったりする部屋らしい。
生活感はあるのに、散らかってはいない。
「一人暮らしの部屋」というより、
“仕事と生活を両方ちゃんと回している人の空気”が漂っていた。
「ちかちゃん、コート預かるよ」
手を伸ばされ、
コートの裾をそっと持ち上げられる。
優しい仕草なのに、
なぜか逃げ道をひとつ奪われたような気がした。
「お茶入れるね。
そこ座ってて?」
リビングのソファを指さしながら微笑む彼。
その微笑みは甘くて柔らかいのに、
胸の奥で何かがかすかにきしんだ。
(……ここから先に進んだら、戻れない気がする)
足がすくむのに、
座るしかなかった。
私が腰を下ろしてしばらくすると
彼はキッチンで淹れた温かい紅茶を持ってきて、
そのまま隣に腰を落とす。
少し近い。
膝が触れそうな距離。
「まだ、緊張してる?」
目が合った瞬間、心臓が跳ねる。
「……してます」
彼はふっと笑う。
「大丈夫だって。
僕、怖いことしないから」
“怖いこと”の基準がもう分からないのに、
その言い方があまりに優しくて、胸がざわついた。
そして、当たり前みたいに私の髪に手を伸ばし——
指先でそっとレイヤーを跳ねさせる。
「……今日の髪、やっぱり好き。
すごく似合ってる」
甘い声。
耳のすぐ近くで落とされる。
なのに。
「似合ってる……ってそんなに言わないでください」
震えた声で言うと、
彼は少し目を伏せて笑った。
「なんで?
可愛いから言ってるだけだよ」
恋人みたいな調子で。
息が触れる距離で。
だけど——肝心の言葉だけは絶対に言わない。
“好き”も、
“付き合いたい”も、
“僕の彼女だよね?”も言わず。
ただ、甘く絡め取る。
「ちかちゃんさ……」
指先で私の手の甲をなぞりながら、
まるで迷わず心に入ってくるみたいな声で。
「ほんと……可愛いよね」
喉がきゅっと鳴る。
言葉の強さは恋人以上なのに、
その先を言わない残酷さ。
「……そんな言い方、しないでください」
か細く返すと、
「なんで?
嬉しくない?」
重たい前髪から覗く瞳に、真っ直ぐ見つめられる。
逃げ場がない目。
胸の奥がじんじん熱くなっていく。
(ずるい……)
甘やかすのに言葉を渡さない。
奪う準備だけ、じっくりしてくる。
彼は、ゆっくり手を伸ばして——
私の頬に触れた。
親指の腹で、そっと肌を撫でる。
「……ちかちゃん」
吐息が触れるほど近い。
「僕、“ちゃんと”優しくするよ」
優しいのに、
その奥はぜんぜん優しくない声で。
「好き、って言わなくても……伝わるでしょ?」
笑ったその瞬間、
背筋がぞくっと震えた。
甘い
甘い
甘い……のに
どこにも逃げ道がない。
視界がふっと回り、ソファの上で押し倒される。
世界が、ふたりだけになった気がした。
彼はそっと私を抱き寄せる。
肌と肌が重なる瞬間、心臓の音が跳ね上がる。
「ねぇ、ちかちゃん……大丈夫?」
耳元で囁かれる声が、やけに優しい。
髪をそっと撫で、額にやわらかいキスを落とす。
「怖くないから……力、抜いて」
そう言いながら、肩を包み込むように腕を回し、静かに唇を重ねてくる。
舌を絡めるでもなく、激しくもない。
ただ、長く、ゆっくりと——呼吸ごと溶かし合うみたいなキス。
手は、背中から腰へとゆっくり滑る。
指先がやわらかく肌をなぞるたび、体がじんわり熱くなっていく。
「……可愛い」
囁きながら、何度も何度も、唇を重ねてくれる。
“ちゃんと気持ちよくなってほしい”という気持ちが、全部、指先や息遣いににじんでいる。
「嫌だったら、ちゃんと言って。すぐ止めるから」
必ず目を合わせて聞いてくれる。
その仕草が余計に、苦しくて、優しくて、逃げ道がない。
