TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

「じいじ。じいじやよー。なぎちゃん」

明けて、2014年1月中旬。

手慣れた様子で孫を抱っこするじいじの姿に聡美は笑みを漏らす。「……じいじがこんな孫好きだなんて、知らなかったわ」かつてこちらの男性が、娘に怒鳴り散らす父親だったのは信じがたい事実であるが、聡美の姉である真波(まなみ)曰く、『じーちゃん孫生まれてからすっかり変わってんて。信じられんくらいに孫煩悩やわ』

聡美の父である下平(しもひら)秀雄(ひでお)が美凪を畳にそっと下ろすと、美凪はたまらずといった勢いでずりばいで母親の足元へとたどり着く。後追いの激しい時期だ。おちおち化粧もしていられない。

聡美の実家は石川県緑川市。遠方にあるゆえ、こうした長期休暇でもなければなかなか帰ることが出来ない。ましてや実家は旅館を営んでおり、繁忙期に帰省するなどもってのほか。

関東では滅多に降らない雪がこちらでは毎年降る。年明けに飛行機が遅れたり揺れたりするのは能登の風物詩であるが――聡美の両親ら旅館業を営む人間には頭の痛い問題である。車で来る客も多い。当然、タイヤには雪対策のチェーンを巻いて。車種は4WD。

今回、帰省するにあたり、うっかりぺたんこ靴で来ようとした自身に気が付き、自分はすっかり都会者になってしまったと実感する聡美であった。

そんな聡美に近づき、「まんまぁ」にっこりと顔をあげて話しかける美凪。餅みたいにもちもちした肌。ふっくらとした頬。まだつかまり立ちは出来ないが、起立しても聡美の腰の下にまでしか届かない身長。……可愛い。泉のような情愛が胸の奥深くから湧いてくる。屈んで聡美は我が子を撫で撫でし、

「なぎちゃん。ママ、もう少しでお化粧終わるからちょっと待っててね」

「あー、まー」

分かったという意味なのだろう。聡美は鏡のなかの自分と向き合い、ラストスパートにかかる。じいじは美凪に近づき、彼女を抱っこすると窓のほうへと連れて行った。カーテンのシャッと開く音。ほら外は雪やがいね。なぎちゃん見たことあるがかいね。じいじが連れてっても構わんけ?

最後は聡美に向けた台詞だった。「いいわよ」と聡美。ただし――

「寒いからあったかくしてかないとね。あたたかいダウンとお帽子も出しておきましょう」

この父にベビーカーの扱いを教えておかねばならない。選択肢はひとつだけだった。「やっぱあたしも行くわ」


能登の雪は、美しい。

都会のものよりも重みと水気があって。

深々と白雪が公園に降り積もるさまは、兼六園さながらの景観である。

聡美の実家の旅館の隣には公園がある。雪遊びにふさわしい場所であろうが、平日の午前中であることも手伝ってか、聡美たち以外にひとは居ない。

まっしろな雪。

愛おしい孫を抱っこし、降る雪を触らせる父を見ながら、聡美は慌ただしかったこれまでのことを振り返る。

離婚や保育園申請の手続きはあらかた完了し、あとは毎月の養育費の支払いを待つばかり――。

ライフステージにおけるストレスの高さを調査したところ、第一位が配偶者の死去だという。就職や離婚も上位に食い込んではいたが――聡美としては、諸々の手続きが大変だっただけで、以降は静かに暮らす穏やかな日々だ。

娘の美凪の夜泣きは大変だったが、生後七ヶ月を過ぎた頃から急に落ち着いた。

環境が変わったこと。パパが居なくなったことに娘が動揺するのではないかと心配したが。確かに引っ越し直後は天井をじぃっと見たり。あー、あー、とママを呼びつけ、抱っこしてもらいいろんなものに触れて確かめる普段とは違った様子が見られたが、三日ほどで収まった。

何よりも、夫の存在に悩まされないのが大きい。あの大量の洗濯物、すぐに汚くなる風呂掃除に追われることがない。ゲーム狂いの夫の存在に苛々させられない――それらの事実は聡美を解放した。いまは、ただ。

娘美凪との蜜月を味わう日々だ。新婚時代よりもよほど甘い。

なるほど確かに赤子の子育ては大変であるが――すこしずつ、美凪が自分の感情を拙いながらも言葉で表情で表現出来るようになったのが嬉しかった。赤子は日々、成長し続ける。ストレスから解放されたせいか、聡美は笑顔で居られる時間が長くなり、必然、その影響は美凪へと及んでいく。

