「隊服は着たか。注意事項を話すから、聞きやすいところに寄れ」
朝露が地面の草を濡らした。試験のために配布されたばかりの隊服を濡らすまいと、その場の受験生たちは少し高めにしゃがむ。125人にも及ぶ真っ黒な服を着た集団が並ぶと、気が早いかも知れないが、それはもう軍学校のようだった。
「お前たちは今からいつ死んでもおかしくないような場所に行く。その自覚を持ち、冷静に行動しろ。いいか、あの生徒会長は殺戮機械7体ブッ壊せば特待だとか抜かしたらしいが、その言葉に踊らされたマヌケが毎年4人は死んでる。コインを取りたい気持ちはわかるが、マヌケじゃないならば、機械からは逃げるんだ。そして、もし機械に挑もうとしているマヌケを見ても、絶対に助けようとするもんじゃないぞ。今年の死者が1人増えるだけだ、オレの助けを待て。まぁ間に合わなかったら死ぬが。」
その試験監督の語気は強く、少し毒がある。見た目は若く凛々しく、その左腕につけたワッペンには、渋い明朝体で「風紀委員」と印刷されていた。
彼の言葉には、これ以上にないほど説得力があった。受験生たちは、毎年無惨に死んでいくマヌケ共の話題に脱線していく彼の話を、信じられないほど重苦しい空気で聞く。
「かと言って、オレたちも、全員を助けられる訳じゃない。今年の特待の4年は4人、各エリアに1人ずつだ。お前らがもしいーんちょのとこに当たったら誰も死ななかったかもだけど、ここの監督はオレだ。」
彼の言う「いーんちょ」とは、恐らく鈴村 灯向のことであろう……その場の誰もが察した。「いーんちょ」は発音を聞くに「委員長」を崩した形であり、灯向は縷籟警軍学校の学級委員長である。灯向のクラスメイトである彼が、灯向のことを「委員長」と呼ぶのには少し違和感があるが、それほど同級生からも信頼されている、“The・委員長”な人物なのであろう。
試験監督の少年は受験生たちを一瞥したあと、眉を寄せる。
「……悪い、125人の前で一方的にする話じゃなかったな。とにかく、安全第一に行動しろ。申し遅れたが、オレは黒瀬 徇という、この学校の特待生だ。今は風紀委員長もやっている。
幸い、試験までかなりの時間があるんだ、準備やら雑談やらしていたらいい。何か分からないことがあったら、何でも訊け。」
徇はそれだけ言うと、「ほら、散った散った。」と手をひらひらさせた。
受験生たちが次々と立ち上がって雑談を始める中、双は唯一の知り合い……桜人を探した。
周りの受験生と違い、双は前の学校の友人と一緒に受験を受けることに抵抗がある。何があるか分からない、死ぬかも知れない、そんな場所に友人と一緒に来るなんて、双には信じられなかった。
けれど実際、死を前にすると、話し相手が欲しくなってくるものらしい。誰とも話さずに惨めに死ぬなんて、絶対に嫌だ。
幸い、桜人はすぐに見つかった。125人しかいないのだから、そこまで難しい事でもない。どうやら桜人も1人のようで、双が声を掛けると、あちらから寄ってきた。
「おはよう。いやぁ、緊張するね。」
「サクラ、筆記はどうだった?」
「悪くなかったよ。ソウくんは?」
「正直、自信ない。悪くなかったって、言いきれんのが羨ましいよ。」
桜人、見るからに頭が良さそうだもんな……。
「先輩に兄がいるんだ。だから、問題の傾向とか、少し把握しててさ。」
「へえ、いいな。」
少し照れたように言い訳をする桜人からは、優等生の雰囲気が溢れ出ている。少しの沈黙が流れて、ソウは話題を探すため辺りを見渡す。徇が見えた。
「あの先輩、怖くね。」
「ジュン先輩が?そうかな。」
「ああ、如何にも犯罪者をぶん殴ってそうな顔してる」
「少しわかるかも。目つきがね。」
できるだけ小さい声で話していたつもりだが、徇と目が合った。2人は肩を震わせ、咄嗟に他所を向く。徇は目を細め、少し呆れたような顔をしたが、すぐに微笑んだ。
「聞こえてるぞ。もう少し小さい声でしろ。」
双は泣きそうだった。やっぱ、めっちゃ怖え。憧れの特待生であるからこそ余計に見える貫禄や威厳によるものもあると思うが、それでも度を超えて怖い。
それから双と桜人は、徇の話題を一切出さなかったのはもちろん、できるだけ小さな声で話した。幸い、徇は怒ってはいないようで、自分たちには目もくれていない。緊張のせいで、長いのか短いのかもよくわからないような時間が過ぎ、気がつけば太陽は昇りきって地面の草の水分は蒸発していた。
「始まるから開けるぞ〜、心の準備は良いか。」
徇はあまりにも唐突に言った。