首筋から鎖骨へ、愛おしそうなキスがゆっくりと落ちていく。
くすぐったいほどやさしい。体温だけを確かめ合うような触れ方。
「……ちかちゃん、僕のこと、好き?」
触れ合いながら、何度も名前を呼んでくれる。
“嫌い”なんて言えない。
苦しいほど甘くて、逃げたくても逃げられない。
「……すき、です」
本当の気持ちなんて、もう分からないのに。
彼は嬉しそうにアヒル口をゆがませ、微笑む。
「……かわいい」
ふっと身体を起こし、手を絡める。
「ちかちゃん、ベッド行こ?」
まるで当たり前のことみたいに、指を絡めて立ち上がる。
その手の温度が高くて、もう、拒めない。
寝室までの廊下、ずっと手を離さないまま。
彼はふいに振り向いて、耳元でささやく。
「……どこにも行かないでね?」
甘い声が、身体の奥まで、深く染み込んでいく。
寝室のドアが閉まった瞬間、
世界がやさしく、でも逃げられないほど狭くなる。
ふわりとベッドに押し倒され、
見下ろす彼の瞳が、甘い光と熱を混ぜて揺れた。
「……ちかちゃん、ほんとに、かわいい」
喉の奥で低く震える声。
首筋に落ちる熱い吐息だけで、全身がきゅっと強張る。
「大丈夫……怖くしないから」
囁きながら、彼はゆっくりニットを脱がす。
肩を撫でる指先が、まるで“躊躇っている素振り”をしながら、
確実に肌を奪っていく。
肩紐を外す仕草はゆっくりで、
本当に儀式のように丁寧だった。
「ねぇ……こっち、見て?」
逆らえない。
視線を合わせた途端、口づけが落ちてくる。
深く、長く、息を奪うように。
舌が触れるたび、
「ん……っ」と漏れた声が飲み込まれる。
彼はキスの合間に、
頬を撫でるように囁く。
「かわいい……ほんと、かわいいよ……ちかちゃん……」
胸元に触れた瞬間、
体がびくっと震えた。
唇が胸へ降りると、
くすぐったさと熱が混じって、喉の奥から声が漏れる。
「や……っ、ん、あ……っ」
乳首をそっと吸われ、舌で転がされ、
逃げたいのに腰が浮いて、 彼の手を掴みそうになる。
「もっと……声、聞かせて?」
スキニーを脱がされ、
下着越しに触れられた瞬間、膝が震える。
そこだけがじんじん熱くて、
指でなぞられるたびに息が跳ねた。
「は……っ、あっ……そんな……」
下着を外され、
指がゆっくりと奥へ滑り込んでくる。
その瞬間、腰が大きく跳ねてしまった。
「やっ……! っだめ、そんなの……っ」
「だめじゃないよ。
ちかちゃんの“かわいいとこ”、全部僕に見せて?」
指が奥を探るたび、
喉の奥がひくっと震えるように、
声が勝手に漏れてしまう。
「ぁ……っ、あ、やぁ……ん……っ」
「ほら……かわいい。
こんなに気持ちよくなるの、僕だけだよね?」
甘い声と執着がまざる低音。
その声だけで、頭がふわっと霞む。
「ねぇ……好き? 僕のこと、好き?」
耳元に落ちる声が熱くて、
もう考えられなくなる。
「す、き……っ、です……」
涙が滲むようなか細い声で言うと、
彼は喉を震わせて笑い、アヒル口を歪ませる。
「かわいい……ねぇ、これ……気持ちいいでしょ?」
「や、ぁ……っ、イっちゃ、う……っ、あ……ああっ……!」
指の動きに体が跳ねて、
腰が勝手に逃げるように揺れる。
「いいよ……全部、見せて」
——弾ける瞬間。
息を吸う暇もないまま、
彼は指を離し、服を脱ぎ捨て
熱を抱えた身体を重ねてきた。
「挿れるね……苦しかったら言って?」
その声の直後、
深いところまで熱が押し寄せてきて、
身体がびくっと反応した。
「っ……ぁ……っ」
涙が滲むのに、
痛みより先に甘さのほうが大きくて、
胸の奥がじんじん痺れていく。
「……大丈夫?…痛くない?」
耳元で落ちるその声が、
