テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ダンスを楽しんでいると、突然会場が真っ暗になった。何かの演出かなと一瞬思ったけど、すぐに違うと分かる、肌で感じる。
穏やかだった会場の空気が、何かに染まっていくのを感じて、私はその感触を避けるように激しく後退した。ひんやりとした何かに、皮膚が覆われていくような、そんな感覚……。それに、私は覚えがあった。
(……これはおそらく、魔術)
しかもあの感触からすると、何かしら、人の体に影響するような代物だと、本能的に直感する。昔、遊びで見せてもらった魔術で、そんな感覚を覚えたことを、私は覚えていた。そのとき、その類の魔術は、繋術によってかなり影響を減らすことができることも、私は一緒に学んだ。私は繋術で自分の身を守りつつ、咄嗟の判断で叫ぶ――
「――アランフェルト様!! 王子を!」
私の声に、すぐ師匠は応えた。繋術を駆使し、師匠は一瞬で移動すると、ディートリヒ殿下の前で剣を抜き、彼の盾となる。私もすぐに馳せ参じ、殿下の背後を守った。
「何事ですか、これは!」
殿下の声で、これが不測の事態であるとすぐに分かる。
「分かりません。少なくとも、パーティーの演出などではありません」
「師匠、会場内に魔術の気配があります」
「なに? 本当か?」
「断言はできませんが……この状況ではまず間違いないかと。暗くなったのも、おそらくそのためです。ただおそらくこれは、繋術で防げます」
「殿下、繋術は使えますか?」
「兄上に習ったので、心得程度には……」
「十分です。何かあれば、それを使ってここから脱出を」
「……分かった」
横目に人の多いほうを見る。ここにいる人はほとんどが一般人で、繋術の心得はないだろう。あの魔術の影響を強く受けてしまうに違いない。そう思って何人かちらと見てみると、ぼうっとして、だらりとその場に立ち尽くしている人ばかりだった。周囲を警戒できているのは、騎士風の人だけだ。
先程まで師匠と一緒にいた、多分ラインハルト殿下は自ら剣を抜き、鋭い視線を周囲に向けている。それに気付いた騎士が、すぐにラインハルト殿下の周囲を固めていく。しかしそのうちの数人は、一般の人と同じように、たちまち力なく立ち尽くしてしまう。多分ある程度の経験がないと、あの魔術に繋術で対抗できることに、すぐには気付けない。
「――レティ、構えろ。来るぞ」
聞いたことがないくらい真剣な声音で指示を受けた。暗くなり、泥のように会場に滞留する闇の中を、何かが駆け抜けてくる。はっきりとは姿が見えないそれに対し、私は全身全霊をもって警戒する。
キンッと鋭い音が轟く。短い刀身の一撃を、師匠が剣で完璧に受け止めていた。外套で姿を隠した何者かが、ディートリヒ殿下を狙っている。
――しかもそれは、一人ではない。
「くっ!」
下から殿下を目指す一撃を、私はなんとか剣でいなした。相手と目が合う。鋭く寒い目。初めて「殺意」というものを、肌でひしひしと感じた。
私は臆さず、すぐにアルザリオン流剣術『撃放』で襲撃者を押し返し、そのまま押し飛ばす。まだ他にもいるかもしれないと周囲を警戒しつつ、私は殿下と襲撃者の間で剣を構える。
「大丈夫か?」
冷静な声が聞こえた。うん、大丈夫。殿下も私も、今のところはなんともない。
「問題ないです」
「素人ではないが、手練れでもないな。他の襲撃者が来る前に、この二人を片付ける。次の攻撃で、相手を遠ざけられるか?」
「……やってみます」
「君はそれだけやってくれればいい。あとは私がやる」
「はいっ」
襲撃者はじりじりとこちらを伺いながら、距離を詰めてくる。踏み込んでくる瞬間を見逃さず、私も数歩前に出る。アルザリオン流剣術『剣盾』で私は一撃を何とか受け止めると、すかさず師匠の指示どおりとなるよう、全力で剣技を放つ――
――アルザリオン流剣術『閃迅斬』。切り返す素早い斬撃で風を起こし、襲撃者を後方まで弾き飛ばす。全身に魔力をたぎらせ、その効果を私は最大まで引き延ばす。
私と襲撃者に、数歩では埋められない距離が生まれる。それは師匠の側も同じだった。その瞬間、不意に熱さが私の頬をかすめた。
師匠必殺の剣術――『炎舞』。赤い火炎の軌跡が弧を描き、襲撃者たちを結ぶ。師匠の姿を弧の終着地点に見つけたときにはもう、襲撃者たちはその場に倒れ込んでいた。師匠が切りつけた箇所は服に火が付き、やがてそれはすぐに消え失せた。
あのあとは色々と大変だった。
他に襲撃者がいないか建物内をチェックしたり、魔術の影響で動けなくなった人たちを介抱したり、騎士団に応援を要請したり。パーティーの続きをするどころではなくなってしまい……。
結局、襲撃者は最初の二人だけと判断され、すぐに建物周辺の安全が確保された。
それを聞いて、やっと私は肩の力を抜いた。いつの間にか緊張で汗ばみ、ドレスの下の背中がベトベトしている。全然気が付かなかった……。
剣を鞘に収め、長く息を吐いていると、私を見つけたディートリヒ殿下が駆け寄ってくる。そしてそっと、手を握られた。
「先ほどはありがとう、本当に助かりました。烈火の騎士団に警備を依頼していて、良かった」