――笑顔だ、笑顔。あたしたちの生活に足らなかったのは――。

大変であることには変わらない。いつも献身的なママを演じるばかりで、ひとりの、下平聡美に戻れる時間が欲しい、切実に。そういえば、美容室なんて出産前に一度行ったきりだ。あの美容師はどうしているだろう。かつてイギリスの美容室に勤務し、帰国後に開業し、年中NirvanaのTシャツを着倒すハードな印象のカリスマ美容師……。

――せっかく帰省しているんだもの。美凪を実家の家族に任せて、髪を切りに行ってみようか……。町田の美容室にはまた落ち着いた頃に行けばいい。

早速父に話してみると、「勿論やわいね。向こうやとひとりで頭ぼうっとさせることも出来んやろ。好きなだけゆっくりしてきましぃ」

ここ緑川は、超のつく田舎であり、若者向けのショッピングエリアなど存在しない。コンビニが車で行く距離にあり、気分転換にぶらぶらなんかも出来ない。コーヒーショップなども皆無。仮にあったとしても、この田舎だ。町の主要な店に行けば必ず顔見知りと出くわす。聡美が離婚済みであることは間違いなく皆に知れ渡っており、どのみちゆっくりお茶をすることなど出来ないであろう。

それでも、赤子から離れて一人になるだけでも違うだろうと、聡美の両親は喜んで聡美を送り出してくれた。


「へーえ。埼玉にいらしたんですか。それからこちらに帰省、と……」

廃業した旅館を改装してオープンしたという美容室にて。聡美は自分より何歳か若いくらいの男性美容師に話を聞いていた。田舎は皆が皆顔見知りといえど、畑中市という、緑川から車で三時間のところにある私立高校に進学した聡美としては、知る範囲は中学までの同級生や部活仲間に絞られる。

聞けば、こちらの美容師は、畑中市の専門学校を卒業後に上京し、地元に凱旋するべく修行していたとのこと。彼は器用にハサミを動かしながら、

「ええ。実家のほうにしようかとも迷ったんですが、ちょうどここが売りに出ていたもので。駅からも近いので決めました」

地元の客が相手ならば方言を交えて話すのだろう。きれいな標準語を話す美容師に、聡美は、気になることを問うてみる。

「ご結婚は?」

「ええ。娘がひとり。ちょうど産まれたばかりで、下平さんのお子さんと同学年ですね……」

残念。

と、鏡のなかの自分は口角を上げてみせる。いい男って大概契約済みなのよね。もう一人の聡美が呆れたように語りかける。――なに言ってるのよこの離婚したての子持ち女が。ちょっと見目形のいい男が居れば既婚か確認する癖どうにかなさいよ。

そんな聡美の胸中知らず、美容師は、

「可愛いもんですね赤ちゃんて。人から話は聞いていましたが自分の子となると格別で。仕事から帰るのが楽しみでたまらないです」

「うちの元旦那も、そう思ってくれていたら離婚なんかしなかったのに」

「あっすいません」

「いいのよ」わざと言ってみせた聡美はいたずらに舌を出す。「意地悪言っちゃってごめんなさい。でもちょっとね、田舎に帰ってくるとみんな腫れ物に触るような扱いで。逆に、気を遣わせすぎてこっちが申し訳ないというか。

せいせいしてるのよあたしは」毅然と言う聡美。「あんなゲーム狂いの旦那、こちらから願い下げだわ。ほんと、後腐れなく別れられて良かった」

「ゲームですか」人の良さそうな顔で眉を下げると悲しそうな顔になる。悲しげな顔つきで美容師は、「いま、みんなやってますもんね。運転してる時に対向車線の車見ると、助手席に座ってる人、大概ゲームしてますね……。世代間の断層というか、わたしにはついていけないです」

「あたしたち世代でもやってるのよ?」と鏡のなかで目を合わせる聡美。「いわゆるファミコン世代だから、ゲームに対する敷居が低いの。

学生と違ってお金もそこそこ持ってるから……大人がハマると厄介みたいね」

聡美は言いながら元夫の挙動を思い返してみる。

離れてみて、例えば自分の考えが歪んでいるだとか。なにかしら、自分に落ち度があるのではないかと、新しい発見があるのではないかとほんの少し期待していたのだが……

変わらない。なにも。

離婚前と、ちっとも。

なにをどう考えても産後の妻そして愛娘を放置してゲームに没頭するあの男が異常なのであり。彼女のなかでその結論が覆えることは未来永劫ない。

美容師は聡美の弾き出した結論に同意してくれ、以降は親馬鹿選手権。『うちの子の可愛いところ』対決となり、聡美は、『一生懸命母乳を飲むあまり、疲れてふぅとため息をつくあの表情』――ここだけは譲れない。

