道路脇には、小さな雛菊が咲いていた。照り注ぐ強い日差し、自転車のギアが回る音、雲ひとつなく青い空。下り坂から足の裏に伝わる反動が、今日はいつもよりも強い気がして、初夏のような暖かいそよ風が妙に心地悪い。
きっと緊張してるんだ、だから妙に落ち着かないんだ。坂の中盤にかかったところで前を向くと、街のシンボルとも言える大きな塔が見えた。
「ねえ、ソウ。本当に行くの?」
塔から目を離さず、双は母親の影を追う。この言葉、日のうちに何回聞いただろうか。胃が痛い。
「行くと言ってるだろ。俺は決めたんだって。母さんだって、付いて来なくていいって言ったのに、どうして付いてくるんだ。 」
「心配だからだよ。」
母親が応援してくれない事なんて、双は分かりきっていた。いや、応援する親が、世の中にいて堪るものか。
人々はこの国を、“縷籟”と呼ぶ。正式名称は[縷籟帝国(ルフエテイコク)]、13ある国のうちの5番に位置づけされる、規律正しく由緒ある美しい国だ。
縷籟に住む民は、古くに帝王が定めたとされる“法典”という規則に則り、正しく平和に暮らす。その帝王には実体がないが、縷籟を治めていた過去の偉人として、民は、今は亡きとも帝王を篤く信仰している。
それほどの信仰心があるのだから、当たり前ではあるが、もし法典に背けば、その先に待っているのはまさに地獄だ。縷籟の民は法典に、そして帝王に厳しい。法典は国籍に関係なく、縷籟で罪を犯した全ての者に適用される。
双は、そんな縷籟が大好きだった。大人になったら、縷籟のために、悪人を裁き平和を守る存在になりたい。それは揺らぐことのない、双の人生においての最大の夢であった。
「ソウ、貴方の気持ちはよく分かる。ソウが帝王を信仰し、[警軍]に憧れているのは私が1番知ってるよ。でも、私はソウの母親として、ソウには警軍になってほしくない。」
母親の心配は、彼女が思っているより、ソウの心に重くのしかかっていた。そう言われるだろうと思っていた、警軍に入りたいと母親に言った時から、その言葉は一向に変わる姿を見せない。
警軍は縷籟の子供に人気の職業である。それと同時に、毎年、どこかの誰かが集計している子供に就いてほしくない職業ランキングでは59年連続1位だ。これは並大抵の職業には成せないことであり、子供の夢と現実の過酷さのギャップを感じさせる。
子供とは、危険な物に対して好奇心を抱く生物なのかも知れない。同時に、自身の持つ[ウエポン]の力を過信し過ぎている傾向もあるだろう。
「大丈夫だよ、母さん。最近は入試の死亡率も減っている、ウエポンだって、最近の子供はとんでも無い物を出せるから、昔よりぬるいと思うよ。」
ウエポン―――縷籟の民が持つ、特殊能力。
この能力が如何にして縷籟の民に根付いたかは不明である。縷籟だけに留まらず、他の12の国にも、特殊能力を持つ人類は見られる。それは大抵、血筋や種族に由来するものが多いのだが、ウエポンもその内の一つであり、これは縷籟の血が流れる者にしか発現しない。
ウエポンの概要は単純である。自分で決められる物でも無い、天から選ばれし“何か”を、いつでもその場に召喚することができるのだ。
ウエポンの種類は多岐にわたる。棚や文房具などの日常的な物である場合もあれば、動物、植物、武器など、使用の場所・時間・目的が限られてくるものもある。時には霊、仏、神と言った、現には見られないものを召喚できる者もいるとか……。 環境や遺伝子などとウエポンの種類に、どのような因果関係があるのかははっきりとしていないため、実用性のあるウエポンを手にできるかどうかは、現段階では運によるところがあるのだ。
「俺のウエポンは確かに、日常生活では実用性皆無だけど、対人戦闘、さらに人を殺す立場になれば忽ち光るんだ。母さんもそれは知ってるだろう。」
自分のウエポンに合った職業が、警軍以外にあろうか。いや、あって堪るかよ。
坂を下りきると、視界がいきなり開けた。どうやら大通りに出たようだ。銀鼠に光るアスファルトがやけに眩しい。
