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――スネージナヤ北方・氷原任務区域
吹雪が視界を削る。
白と灰だけの世界を、
二つの影が進んでいた。
ド「視界不良。気温マイナス三十前後」
後方から淡々とした声。
カ「生命活動には些か過酷だな」
カ「帰還命令を出すか」
隊長は振り返らず問う。
ド「まさか」
博士は笑う。
ド「これほど観察に適した環境を捨てる気はない」
今回の任務は単純。
氷原に潜む大型魔物の討伐。
だが同時に――
ド「戦闘時の生体反応、極寒環境下の筋繊維耐久」
ド「君のデータ取得には申し分ない」
カ「……戦場を実験場にするな」
ド「合理的運用だ」
その時。
吹雪の奥で、地面が隆起した。
カ「来るぞ」
隊長が一歩前へ出る。
次の瞬間――
氷を割り、巨躯の魔物が咆哮と共に出現。
戦闘は一瞬で均衡を失った。
隊長が踏み込み、
大剣が氷を裂く。
衝撃波で雪煙が弾けた。
ド「筋出力、予測値超過……」
後方で博士が記録端末を操作する。
だが――
魔物の尾撃が不意に死角から迫った。
カ「――博士!」
隊長が即座に軌道を変え、
尾撃を剣で受け止める。
衝撃。
氷原に亀裂。
だが防ぎきれず――
博士の肩口が裂け、白衣に赤が滲んだ。
戦闘はすぐに終わった。
魔物は斬り伏せられ、
氷原は再び静寂に戻る。
だが。
カ「……負傷したな」
隊長の声が低い。
ド「浅い」
博士は淡々と答えるが、
白衣の下から血が落ちていた。
カ「止血する」
ド「不要だ。私は――」
言い終わる前に、
腕を掴まれた。
カ「座れ」
有無を言わせぬ圧。
吹雪を背に、
隊長は岩陰へ博士を押し座らせる。
手袋越しに傷口を確認。
カ「尾棘に氷毒反応。消毒が必要だ」
ド「随分と手慣れているな」
カ「任務の一環だ」
薬液をかける。
博士の肩が僅かに震えた。
カ「痛覚はあるのか」
ド「当然だ」
カ「なら貴重なデータだ」
ド「……黙っていろ」
包帯を巻く手つきは無骨だが正確。
博士はその様子を、
観察対象を見る眼で眺めていた。
ド「君は不思議だな」
カ「……何がだ」
ド「私を危険視しながら」
「こうして最前線で庇い」
「負傷すれば手当てをする」
隊長は答えない。
ただ包帯を結ぶ。
だが博士は続ける。
ド「情か? 義務か? それとも――」
手が止まった。
次の瞬間。
胸倉を掴まれ、岩壁へ押し付けられる。
カ「詮索するな」
至近距離。
吹雪音だけが響く。
だが博士は笑った。
ド「いい反応だ」
掴まれたまま、
逆に距離を詰める。
ド「だが君は理解していない」
低く囁く。
ド「私が庇われる位置に立ったのは」
ド「偶然ではない」
一瞬、力が揺らぐ。
博士はその隙を逃さず――
隊長の手首を取り、
岩へ押し返した。
ド「観察だよ」
ド「極限状況で君が誰を優先するか」
カ「……」
ド「結果は出た」
仮面越しに視線が交錯する。
吹雪が二人の外界を遮断する。
ド「君は私を“切り捨てない”」
沈黙。
隊長は低く告げる。
カ「戦力を守っただけだ」
博士は喉で笑う。
ド「言い訳としては凡庸だな」
指先で、
先ほど巻かれた包帯を軽く叩く。
ド「だがこの手当ては実に丁寧だ」
顔を寄せる。
ド「合理性だけでは説明がつかない」
数秒。
そして――
隊長は力を抜いた。
拘束を解かないまま、低く言う。
カ「……任務中だ」
博士の声が愉しげに歪む。
ド「分かっている」
耳元で。
ド「だからこそ今はこれ以上しない」
手首を解放し、距離を取る。
ド「帰還後に続きを観察しよう」
吹雪の中、歩き出す博士。
振り返らず告げる。
ド「次は庇う前に声をかけてくれ」
数歩進み、付け足す。
ド「準備して庇われた方が、データ精度が上がる」
隊長は小さく息を吐いた。
カ「……狂人め」
だがその声は、
以前よりわずかに柔らいでいた。
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