久しぶりにじっくり男の人と話せて、寛いだ時間を過ごせた聡美であった。


表玄関から入らずいつもの裏玄関から入る。

と目に入る、ショッキングピンクのハイヒール。

まさか、と思った。常識的なほうの聡美がそれを打ち消そうとする。だが最終的には本能が勝った。

立ち尽くす聡美の耳に届く、史上二番目に聞きたくない、あのひとの声。

聞きたくない、という願いも虚しく、あろうことか聡美の愛娘美凪を抱っこしてその女性が姿を現す。「お邪魔してるわよ聡美さん。随分遅かったわねえ」

「……お義母(かあ)さん」厳密には、もう、その女性は聡美の義母ではないのだが。ほかにどう呼びようがあろうか。聡美のなかの一部分が一切の思考を放棄する。……

――あんな年増女、どうして一緒になったのよ。まったくもう、信じられない。結婚相談所で若い女を妻にするとか、もっとやりようはあったでしょうに。

――子どもだけ産ませて他の女を娶ればいいじゃないの。女は、若くなきゃ駄目なの。せっかく結婚したんだから、子ども二人くらい産んでもらわないと。上平家の跡取りをね、作らないとね。そこのところあっちゃんちゃんと考えてんの?

――もしね、障害児だったらどうするの。そんな子、捨てておしまい。三十を過ぎた女が産んだ女なんかダウン症に決まっているわよ。ねえ、いまからでも遅くはないわ。堕ろしなさい。男の子を生ませるの。……

聡美の前でも散々暴言を吐いた女が、あろうことか、息子と別れたばかりの元嫁の実家までやってきて思うことはなんだろうと……聡美は思考をトレースしようと試みるのだが。

無理だ。

何故ならば聡美はこの女性の思考様式を受け入れられない。あれだけの暴言を受けてにこにこと応じられるほどこちらは――強くない。

だいたい、聡美は被害者だ。夫のゲーム依存に苦しめられ、夫は、暴言をもってして痛めつける実両親から守ってくれるどころか、『おまえもっと実家でちゃんとしろよ』と説教する始末。

親も親なら子も子だ。

困惑しつつも士川(しかわ)雅子(まさこ)の背後から顔を覗かせる母に対し、しっかりと聡美は頷いて見せる。――大丈夫。自分のするべきことは分かっている。

いざ鎌倉。

「……こんな遠くまでご足労くださりありがとうございます」にこやかな笑みを意識する。続いて、「なぎちゃん。ママ、帰ってきたよ……」自分の立ち位置を相手方に認識させる。

この子の母親は他の誰でもない。下平聡美なのだと。

ここでこじれたらどうしたものかと一瞬躊躇する聡美であったが、存外素直に相手は応じてくれた。「はーい。なぎちゃん。ばぁばですよ。ばぁば。ばぁば……」

しつこい。

と思うものの顔には出さず。美凪を抱き寄せ、無事に娘を返してくれたことに対し聡美は礼を言う。「ありがとうございます。なぎちゃん、お腹空いたでしょう。おっぱいにしようか」ここで相手に調子を合わせてはならない。この女はもはや『ばぁば』でもなんでもないのだ。あんな人でなしを育てておいて、詫びの言葉もないのか。