母親は何も言わなかった。どうやら、もう何を言っても、 双の心には響かないことを悟ったらしい。分かってはいたのだが、改めて、双の夢の固さには感心する。
「母さん。俺、憧れの人がいるんだ。その人は今、警軍学校の4年生なんだけど、すごいんだぞ。めっちゃ賢くて、めっちゃ強くて、めっちゃカッコいいんだ。俺だって、あの人みたいになりたい。 」
「……わかってる。貴方の覚悟が変わらないこと。」
「……そうか。良かった。」
目の前に、大きな建物が見えてきた。装飾が錆びた門は約200年の歴史を感じさせ、奥の綺麗な校舎が余計に真新しく見える。こちら側とあちら側を、完全に遮断しているように見えた。
門のすぐそばでは縷籟の旗が靡き、看板には、
“縷籟警軍学校 保護者・児童合同説明会”
と、質素な字で書かれていた。
双は興奮した。この門をくぐった先には、憧れの先輩が生活している校舎がある。それはごく当たり前のことに思えるが、その事実こそ、双の気持ちを昂らせる一番の要因であった。
鼓動が鳴り止まないまま、双は門をくぐり、敷地の中に入った。
入ってすぐ、そこには校庭が広がっていた。広くて青い芝生には、同じ警軍学校志望であろう少年少女とその保護者が、長蛇の列をつくっている。
「もっと早く来ればよかったな。」
最後尾に並ぶが、これじゃあ、受付だけで30分は待ちそうだ。
桜の花びらが舞い、双の足元に落ちる。それを拾うと、ひとつ前に並んでいた少年が、双に声を掛けてきた。
「こんにちは。君も縷籟警軍になりたいの?あ、ここに居るってことは、なりたいのか。」
顔を上げると、優しそうな少年がこちらの顔を覗いていた。整った服装に、目の上でぱっさりと切られた前髪から、御曹司っぽさが滲み出ている。幼いあどけなさと大人の余裕、どちらも伺えるその不思議な顔に、双の目は引き込まれた。
「初めまして、ぼくは小城 桜人というんだ。君は?」
「角倉 双だ。えっと……オギくんと呼べばいいか?」
「呼びにくいでしょ、サクラでいいよ。ぼくたちライバルだね」
受付に着くまで、双は桜人と雑談をした。彼の話し方は丁寧で、やはり、どこかに気品を感じる。そんな人間が、なぜ警軍に……訊くべきかどうか悩んでいたら、あっという間に番が来たので、双は別れを告げて、校舎内に消えていく桜人を見送った。
黒くて冷たい椅子に座ると、体育館の様子が一望できた。運が悪いことに後ろの席のようだ、体育館は広く、ここからだと舞台は見えにくい。
双はその時を待った。やがて部屋の全ての照明が落とされ、黄色いスポットライトが舞台に立つ少女に当たる。双はその少女の顔に見覚えがあった。
少しのどよめきが収まるのを待ち、少女は口を開ける。
「会場にお集まりの皆様、本日は縷籟警軍学校 保護者・児童合同説明会にお越しくださりありがとうございます。“帝王の仰せの下に”、私はこの学校の生徒会長をしていて、今回の説明会を仕切らせていただく、4年生の弓波 茉凪と言います。どうぞお見知り置きを。」
会場はさらにざわついた。当たり前だ、あの弓波茉凪が目の前で喋っているのだから。
彼女は彼女が言った通り、縷籟警軍学校の生徒会長である。圧倒的なカリスマ性とリーダーシップを持つ人格者で、それなりに有名人だ。特に縷籟警軍学校志望となると、彼女を知らない者は居ない。
その顔は写真で見るより引き締まっていて、無造作に縛り上げた髪が黄色を淡く反射して美しい。彼女は騒めく会場にため息をつくと、語気を強くしてマイクを握った。
「静粛に!今からこの職業と学校の仕組み、それから試験方法について、必要なことを全て解説しますので、なにか質問があれば手を挙げてください。」
茉凪はスクリーンにコンピュータの画面を映し出す。会場は再び静寂を取り戻し、彼女の凛々しい声がここからでもよく聞こえた。