(流石に突然すぎる……)
文句を言いたい気持ちを抑え、双は桜人とともに門の前に立つ。
大きな門だった。試験用の広大な敷地に、無数の殺戮機械やコインがこの先にある、そんな想像をすると、なお大きく立派に見える。心臓は今までにないほど大きく鳴り、足が震えて、汗が止まらない。
最後に……徇は門を解錠しながら、受験生を振り返る。
「緊張しているのはみんな同じだ。だからこそくれぐれも焦らず、冷静にいけ。
大丈夫だ、なに、この試験で人生が決まる訳でもない。縷籟警軍なら何回でも目指せる。死ななければ、まだまだ残された道はあるんだ。だから、死ぬんじゃないぞ。なによりも生きることが大事だ、全員が自分の命を優先しろ。助けようとするのは構わんが、ミイラ取りがミイラになっちゃあ、誰も救われない。全員が自分のケツは自分で拭けば、被害は最小限に済む。ただ変な意地は張るな、少しでもやばいと思ったらオレを呼ぶんだ。」
飛んで行くさ、物理的にな。自分で言ってて面白かったのか、徇は少し笑って、門を開けた。同時に、耳を刺すような高いベルの音が、その場に鳴り響く。
『これより、縷籟警軍学校 第213期生、実技選考を行います。当番の生徒は試験場への扉を開けてから、受験生の人数を数え、全員いることを確認してください。』
「こちらクロセ、3ブロック、全員います」
他のエリアの確認の間の後、放送は続く。
『受験生は試験場へ入場してください。当番の生徒は全員が入ったことを確認し、内側から施錠してください。』
受験生は足を揃え、ぞろぞろと試験場に入った。とても広い敷地で詳しくは見えないが、どうやら小規模ではあるものの川や山、村を模した建造物の配置もあり、「コイン探し」という名目の遊びであれば全ての子供が釘付けになるであろう作り込みだ。
ガチャン。扉が閉まった音が聞こえると、エリアは完全に閉鎖された空間となる。
『これより、受験生の皆様には、5分間の猶予が与えられます。その間に、エリア内に散ってください。途中でコインを取っても構いません。5分経つと、この放送が始まった際に鳴った音と同じ音が流れます。その音が鳴ったその瞬間から、機械が作動し始めます。
試験時間は2時間です。緊急時は、皆さんの腰に巻かれたトランシーバーから、当番の生徒に連絡をしてください。
それでは、行動 開始。』
双は体力温存のために、できるだけ小走りで入口を離れた。そのまま正面の森に入り、草木を分けながら進むと、正面に人影のようなものが見えくる。
(他の受験生か……)
いや、違う。同じ方向からスタートしたのに、正面衝突するのはおかしい。もう方向を見失った方向音痴か、それともなにか別のものか……
その影がはっきりと見えたとき、双は息を呑んだ。人間じゃない……あれは、機械だ。周りの風景を微かに反射する銅色の巨体に、左腕には薄汚れた大きな鎌。あの汚れは錆か、はたまた血液か……錆であることを祈りたい。
双は方向を変えた。そろそろ5分が経つはずだ、ここにいてはまずい。
離れる道中、双はコインを1枚拾った。足になにかを踏んだ感覚がして、拾ってみるとそれはコインだったのだ。こんなに草木が生い茂っている場所に置くなんて、学校側もなかなか趣味が悪い。
もう大丈夫か……影を確認しようと森を振り返ったところで、会場中に覚えのある大きなベルの音が鳴り響く。
「……始まった、のか。」
胸がざわつく。今にも逃げ出したい気持ちを抑え、双は縷籟警軍となった自分を想像する。
「………うん。いける。」
言い聞かせるように呟いてから、双は、1歩を踏み出していった。
試験開始から、何十分が経っただろうか。
こんなことは初めてだ。まさか、こんな………。
「おい、烏ども。もっと速く飛べねえのか!」
徇は焦っていた。いつも速すぎると感じるウエポンでの空中移動が、今はまるでカタツムリのように遅い気がする。
鳴り止まないトランシーバー。いちいち取っていてもキリがないだろう。
一体、何が起きているのだろうか。本部に送った緊急事態の要請はいつ届くのだろうか。自分はいつまで、この地獄のような状況の中、無惨にも死んでいく受験生を見届ければならないのだろうか。助けても助けても、死者数は止まらない。
「いーんちょ、レント、ユウ……こりゃあ、なんだよ。お前らのところもこうなってんのか?クソっ、意味わかんねえ……!」
そもそも、機械の数はそこまで多くない。敷地面積は約55万平方キロメートルほど、それに対し、機械は50体ほどしかいない。1万平方キロメートルに一体いないのだ、なのに、そんなにコロコロ死んでいく訳が無い。これは……