「いえ。騎士として当然のことをしたまでです。私なんて、まだ騎士になったばかりですし……」
「そういえば、あなたは制服を着ていないのですね。現在の階級はどちらなのですか?」
普通なら騎士団の制服についている徽章で判断ができるから、殿下は丁寧にそう尋ねてくれる。
言われてみれば、パーティーにいた騎士で制服を着ていないのは私くらいだった。私以外はみんな仕事として参加しているのだから、当然といえば当然か。
「は、恥ずかしながら……まだ一番下の従士でして」
「なんとっ! それは本当ですか! あの判断に行動力……てっきり、もう正騎士なものとばかり。……あなたさえ良ければ、今回の功績もありますし、昇進できるよう、私が口添えさせていただきますが……いかがでしょうか?」
まったく想像もしていなかった言葉が、殿下の口から出てきた。
「そんな、もったいないお言葉です……! ただ、王国の騎士は実力主義ですし。まだまだ新人の私が、そんな簡単に昇進してしまうなんて……恐れ多いです」
本当に嬉しいし、有り難い申し出だったけど……私の言ったことも、今私自身が感じている現実だった。
私はまだまだ、実力不足だ。ただそれを聞いて、殿下は納得したような微笑みを見せてくれた。
「謙虚な姿勢も、騎士として本当に素晴らしいですね。……分かりました。あなたの素晴らしい働きぶりについては、私の胸のうちに留めておくことにします。一日も早く昇進されて、立派な王国騎士となれるよう、私も日々祈っておりますね」
柔らかな笑みを見せて恭しくお辞儀をすると、殿下はゆったりとした動作でその場を後にした。
――それで、その件は決着したと思っていたのだけれど。
数日後、騎士団長室まで呼ばれた私の目の前には、昇進の辞令が置かれていた。
「私、もう『正騎士』ですか……? 『準騎士』も飛ばして? 嬉しいし、有り難いですけど…………でも、これってまた以前のように、問題になったりしませんか?」
……殿下、もしかして騎士団長クラスの人に、ポロッと言っちゃったのかな? 昇進は本当に嬉しいけど、でもちょっとだけ複雑……。
「……これは世辞ではなく、君にはもうかなりの実力がある。それこそ、『正騎士』たりえるくらいのな。ないのは本当に、経験くらいだ。……とはいえ、君はいまだ従士。そんな試験をパスしたばかりの騎士が、王子の命を救ったという事実を、円卓は良しとしなかった」
円卓。私なんかその場に立ち入ることすら不可能な、騎士団長たちだけで構成される会議。まあ確かに、今師匠が言った事実を客観的に判断するなら、私でも多分そう考える気がする。
「それに君が従士のままでは、騎士団全体の士気にも関わる。不満があるというのもおかしな話だが……納得してほしい。大丈夫だ。少なくとも以前のようないざこざには、もうならないさ。君と直接せっするような団員は、もうそのほとんどが、君のことを認めているよ」
確かに、王子を助けても出世できない――となったら、落胆以上にかなりの混乱を招くだろう。師匠が大丈夫と太鼓判を押してくれるなら、もう私が気にする必要もないか。……よし。これはもう、素直に喜ぼう。
「分かりました。では本日より私、レティシア・シャルム・ウェストンは、『正騎士』を拝命いたします。とはいえ騎士としてまだまだ日は浅いですし、今後とも訓練に励みます!」
「頼む。……今思い返してみても、あの日の君の判断と行動は、本当に素晴らしかった。騎士は基本的に、魔術に疎い。あの日あの場に君がいなかったら、今ごろどんな事態になっていたか、想像もつかない。……今後も、君には大いに頼らせてもらうことになりそうだな」
事件が落ち着き、ようやく通常の業務が戻ってきたことで、師匠も気を緩める時間を取れるようになってきたらしく。彼はそこで、穏やかな笑みを私に見せてくれた。
そして師匠は新品の『正騎士』の徽章を、私の制服に付けてくれるのだった。
✕ ✕ ✕
その夜。アランフェルトは自宅にて、事件の資料を読みふけっていた。事件直後に作成されたあまり情報の多くはない資料だったが、それでもアランフェルトはその内容にじっくりと目を通していた。そして何度それを読み、あのときのことを思い返してみても、彼の中の結論は変わらなかった。
(……あの事件は、どこかおかしい)
王国の王都の、しかも王城にもほど近い場所で行われた式に、襲撃者が侵入できること自体が異常だ。そもそもその場所柄、クーデターなどならまだしも、要人が侵入者によって襲撃されること自体、恥ずかしながら想定をされていない。それゆえに、警備もほとんど形式的なものだった。しかし、そういった想定外の場で襲撃が起きた。これが意味するところは何か――
(やはり組織の中に、手引きした者がいるのか……?)
アランフェルトは自宅とはいえ、その考えを声に出すことはしなかった。だが、そう考えなければ納得できない事態が、実際には起こっていた。アランフェルトは胸のうちの不安を拭えぬまま、その晩を一人過ごすのだった。
コメント
2件


繋術って何だとおもって調べたんですけど、検索で出ないです! この作品独自の用語……? すでに説明してるの私が忘れてたらごめんなさい! ハリポタの閉心術みたいな、特定の魔術に対する抵抗手段でしょうか?