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北側の牢屋は、南側に位置する明るく暖かいフィル様の部屋から最も離れている。
俺はフィル様に栄養剤と水を飲ませて髪を櫛でとかし、日に焼けぬように天蓋の布を垂らしてから出てきた。
ひどく気が向かないが、行かないとまたトラビスが来る。それに面倒なことは早く終わらせたい。なので足早に進み、牢屋の前に着く頃には少し息が上がっていた。
「待っていたぞ。あんなに渋っていたのに気になったのか?」
牢屋の前で立っていたトラビスが、ニヤリと笑う。
俺はイラッとして「違う」と即答する。
「面倒なことを早く済ませたいだけだ。案内しろ」
「おまえはフィル様に劣らず綺麗な顔をしてるのに…怒ってばかりいる。残念だな」
「うるさい」
やはり俺はトラビスが嫌いだ。実に下らない内容だったら容赦なく殴ってやる。
トラビスが鍵を取り出し扉の穴に差し込む。そして扉に手のひらを押し当てると、パンと軽い音がして向こう側へと開いた。
「ネロは魔法の力が強いのだろう?この程度の結界では破られるのでは」
「どれほどの力か知らないが、大丈夫だろう。それに魔法の力を無効化するリングを、ネロの足につけてある」
「そうか」
建物の中へと入り、まっすぐに進む。この中には、通路を挟んで両側に二つずつ牢がある。主に魔法や剣が優れている者や身分の高い者を収監する。今はネロしか入っていない。
ネロは、左側の奥の牢にいた。
トラビスを見て「今日は早いね」と笑う。そしてトラビスの後ろにいる俺に気づくと「あはっ」と声を出して笑った。
「思ってたより早く来てくれたね。大切なフィル様に関わることだもんな」
頭からすっぽりと布をかぶって、ネロが立ち上がる。
俺はトラビスに顔を寄せ、小さく囁く。
「おい、俺はなにも驚かないが?」
「まあ待て。とにかく話をしよう」
トラビスが牢の鉄格子に近寄りネロを呼ぶ。
「ネロ、俺に話した内容を、もう一度話してくれ」
「なに?あんたからは話してないの?」
「おまえがフィル様を目覚めさせることができるという話はした」
「ふーん」
ネロが奥の壁にもたれて腕を組む。
トラビスが「こっちに来い」と呼ぶが、来る様子がない。
俺は小さく息を吐いてトラビスの隣に並ぶ。
「話をしないのなら俺は戻るが」
「話したいけど、あんた殺気丸出しじゃないか。俺は今は魔法が使えない。剣も持ってない。ここで殺されたくない」
「話す内容によっては、ここを出してやってもいい」
「じゃあ話し終えるまで手を出さないと約束しろよ」
「…わかった」
気をつけなければと思いながらも、俺はネロの話が気になり始めている。
トラビスが再びネロを呼ぶ。
「ネロ、こちらに来い。そして布を取れ」
「えー?これが無いと寒いんだけど」
「暖かい部屋に移動できるかもしれないんだぞ」
「わかったよ」
ネロが鉄格子の前に来て、布をバサリと地面に落とした。天井近くの窓から差し込む光の下に立つネロを見て、俺はとても驚いた。
ネロの話を聞き終えた俺は、疑いながらもネロがフィル様に会うことを承諾した。
再び頭から布をかぶらせてネロを牢から出した。魔法の力を封じるリングがあるから余計なことはしないと思うが、充分に警戒しながら連れていく。
トラビスがネロの腕を引き、俺は後ろを歩く。
フィル様の部屋の前に着くと、俺が前に出て結界を解き、順番に中へ入った。入ってすぐにネロが立ち止まり、フィル様を見つめている。
「どうした?」
「いや…王様は本当に美しいね」
隣に並んだトラビスに答えるネロの顔が、寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。
ネロをベッドへと連れて行くと、俺はネロの背後で剣を抜いた。
「今からトラビスが足のリングを外す。だが魔法でいらぬことをしたら即座に斬る。いいな」
「しつこいな、わかってるよ。それよりも王様…すごく悲しそうな顔をしてるね。なにがあったの?」
「おまえは知らなくてもいい」
「ひどいなぁ。助けてあげるんだから教えてくれてもいいじゃないか。まあいいか。目が覚めたフィルに直接聞こう」
「フィル様に余計なことを言うなよ」
俺はカチャ…と音を出して、剣先をネロの首に当てる。
「おいっ、ラズールやめろ!」
トラビスが慌てて俺の腕を掴んで剣を下ろさせた。
「トラビス、早くしろ」
「わかったから、フィル様の前で血を流すようなことをするなよ」
大きく息を吐いて、トラビスが屈んでネロの足首についたリングを外した。
ネロはベッドに近づき両手をフィル様の胸に置くと、目を閉じて口内でなにかを呟き始める。すぐにネロの両手が光り、フィル様の全身を包んだ。
しばらくして光が消える。
フィル様を注意深く見ていた俺は、「おい、終わった…」と言いかけて止めた。
ネロが涙を流していたから、驚いた。
トラビスも驚いたらしく、ネロの肩にそっと触れる。
「ネロ…どうした?」
「なんだよこれ…王様になにがあったの?王様の気持ちが流れてきて…辛い…苦しい。なんでフィルはこんなに悲しんでるんだよ…」
「ネロ…」
なるほど。フィル様の身体に触れて魔法をかけるうちに、フィル様の感情が触れてる箇所から流れ込んできたのか。
フィル様から手を離したネロは、ついには声を上げて泣き出した。
トラビスが困って、ネロをそっと抱きしめている。
俺は二人を一瞥すると、フィル様の顔を覗き込んだ。
「フィル様…ラズールです。俺はあなたのおかげで元気になりましたよ。だからあなたも早く元気な姿を見せてください」
ネロの魔法のせいかわからないが、少しだけ血色がよくなっている。
手を伸ばしてフィル様の滑らかな頬を撫でていると、フィル様の長いまつ毛がフルフルと揺れて、ゆっくりとまぶたが開いた。