「まず、分からない人は居ないでしょうが、警軍……正式には縷籟警軍というものが、どのような職業なのか説明いたします。我らが縷籟帝国には法典なる物があり、その法典に従わない者は警察の手によって捕らえられ、罰が与えられます。ここで解決すれば、警軍の出番はありません。よく勘違いしている方が多いのですが、警察と警軍は違う職業であり、逮捕して罰を与えるのは警察の仕事です。」
彼女はこほんと咳払いをすると、目を見開いて、「しかし!」と切り出した。
「この世には、その警察から逃れようとする頭の弱い連中がいます。そうなった時、やっと我々、警軍の出番が来る。法典において、明らかに逃走する意思のある犯罪者の人権は問われません。縷籟警軍とは警察から逃げ続ける凶悪犯罪者を処分し、国に首を持って帰ってくる職業です。命の保証は無い、自分がいつ殺されるかも分からない状況で、正義を盾にとことん人を殺す。貴方達の中に、縷籟警軍に甘い夢を見ている子供がいないことを祈ります。」
改めて聞くと、とんでも無い職業だ。なぜ縷籟の民はこんなことを始めたのか、そこまでして犯罪を撲滅する意義はあるのか、先人に訊いてみたくなるほどにとんでも無い。
「実際、縷籟警軍は処分係というより、犯罪者への牽制や脅し、犯罪の防止やシンボルとしての存在が強いですが。さて、怖い話はここまでにして、学校に関しての話をしようと思います。」
茉凪は学校のことについて、何から何までを分かりやすく語った。
その説明の分かりやすさと言えば、さすが茉凪であると表現する他ない。彼女の説明は順序がしっかりとしていて、聞き手を引き込む力がある。
「………学校の仕組みについての解説は以上です。次は皆さんお待ちかね、入試と特待制度についての話をします。」
来た来た、正直、これを待っていた。双は前のめりになりたい気持ちを抑えながら、遠くてよく見えない茉凪にぐっと目を凝らした。
「本校の入試試験は、一次試験と二次試験に分かれます。一次試験では毎年約1000人いる志望者を面接で約半分に絞り、二次試験では筆記と実践でより細かく個人の能力を測ります。最終的な合格者数は約100人程度、倍率10倍の狭き門です。けれど安心してください、縷籟警軍学校は14歳以上であれば誰でも入学できるので、来年再来年とチャンスがあります。」
真っ白だったスクリーンに表が映し出される。茉凪はそれを指しながら、「合格の基準ですが」と話を続ける。
「筆記テストは150点満点の至って単純なテストです。文章や計算、知識の一般的な問題が出題されますので、幅広く常識を学んできてください。
実技テストは1次試験にて絞られた500人が125人ずつ4エリアに分かれ、こちらを殺そうとしてくる機械から逃げながら直径5センチのコインを集めていただきます。コイン1枚につき10点、各エリアに千枚ずつ用意があるので最大は1万点になりますね、エリアのコインを独り占めなんて無理ですが。
筆記テストと実技テストの合計点が200点以上で合格、270点以上もしくは殺戮機械7体破壊で特待合格となります。ですから、筆記テストで150点満点をとれば、実技テストはコインを5枚集めるだけで合格を掴めます。逆に点数が悪くコインも集められなくても、機械を7体破壊できれば一気に特待合格が見えます。
特待生は他の生徒と違って授業に参加する義務がなく、学費と寮が無料で、さらに本物の縷籟警軍から仕事が来ます。特待生は非常に名誉なことです。特待生になりたくて縷籟警軍を志望した人も居るのではないでしょうか。実際、本校の特待生は化け物ばかりです。
本日は特待生に夢焦がれる皆さんのために、その中でも1番ぶっ飛んでる生徒を紹介しましょう。紹介と言っても、皆様はきっと彼を知っているけれど。画面をご覧下さい。」
画面に男の子の姿が映し出されると、周囲からたちまち歓声が上がった。双は頬を赤らめて、母親の腕を掴む。
「あの人だよ、母さん!俺が尊敬してやまない、4年生だ!」
その騒がしさに、茉凪は不機嫌そうに眉を顰めるが、今回は特に怒る様子もなく、マイクを持ち直した。