「倍率のためなら汚ない手も厭わないクソマヌケ野郎がいるな。一次試験の面接官のオツムはどうなってやがるんだ。」
国のために命をとす縷籟警軍を志望する学生に、他の受験生を殺して倍率を下げようなんて考える奴はいない。国民性を過信した結果がこのザマだ。
「……これで、縷籟警軍学校の評判もしばらくはガタ落ちだな。オレたちはずっと前から訴えていたのに、ざまあない。」
残り時間は15分。この様子では、緊急事態の要請が届く前に試験が終わるだろう。もう少しの辛抱だ、頑張れ受験生、逃げろ。
徇は憂鬱そうに眉間に皺を寄せ、次の受験生の元へ向かった。
試験会場から出ると、昼なのにも関わらず空は暗く、雨が降っていた。隊服の後に着る私服は、いつもよりかなり軽く、着心地が良いように感じられる。
「ああ、戻ったのか。お疲れ様、お前たちの生還を全力で喜びたいところだが、生憎忙しくてな。一人一人、校舎のほうまで送ってから解散だ。車は50台ある、焦らず2列ずつ並べ。合否の発表は2日後だ、楽しみにしてろ」
受験生たちに「お疲れ様」という言葉をかけた割には、1番疲れているように見える徇に促され、受験生たちは2列に並んでいく。
木頭 光は、我先にと列をつくっていく受験生たちの1番後ろに並んだ。早く帰ることに魅力は感じない。まだこの場で余韻に浸っていたいのだ。
隣にもう1人並んできた。彼も光と同じタイプの人間なのだろうか。時間を持て余すのも何なので、光は隣の少年に話しかけた。
「こんにちは。おれは木頭 光、ミツルって呼んでくれ。お前は?」
「ぼく?ぼくは小城 桜人っていうんだ。こんにちは。」
「……オギ?オギって、あのオギか?」
「恥ずかしながら、あのオギだよ。」
「マジかよ、いいところの坊ちゃんがなんでこんな所にいるんだ?」
「まあ、ほら、色々あってさ。」
教えてくれないのか。光は途端に興味を失った。こんな坊ちゃんにも、どうやらこの実技試験は通過できたらしい。見た目からは想像もつかないが、英才教育というやつだろうか。
「さっきの試験、例年より死者がかなり多いらしいな。随分人数も減ったように見える。」
「わかる。試験前に話したぼくの友人も見かけてないから、殺されたのかもしれない。」
「……それは気の毒だな。悪い、こんな話題出して。」
「いいんだ。そういう覚悟も持って、ここに立ってるんだから。」
会話は止まった。彼の友人が死んでるとわかって、光も、話題を出しずらくなってしまった。幸い光自身、沈黙は平気な性格だが、彼もそうとは限らない。
お互い口を開けないまま、とうとう前の人たちが車に乗った。意外と早い。けれど良く考えれば、125人のうち十数名が死亡し、車が50台もあるのだから、妥当な時間だ。
車に乗り込むと、運転席には徇がいた。
「お前たちで最後か。」
2人は頷くと、徇は「そうか。」とだけ返事をし、車を発進させる。
車窓を叩く雨水が、妙にうるさい。それなりの時間が経ったからか、比較的興奮は冷めていて、今はただ合否発表だけが待ち遠しい。正直、光はかなり自信があった。筆記の点数次第では、特待入学も全然有り得る。
そんなことを考えていると、もう学校についたようで、車が止まった。
「また学校で会えると良い。じゃあな、お疲れ様。」
「ありがとうございました。」
桜人が徇に礼を言うので、気持ち、頭だけ下げておく。傘を持っていないので、濡れて帰らなければいけないのが憂鬱だ。
すると桜人が、折り畳み傘を差し出した。
「貸そうか?その様子じゃ、傘、持ってないんでしょ。」
「え?二度と会えるかもわからないけど。」
「君、自信あるんでしょ。顔を見たらわかるよ、正直、ぼくも自信がある。入学式の時に返して。」
「……わかった。ありがとう。でもサクラト、お前の傘は大丈夫なのか?」
「ぼくは別の車で帰るから、大丈夫だよ。一応これ、連絡先。」
そう言って、桜人は微笑んだ。
光も桜人に自分の連絡先を渡す。しばらく歩くと、大きなリムジンが真横を通って行った。
(……特待合格、してるといいな。)
期待に胸を膨らませて、光は軽い足取りで帰路についた。
続く
コメント
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クロセ、テキトーな性格かと思いきやわりと情に厚い...? 好きになりそうな予感がする( *´艸`)もう割と好きだけど