優しいのに、逃がさない温度を含んでいた。
「……だいじょうぶ……ですっ」
「えらい……ちかちゃん、かわいい」
ゆっくりと動きを重ねられるたび、
名前を呼ばれて、
息が勝手に震える。
「……もっと、好きって言って?」
甘く縋るような声音。
その言葉が胸の奥をほどいていく。
「すき……っ、すきです……もとき、さん……っ」
「うん……いい子」
優しさと支配が同時に落ちてきて、
快感がじわじわと広がる。
シーツを握る指が震えるほど、
呼吸が追いつかない。
「そんな顔……他の誰にも見せちゃだめだよ?」
「僕が最初で、最後ね?」
「……どこにも行っちゃだめだよ?」
鎖みたいに甘い言葉が、
身体の奥深くに沈んでいく。
「ぁ……っ、もとき、さん……っ」
「……名前、もっと呼んで……」
息が触れるほど近くで囁かれるたび、
頭の中が真っ白に塗りつぶされていく。
「……もとき、さん……っ、だめ、イっちゃう、っ、もう……っ」
震えながら名前を呼んだ瞬間、
二人の呼吸がぴたりと重なる。
「……ちか……ちゃん……っ」
声が掠れ、
背中を抱き寄せる腕が強くなる。
その直後——
身体の奥で熱が弾けるように広がり、
視界が一瞬白く瞬いた。
甘さと震えが同時に押し寄せて、
全身がほどける。
息が乱れ、涙がにじむ。
何かに満たされるような深い余韻が、
体の芯まで響いた。
「……どこにも、行かせないから、ね……ちかちゃん……」
彼の甘い声と腕の温度だけが、
世界の全部みたいに感じる。
私はただ、
掠れた声で彼の名前を呼ぶしかできなかった。
余韻の中、彼はまだ中にいたまま、
その体温ごと抱きしめてきた。
汗ばんだ胸の鼓動が耳を震わせる。
呼吸だけが重なり、静かで、逃げられない時間。
「……ちかちゃん」
名前を呼ぶ声が、甘くて深くて、どこか底が見えない。
回された腕が、ぎゅっと強くなる。
「ねぇ……なんで僕がまた連絡したと思う?」
優しい囁きなのに、
ひとつずつ鍵を閉めていくみたいな響き。
胸に顔を埋めたまま、私は答えられなかった。
喉の奥で、彼が静かに笑う。
「最初の夜、本当に一回で終わらせようと思ってたの」
撫でる指先は恋人みたいにやさしい。
なのに——声だけが鋭い。
「でもさ」
ゆっくり身体を起こし、頬をなぞる。
アヒル口が、にっ、とわずかに歪む。
「……ちかちゃん、“僕が最初”だったでしょ?」
耳の後ろ、首筋へ。
指先は優しいのに、逃げ場を奪っていく。
「考えれば考えるほど……それ、やばいくらいそそるんだよね」
キスの温度は甘いのに、
言葉は鎖みたいに締め付ける。
「こんな可愛い子……
他の男に触れられるとか、考えたくもない」
一瞬だけ、彼の瞳に濃い影が落ちた。
「……普通に気が狂いそうだった」
背中を撫でる手が少しずつ強くなる。
優しくて、温かくて、でも逃げられない。
「ちかちゃんの泣き顔も、声も、触った感じも……」
胸の上を指がゆっくりすべる。
「全部、僕のものなのにね…」
「他の誰かに触れられる可能性があること考えるだけで……ほんと、ムリ」
額が触れる距離で囁かれる。
「今日ここに来た瞬間からさ」
息が耳を撫でる。
「もう逃がす気なんて、一切なかったよ?」
頬を撫でる指は優しいのに、
言ってる内容は完全に“拘束”。
「僕以外のとこ、行かせるわけないじゃん」
「ねぇ、どこにも行かないよね?」
私の返事なんて待ってない声音。
甘い鎖が、静かに首元へ落ちてくる。
「……ちかちゃん」
熱い息が首をかすめる。
「僕のものになって?」
頷く以外の選択肢なんて、
初めから用意されていなかった。
頷いた瞬間、彼の腕がきゅっと締まる。
「ねぇ、ちかちゃん」
