イザベラはシオンとの楽屋でのことをゆっくり話しはじめた。
その日、楽屋ではシオンが憔悴した様子で鏡を見つめていた。
疲れた目には、不安と恐怖の色が浮かんでいる。
イザベラはシオンに近づき、優しげな声で言った。
「シオン、少しでも食べないとダメよ。今日は大事なイベントなんだから、力が出ないわよ。」
シオンは弱々しく微笑んだ。「…うん。」
だが、イザベラはシオンの憔悴ぶりに胸の奥がざわつくのを感じていた
最近のストーカーのことも、すべて知っていた。
ふと視線を下ろすと、自分が持っている封筒が目に入る。
迷いの末、それを弁当袋の中にそっと入れた。
「ちゃんと食べるのよ。」そう言い残して、楽屋を後にした。
イザベラが出て行った後、シオンは弁当の袋を開けた。その中には見慣れない封筒が入っている。
不審に思いながら封筒を開くと、中から白い羽が数枚、ひらりと落ちた。
「いやっ!」シオンは驚きの声を上げ、封筒と弁当を手で払いのけた。
その拍子に弁当箱は床に転がり、封筒も潰れてしまった。
不安と恐怖に押しつぶされそうになりながら、シオンはその場で身を震わせていた――それが、
彼女の最後の食事の機会を失わせることになろうとは、誰も知る由もなかった。
イザベラは肩を落とし、ジョセフに懇願するような目で訴えた。
「信じて。私は本当にシオンを殺してないの。
シオンが亡くなった時間は他のメンバーのメイクをしていたのよ」
ジョセフは目を細めながら低い声で問いかけた。
「シオンに嫌がらせしてたって噂、やっぱり本当だったんだな。
ストーカーもイザベラ仕業じゃないのか?」
イザベラは顔をしかめ、震える声で答えた。
「ストーカーは違うわ、私はただ、少し困らせたかっただけ。」
ジョセフの声に冷たさが滲む。
「その『少し』が、シオンをどれだけ追い詰めていたか、考えたことはあるのか?」
「私は、サリーにセンターを
任せたかったのよ。あの子は本当に誰よりも努力してきたわ。
歌もダンスも、どれを取ってもメンバーの中で一番だった。
特に運動神経なんて驚異的で、2階から飛び降りても平気なくらいなのよ」
「に、2階から?」
「そうよ、アクションスターにだってなれるんだから」
「でもな、完璧すぎるアイドルってのは逆に魅力が薄いんだよ。
シオンみたいにちょっと不器用で抜けたところがある方が、ファンにとってはかわいく見えるんだ。
イザベラは視線を落とし、両手を強く握りしめた。
「…後悔してる。今さら遅いのはわかってるけど、本当に…後悔してるの。」
ジョセフは少し黙り込み、深く息をついてから、まるで何か悟ったように言葉を紡いだ。
「後悔は、まるで腐った魚だ。ずっと持ち続けてると臭くなる。でも捨てれば海に戻るんだ。」
イザベラは涙をぬぐいながら、ジョセフの言葉をじっと聞いていたが、やがて眉をひそめた。
「え…どういうこと?」
ジョセフは平然と胸を張る。
「つまりな、過去は過去だってことさ!」
イザベラは小さくため息をつきながらも、少しだけ緊張がほぐれたように微笑んだ。
「…まあ、ありがとう。(後悔と航海をかけたのかしら?)」
「これからもあのグループを支えてやってくれ」
「分かったわ」
ジョセフはその場を後にした。その手にはしっかりメモリーカードが握られている
その姿を見送りながら、イザベラは小声で呟いた。
「本当に変な猫」
イザベラは去っていくジョセフの背中に思い出したように声をかけた。
「ジョセフさん、ちょっと待って!」
ジョセフは振り返りながら軽く眉を上げる。
「どうした?」
イザベラは少し戸惑いながらも口を開いた。
「私が楽屋でお弁当に封筒を入れた時のことなんだけど…シオンのお弁当、他のメンバーと違ってたの。」
ジョセフの眉間にしわが寄る。
「違うお弁当?」
イザベラは頷き、続けた。
「ええ。紙袋に入ったサンドイッチと、お弁当があったわ
サンドイッチはスタッフが用意したものだったし。
その時に羽をどちらに入れるか迷ったのを思い出したの。」
ジョセフは腕を組みながら少し首を傾げた。
「シオンがそんなにいっぱい食べるってのか?」
イザベラは軽くため息をつき、あきれた様子で言う。
「本番前にそんなに食べるわけないでしょ。」
ジョセフは肩をすくめながら小さく笑う。
「そうか…なら弁当を持っていったルーカスに話を聞いてみるか。」
イザベラは心配そうな顔で付け加えた。
「私の思い過ごしならいいんだけど…何か気になって。」
ジョセフは手をひらひらと振りながら、面倒くさそうに歩き出した。
「そんなに重要な話じゃなさそうだけどな。まぁ、行ってみるか。」
ジョセフは撤収作業で賑わう会場に足を踏み入れ、ルーカスを探した。
「えーっと、ルーカス!」
大きな声で呼びかけても反応はない。ジョセフは作業中のスタッフに近づき、声をかけた。
「なぁ、新人のルーカスってどこにいる?」
スタッフは首をかしげながら周囲に呼びかける。
「ルーカス?」「おーい、誰かルーカスって名前の猫、知ってるかー?」
しかし、返事はどこからも返ってこない。
ジョセフは少し苛立ちながら念押しした。
「シオンに弁当を届けたっていうルーカスだよ。」
その言葉に一人のスタッフが思い出したように口を開く。
「ああ、弁当というか…サンドイッチなら、午前中に全員の楽屋に届けるように手配してたけどな。」
ジョセフの胸に嫌な予感が広がった。
(まさか…ルーカスってのは、この大勢のスタッフに紛れ込んでシオンの楽屋に入ったのか?)
「し、しまった!!」
ジョセフは舌打ちしながら会場中をくまなく探し始めた。
「まずいぞ、もしルーカスが犯猫だったら、非常にまずい!」
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