「彼の名は鈴村 灯向。彼は約3年前、歴代最高点でこの学校の特待生になり、入学からその一番の座を誰にも譲っていない。今現在、縷籟警軍学校の最優先保護対象であり、正真正銘の“王者”です。
……すごいのはヒナタだけじゃない。現在、4年生には4人の特待生が在籍していますが、彼らは全員、頭がおかしいのではと疑うほどにぶっ飛んでいる。皆さんも知っているでしょう、度々世の中で報じられる、“奇跡の世代”というやつです。皆さんは運が良いですね、あの4人が先輩だなんて。」
会場は今日1番の盛り上がりを見せた。それもそのはず、縷籟警軍を目指す者で、鈴村 灯向の名を聞いて興奮しない者などいない。
「…さてさて、ところで。皆様、このヒナタくんが具体的にはどれだけエグいのか、考えたことはありませんか?」
茉凪がそれを言った瞬間、会場は一気に静まった。
確かに、鈴村 灯向が歴代最高点で入学したという噂は嫌というほど聞くが、実際の点数を聞いたことは無い。茉凪が合格の具体的な点数を解説してくれた今、彼の入学時の点数を知れば、彼がどれだけ飛び抜けた才を持っているか再認識できるだろう。
「結論から申しますと、本日は、皆様の士気を上げるためだけに、彼に直接、入試の点数を訊いてきました。彼の話題を出したのも、彼に許可を得て、この点数開示のためにしたことです。
さて、こちらが回答です、どうぞ。」
茉凪が指すスクリーンに、表が映し出される。それは入試試験の順位表に見えた。3位まであるが、2位と3位の名前は伏せられている。1位の欄には、当然ながら、灯向の名前があった。
名前の右に書かれた点数を見た瞬間、会場の時が止まった。先程までの茉凪の話が思い出せなくなるほど、衝撃的な点数がそこにあった。
鈴村 灯向
(スズムラ ヒナタ)
筆記 150
実技 250(25)
合計 400
討伐 2
救助 4
「おわかりいただけましたでしょうか。特待合格270点に対し、彼は400点をとっている。2位の子の点数は330点、こちらもかなり凄い結果ではありますが、鈴村 灯向の結果を前にしてはやはりかすみます。しかも、彼は、筆記で満点を取ったのにも関わらず、実技試験で手を抜かなかった。倍率が上がるというのに実技会場では4人もの受験生を助け、その際に2体、機械を破壊しています。王者としての余裕と言いますか、例えその圧倒的な才があろうとも努力を怠らず全力を尽くし、優しく紳士的で、仲間からも厚く信頼されている生徒です。」
そんなに褒めるかというくらい、茉凪の口からはするすると褒め言葉が出てくる。しかしそれは、会場の受験生が彼に向けている“尊敬”や“憧れ”の感情とは違い、灯向に対して、同級生として、あくまで客観的な評価をしているように見えた。1目置いている、彼の才を認めているとでも表現しようか。
茉凪は唖然とする受験生をくすっと笑い、今までにない柔らかい口調で話した。
「皆さんにはぜひ、ヒナタが建ててしまった“400点の壁”を壊していただきたい。ヒナタを超える逸材が縷籟に降臨することを祈っています。特待合格すれば、彼とも普通の友達として話せますよ。
説明会は以上になります。“帝王の仰せの下に”、生徒一同、特待生も含め、皆様をお待ちしております。
それでは、お忘れ物にお気をつけて、本日は解散といたします。ご清聴、ありがとうございました。」
誰からともなく、会場には大きな拍手があがった。茉凪は一礼すると、舞台裏へ捌けていった。
帰り道。今にも赤に染まりそうな空はまだ青く、低い太陽が2人の影を長くする。
「母さん、俺、やっぱ縷籟警軍になりたい。」
「……好きにしなさい。ヒナタくんとやらにも、会えるといいね。」
双は嬉しそうに頷く。
まだ暖かい風に吹かれて、無数の桜は冷たく、 アスファルトの海に散った。
続く
コメント
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こっちまでわくわくしながら読んでました...!! 完結まで追うと決めました うちの子がいつ出てくるのか楽しみ...!