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「――この文量じゃちょっとねえ。話はありきたりだし、まず、まあ短い。心情描写は上手く書けてると思うよ? でもねえ」
「そうっすか。すんません」
「それに、君、今度の映画のこともあるんだから、そっち優先しなよ」
担当編集者にぐちぐち言われ、書いた小説はボツにされる。
文量、ありきたり。最後にようやく褒め言葉。まあ、人生こんなもんでしょ、何て思いながら、僕はそうっすか、なんて軽い返事を返して、お得意の笑顔を編集者に向けた。それを見て、唸るように「今回は、残念だけど」と、何処かへりくだるようにボツと改めていう。
僕が、あの天才子役の祈夜柚だと知って、こんな態度を取っているのか、それとも、僕が演じた、『潔い新人作家』の演技が気持ち悪いのかどっちか分からないけど、編集者は頭をかいていた。
人生上手くいかないものだなあと思う。
最近は、コンテストに出して賞を取って書籍化って主流だから、持ち込みはあんまりらしいけど、こうして面と向かってボツにされるのは、かなりくるなあとは思った。まあ、仕方ない。書けていないのだから。
ただ、もう一芸欲しいと思ったのは、俳優業を本気で辞めたいから。
何で? ってきっと、皆思ってる。紡さんにも勿体ないって言われた。でも、こんなの、僕が欲しい才能じゃない。持って生れてしまった才能をどぶに捨てるなって怒られるけど、僕は捨てたかった。僕は、嫌いだ、演じることが。
「……」
シュレッダーにかけておいてください、といって僕は立ち上がる。編集者は、いいの? みたいな、顔していたけど、ボツにしたのはそっちだろう、と僕は睨み付けてやった。
今日の話はここまで。この後、一応映画の撮影があるから行かないといけない。まあ、近かったからよっただけ。
それで、ボツ喰らったし、もう今日はこの出版社には用はないと。
そう思って、踵を返し歩いていたら、小説ではなく漫画を取り扱っている同じ出版社の違う部署の方から、聞き慣れた声が聞えた。
「これ、前に描いた奴なんですけど。良かったら、何処かで使えたりしませんか」
「凄いよ、凄いよ。空澄先生! これは、売れる。読み切りですよね。でも、これ、きっと話を広げられるんじゃないですか。やりましょう」
「……ッチ」
ジャンルは違う、戦っている土俵も違う。でも、その輝かしい姿を見ていると、苛立ちが抑えられない。
嫉妬か、それとも同族嫌悪か。
漫画家の空澄囮。いきなり世に出てきた超新星のくせに、ポンポンと売れて、アニメ化まで果たしている期待の新人。ストーリーも画力もピカイチで、それでいて、人間性にも問題が無い天才。そして、同い年という所に、僕は酷くショックを受けた。
別に、芸能界で成功してるんだから良いじゃないか、っていわれたらそうかも知れない。でも、好きなものを好きだっていって、それで成功するのとはまた違うと思った。
別に、僕は小説を書きたくて書いているとか、そういうんじゃないけど。好きになりかけているもの、といえば良いか。
兎に角、負けてる気がしていやだった。絶対にぎゃふんと言わせるって、密かに決めている相手。勝手なライバル。勿論、戦っている土俵は違うから、勝ち負け以前の問題かもだけどさ。
「クソ……クソ、クソ、クソ。マジでクソ」
一人でエレベーターに乗りながら、何度も吐き出す。
ああ、嫌だ。ああいうの見るのが一番嫌だ。目に入れたくない。
朝、映画の撮影が早まったと古くからのマネージャーから連絡があって、それまでにどうにか出版社に行って……とここまで来たが、得られたものは何もなく、ボツをくらい、一番今嫌いな漫画家の空澄囮を見てしまった。醜い嫉妬といわれれば、それも仕方ない。でも、これからもっと嫌な場所に行くっていうのに、さらにテンションが下がってしまう。
「……だったら、ギリギリまで紡さんといれば良かったかも」
あそこは居心地が良かった。
ひょんなことから、利用できそうって思った紡さんに声をかけて、BL小説を書く手伝いを、そして、恋人役にまでなって貰って。最近は楽しく過ごしていた。こんなに、楽しいって笑えたのは初めてだったかもだし、ちょっとお人好しすぎるけど、いい人な紡さんといるのは心が和らいだ。温かい気持ちになった。僕にも、こんな感情があったなんて思わなかったから、ちょっと、新しい自分を知った気がして、むずがゆかったけど。
「ふっ……あはは!」
エレベータを降り、思わずお思いだし笑いをして、まわりの人に奇妙な目を向けられる。
でも、少しだけ足が軽くなったような気がして、僕は、一番嫌な場所に、鼻歌を歌いながら向かう。
紡さんの事を考えてたら、笑えてきた。
僕のこと何も知らないけど、僕に優しくしてくれる紡さん。たまに、不安になっちゃうけど、どうにも紡さんは『お願い』って言葉に弱いらしい。単純に僕の可愛さに弱いだけかも知れないけど。
(……利用って、言葉悪すぎかも。僕)
そんなんじゃないんだけどなあ、本気で、面白いって思ってるから。
でも一つだけ、自分でも意外だった。
「恋人役になって下さいって……別に、そこまでしなくても良かったかも」
けど、あの時確かに、恋人役になって欲しいって思った。何でだろうね、僕なんて『誰か』を演じることしか出来ない、空っぽな人間なのにね。