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都内に有る居酒屋で、飲み会を楽しむ20代後半の男女。その中には一人だけ、身体にハンデを負う一人の女性がいた。
「美月、ごめん、あたしそろそろ行くね?」
隣に座る幼馴染に対し、申し訳なさそうに帰る事を告げる。
「え⁉ もうそんな時間? あちゃぁ、ゴメン奈々。おばさん迎えに着いたって?」
「うん、今、ライン来た」
「オッケー」
美月と呼ばれた表情の明るい女性は席を立つと、車いすの車輪のロックを解除した。
「皆ぁ~ゴメン、奈々姫はお時間なのですぅ、告白は次の機会にね」
「えええええ~」
男性陣からは落胆の声が漏れた。
「止めてよ美月、姫だなんて…… 」
「あははは、どうみたって、この中じゃ奈々が一番可愛いんだから当たり前っしょ、悔しいけど」
飲み会に参加した女子達は言葉無くして悔しそうにウンウンと頷く。
「ねぇ真理子ぉ? 真理子もそう思うでしょ? 」
少しばかり陰のある端正な顔立ちをした美女に美月は言葉を投げた。
「うるせぇ早く連れてってやれよ、あっ⁉ っとぉ…… やべっ…… 」
慌てて口を隠す真理子だが、一斉に男性陣の顔が強張る……。
「あ~あ、真理子の奴、ボロが出ちゃったよ。折角、お上品に猫被ってたのにね」
「うっ、うるさい‼ 美月は黙れ。奈々、またな? 」
「うん、またねマリちゃん」
真理子は優しい瞳で奈々にジョッキを挙げた。
美月は慣れた様子で車椅子を操り店を出ると、近くの路肩に停車する1BOXカーに近付き助手席側から運転席へと挨拶をする。
「おばさん、ごめ~ん遅くなっちゃった」
「遅くなんてなってないから気にしないで」
二人で慌ただしく後部のハッチを開けて、乗降の為のスロープを降ろす。車椅子ごと乗車出来るように改造した後部座席に奈々をゆっくりと押し込めると、美月はドアを閉める間際に、奈々の頭をポンポンと叩いた。
「じゃ~ね奈々。ラインする」
「うん、有難う美月。今日、楽しかったよ」
ハッチを閉めた途端に、美月は奈々に悟られぬ様に唇を噛んだ。
「いつもゴメンね美月ちゃん、有難うね」
その優しい言葉を受けて、堪えて来た感情が溢れ、ボロボロと涙が零れた。
「コラ!美月ちゃん? 駄目よ――― 」
「有難うなんて言わないで、おばさん…… だって、だって私が…… 」
「違う――― 止めなさい‼ 違うでしょ⁈ 」
「だって、おにい――― 」
騒音を立てて通り過ぎて行く車のヘッドライトが二人の会話を遮った。
「違う――― 祐君のせいでも無い。分かってるでしょ? 」
沈黙が互いを抱き寄せさせた―――
「もう10年よ。お願いだからもう苦しむのは止めなさい。ほらっもう一度奈々に元気な笑顔を見せてあげて」
「おばさん私…… 」
「いい子だからほらっ、お願い、涙を拭いて、ねっ? 」
美月は涙の訳を隠し、笑顔で奈々を見送った―――
※※※※
「それで今日は素敵な王子様には出会えたのかしら? 」
ハンドルを軽快に捌く母の問いに対し、少し照れながら奈々は答えた。
「そんな訳無いでしょ? 物好きな白馬のお王子様なんて居ないわよ。世の中には女の子なんて星の数程居るのに、敢えてリスクを冒さなくてもってね。皆そう思ってる」
「そう――― 」
少し寂しそうに答える母親に、慌てて気丈に振舞った。
「だだだ大丈夫よお母さん、私は一人だって生きて行けるもん」
「そうね…… 」
あの日から……
―――家族の生活は一変した。
未だに、それが運命だったなんて、簡単な言葉で納得出来るものでは無かった。
ある日、病室から消えた娘を探し回っていると、漸く、大雨降る病院の屋上に、車椅子を投げ出し地を這う愛しい我が子を見つけた。
「奈々‼――― 」
「お母さんお願い、私…… この金網を乗り越えたいの…… お願い…… 手伝って、お願いだから…… 」
冷める事の無い、悪夢の始まりだった。生きる希望を無くした娘が、お腹を痛めて生んだ我が子が今、目の前で泣き叫び死を懇願している。ボロボロの娘を抱き締め、天を睨み、神様を悪者にする事でしか心が救われなかった。
「あぁ――― どうして…… 」
医者にも見放され、天にも見放され、未来が、希望が……
―――見えなくなっていた。
涙は止まず、雨は心を洗ってはくれない。
「お母さんごめんなさい、助かっちゃってごめんなさい、私も祐兄ぃと一緒に…… 」
泣き叫ぶ娘を前に咄嗟に手が出た―――
「馬鹿―――‼ 何て事を言うのあなたは、あなたは‼ 」
バシンと云う頬を叩く音を、雨音がかき消した。それは初めて、母となって初めて我が子を殴った夜となった。