息が触れる距離で、ゆっくり囁く。
「……答え合わせ、しよっか」
余韻すら奪われるほどの甘さで。
「お友達にさ、PAの子いるよね?」
心臓がひゅっと縮む。
「はるきくん……あぁ、はるくん」
名前を呼ばれただけで背中が冷える。
「はるくんにね、
“かわいい子いたら紹介して”
って言ったの」
腰のくびれを、やさしくなぞる。
「そしたら、ちかちゃんの名前が出てきたんだ」
声の色が少しだけ暗くなる。
「なんで言ったと思う?」
返せない私を見て、
彼は正解を楽しむみたいに微笑む。
「“男っ気ないから、押せばいけますよ” だってさ」
くすっと笑う。
優しいのに、どうしようもなく残酷な笑い。
「可哀想だよね?」
胸の奥が冷たくなる。
「最初からそうするつもりで、打ち上げ呼んだんだよ」
にっこり笑うその顔は、恋人みたいに綺麗なのに。
「……ねぇ」
耳元に落とされる声がやわらかい。
「“僕だけしか知らない子”って……
ほんと、めちゃくちゃそそるんだよ」
背筋がぞくりと震える。
「だから一回抱いたあと、はるくんに連絡先聞いて……
ちかちゃんに連絡したの」
逃げられないように、手首をやさしく掴む。
「ちなみに」
甘い声のまま、最後の鎖をかけるみたいに。
「職場も、家も、全部知ってるからね?」
恋人の笑顔で、言ってることは完全な支配。
「な、んで……? どうして……?」
声が震え、涙が溢れる。
彼はその涙を見て、
どこか困ったように、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「売られたんだよ、お友達に」
優しい声。
「“ちかちゃんのこと、可愛がってあげてください” ってさ」
涙を親指でそっと拭う。
——やさしい手つきで。
——逃げられなくする触れ方で。
「可哀想だよね」
まるで慰めるみたいな声で。
「ちかちゃんは、誰より真面目で、
誰より大事にされるべき子なのにね」
その優しさが、刃物みたいに鋭い。
「……ちかちゃん」
涙で濡れた頬を撫でながら、
彼が静かに、穏やかに微笑む。
「でもね」
その目は、完全に温度を失っていた。
「その“可哀想なとこ”ごと全部、僕が好きなんだよ?」
彼は涙で濡れた頬に、
恋人みたいな優しさで、キスをひとつ落とした。
その温度は甘いのに、
意味だけがまったく違っていた。
「ねぇ、ちかちゃん」
涙の跡を指でなぞりながら、
彼はふわっと微笑む。
「今言ったこと……誰にも言わないよね?」
息が詰まる。
さっきまで私を抱いていたのと同じ声なのに、
言っている内容だけが底なしに冷たい。
「だって……」
彼の唇が、耳に触れる。
「もし誰かに話したら……全部、僕のせいになっちゃうじゃん?」
背中がびくっと震える。
彼は、私の震えを確認したように一度だけ瞬きをしたあと、
変わらず優しい声で言葉をつなぐ。
「ちかちゃんが困るの、嫌なんだよ」
胸に手を添えながら、
まるで守るみたいに。
「ね? 守りたいのは、僕も同じだから」
優しい言葉なのに、
どこにも逃げ道がない。
「だから……」
頬を包む手が少しだけ強くなる。
「これからもちゃんと、“僕だけ”見てて?」
返事なんて求めていない。
問いかけの形をしているのに、
拒否権なんて最初から存在しない声だった。
答える間も与えず、
彼はもう一度キスを落とす。
甘い。
優しい。
なのに、檻みたいに深く沈んでいくキス。
その瞬間——
胸の奥でなにかが、静かに音を立てて崩れた。
本能が、やっと理解した。
——もう、本当に逃げられない。
抱き寄せる腕の重さが、
逃げられない現実みたいにのしかかる。
それでも私は、
震えた声で彼の名を呼ぶしかなかった。