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城プル
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「FORSAKEN」の夜は、常に不気味な静寂と焦燥感に包まれている。
血と錆の匂いが漂う廃工場跡で、人型ネズミのサバイバー・Ratは、青いジーンズの裾を少し引き上げながら発電機の修理(タスク)に当たっていた。
スパナを握る右手の黒手袋と、配線を調整する左手の赤手袋が手慣れた動作で動く。
頭上のヘルメットとサングラスを軽く指で押し上げ、大きな耳をピクピクと動かして周囲の警戒も怠らない。
しかし、今のRatにとって発電機の修理など、単なる「待ち合わせの退屈しのぎ」に過ぎなかった。
「ふむ、配線の電圧負荷テストは完了だ。……さて、そろそろ彼が痺れを切らしてやって来る時間かな?」
Ratは長いピンクのしっぽを優雅に揺らすと、白衣のポケットから保温容器を取り出した。
蓋を開けた瞬間、廃工場の重苦しい空気を一変させるような、香ばしく芳醇な香りが立ち込める。
「ったく……どこにいやがる、あの生意気なドブネズミは……!」
暗闇から姿を現したのは、黒猫の獣人キラー・Gatitoだった。
背中に魚の骨柄が入った黒いパーカーのフードを浅くかぶり、トゲ付きの首輪と腕輪をジャラジャラと鳴らしながら歩いてくる。
Gatitoはイライラした様子で、緑のドミノクラウンの傾きを指先でグイッと直した。
最近の「FORSAKEN」は、何かが根本的に狂っていた。
本来ならサバイバーが隠れ潜み、キラーがそれを追い詰めて狩るはずのデスゲーム。
しかし、この狂ったネズミ・Ratは逃げるどころか、あろうことかキラーである自分を「待ち伏せ」しているのだ。
「見つけたぞRat! 今日こそてめぇのその生意気な面を、この緑の爪で削り落として――」
オラオラ系全開で叫びかけ、大きな爪をシャキーンと立てたGatitoだったが、鼻先をかすめた尋常ではない「美味そうな匂い」にピタリと動きを止めた。
「……あ?」
「やあ、Gatito。今日も素晴らしい被毛のツヤと、透ける胴体から覗く見事な肋骨のラインだね」
Ratは白衣の裾をなびかせながら、ニコニコと怪しい笑みを浮かべて一歩前に出た。
手元にあるのは、湯気を立てる極上の料理だ。
「これはね、僕がサバイバーのタスクの合間に、試練場内に自生する特殊な植物と上質な食材を精製して作った『検体Gatito専用・高濃度有機栄養補充試薬』……平たく言えば、最高級マタタビを隠し味に使った、極上鮮魚のアクアパッツァ風煮込みだよ」
「な……なにいってやがるバカ! 誰がそんな怪しい毒飯喰うかよッ! 俺はキラーだぞ! てめぇを喰う側なんだよ!」
Gatitoは叫んで威嚇するが、言葉とは裏腹に、背中のパーカーから覗く透明な胴体の奥で、胃袋がキュウと鳴った。
さらには、隠しきれない猫の本能が、料理に仕込まれた特製マタタビの甘く濃厚な香りに過剰反応してしまう。
「ふふ、毒なんて入っていないよ。純粋な『実験』の一環だ」
Ratはヘルメットの影から赤い眼をギラリと光らせ、Gatitoの至近距離まで歩み寄ると、鼻先に料理の皿をすっと差し出した。
「君のような素晴らしい個体が、栄養不足で爪の硬度を落としたり、美しい肋骨の可動域を狭めたりしては困るからね。……さあ、味覚刺激に対する消化器官と脳内ホルモンの分泌反応を観察させておくれ」
「っ……くそっ、ジロジロ見んな……!」
ドミノクラウンの奥で赤い眼を泳がせ、Gatitoは必死に理性を保とうと踏ん張った。
しかし、鼻孔を突く最高級マタタビの香りと、カリッと香ばしく焼き上げられた魚の匂いは、あまりにも悪魔的な誘惑だった。
ゴクリと生唾を飲み込む音が、静かな廃工場に響く。
「……ほんのちょっと……毒が入ってねぇか確かめるだけだだからなッ!」
プライドをギリギリ保つための苦しい言い訳を口にしながら、Gatitoは我慢できずに料理へ手を伸ばした。
大きな口で魚の身を一口頬張った瞬間――Gatitoの全身に激震が走る。
「ッ!? な、なんだこれ……美味すぎる……ッ!?」
口いっぱいに広がる鮮魚の旨味と、脳髄を直接揺さぶる最高級マタタビの恍惚感。
Gatitoの赤い眼がとろりと潤み、耳がペタリと寝そべる。
魚の骨柄パーカーがはだけ、透ける胴体の奥で心臓が心地よいリズムで拍動し始めた。
「ん……っ、ふぅ……ッ、美味い……美味すぎるぞドブネズミ……っ」
「いい食べっぷりだ! 観察記録その102:検体Gatitoは、経口摂取によるマタタビ成分の吸収速度が通常の猫科の約3倍。摂食時には自衛本能が著しく低下し、警戒心がほぼ霧散する……と」
狂喜したRatはメモ帳にペンを走らせながら、無防備に料理に夢中になるGatitoの背中へそっと近づいた。
左手で黒い耳の裏を優しく撫でながら、右手でトゲ付き首輪の隙間から首筋を揉みほぐす。
「……ん……ゴロゴロ……ゴロゴロ……ッ」
「よしよし、もっとお食べ。君が僕の用意した餌に夢中になっている姿は、本当に愛らしくて観察し甲斐があるよ」
自分を狩るはずの天敵であるネズミから美味い飯を召し上がり、首筋を撫でられて喉を鳴らす黒猫。
Gatitoは「俺は負けてねぇ……飯に負けただけだ……」と心の中で必死に抵抗を試みるものの、Ratの手から与えられる甘美な毒と快楽の前に、その強固なプライドは少しずつ、確実に溶かされていくのだった。
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