内面を走る、鬱積した憤怒を直視せぬようにし、聡美は笑顔を貫く。「……部屋で授乳してきますね。話があるのでしたらそのあとで」

「ええ」廊下を歩きだす聡美に手を振る雅子。「どうぞ、ごゆっくり……」

冷たい床の感触を味わいながら己の自我に語り掛ける。スリッパを履く余裕すら無かった。あの女は……憎き元義母は、客用のスリッパを履いていた。笑顔だった。

鬱陶しい。

埼玉からはるばる石川までやってきた意図はなんだ? ――自明だ。

あの女は美凪を抱いていた。――許せない。生まれる前は、散々、堕胎しろだの嫁を年増女だの罵倒しておきながら、孫が健常者だと分かった途端あの対応だ。

鬱陶しい。

「まぁま。まぁま。まぁま……」我が子の声に聡美は我に返る。――いけない。

これじゃあ、あのひとたちと同じだ……。

きっと美凪は母の顔の険しさから察して、どろどろした憎悪の海に浸るなと、やさしく諭してくれているのだ……。愛おしい美凪。

「……誰にも渡さない。絶対に」

決意を込めて自室の前に辿り着くと寸時の迷いもなくドアを開いた。


「美凪をこちらに譲ってくれませんかね?」

場所を下平家のリビングに移し。

聡美が美凪を連れて戻ると、待ってましたとばかりに雅子が切り出した。出されたお茶に口をつけず、聡美のきつい目線を受け止めるとばつの悪い顔で、

「そりゃあ、……なぎちゃんが生まれる前は色々ありましたけど。すべて終わったことですから……」一応、暴言を繰り返したという自覚はあるらしい。「いま、なぎちゃんにとってなにが一番の幸せなのかを考えるのが最優先じゃないかしら?」

一拍置くと、雅子は気の毒がる目で、

――色々と大変よ、片親だと……。

「でも、お義母さんもお仕事をされてますよね」聡美は、士川の実家が八百屋を営んでいることを思い返す。いま思えば厚彦に跡を継がせなかったのが不思議だ。「お義母さんたちが育てるにしても、保育園には預けますよね。そしたら同じじゃないですか」

この場に居る聡美の父、秀雄が気を利かせて美凪を窓際へと連れていった。流石に、この部屋を出るという選択肢はない。大事な娘の宝物を取り上げようとする輩が来ているのだ。

そんな秀雄の意図を感じつつも雅子は、

「同じじゃないわ」

と断言する。いーい? と指を一本立てて聡美の注意を引き付けると、――子どもは病気をするものなの、とにかく。

持論の展開を開始する。

「なぎちゃんが風邪を引くたび、あなた、会社を休む気? 小学校入ったらどうするの? 一人でお留守番なんかさせるつもり? 可哀想に……」

勝手に美凪を悲劇のヒロインに仕立てあげておいて雅子は言葉を繋ぐ。「聡美さん、休みすぎて会社での立場、悪くなったりしないかしら? ……もしね。もし、うちに来てくれるんだったらそうはしないわ。絶対に。聡美さんもひとりだとなにかと大変でしょう? あのねえ、だから聡美さんもなぎちゃんと一緒に――」

「つまりお義母さんは」聡美は遮る。「厚彦さんとわたしは離婚したまま。美凪とわたしが士川家にお世話になればいいと――お義母さんは、そう提案されてるわけですね」

すると雅子は喜ばしげに、「だってこのままだと可哀想じゃないの。なぎちゃんも聡美さんも……」つくづく、この手の発言を聞くたび思う。

『可哀想』だと決めつける連中が『可哀想』なのだ。

狭隘なる主観を、聡美はばっさり切り捨てる。

「美凪にとってなにが幸せかは、美凪が大人になってからでないと分かりませんね……」突拍子もない提案をする雅子に向けて笑みを向ける。にっこりと。「とはいえ。士川の家でわたしが虐げられているのを見るほうが、美凪の精神衛生上宜しくないのでは?」

「まあ! 聡美さん!」大袈裟に驚いて見せる元義母が腹立たしい。「わたしたちが……わたしたちが聡美さんを引き取ったらいじめるだなんて……聡美さん、そんな恐ろしいことを本気で考えているの?」

――妊婦であったあたしを呼びつけて掃除炊事全般を任せたのはいったいどこの誰だ。

女全般ではない。だがごく一部の女性は、不可思議な信念を持って生きている。その精神構造は男性には理解しがたいものであろう。つまり――

嫁いびりの継承。

自分が痛い目に遭ったから、その伝統を、一族の格式を守るためにという名目で下の世代に引き継ぐ――

それが姑としての使命だと頑なに信じ込む人種が居る。聡美には信じがたい思考回路だ。

士川雅子も、士川家に嫁ぐにあたって、姑から相当な指導を受けたらしい。お陰で料理も裁縫の腕前も相当なものだ。

確かに、技術を継承するというのは大切なことかもしれない。――が、それは本人が望むか否かではないのかと。得意げに聡美を指導し続けた――言い方を変えれば『いびり続けてきた』雅子の表情を思い返すたび思うのである。あの表情は、誇らしげで喜ばしげでもあり。幾分か――

怨念が混ざっていた。いまは亡き、雅子の姑に対する。……美しいものではなかった。断じて。

不幸の押し売りなどまっぴらごめんだ。自分が不幸だからといって何故ひとは他人に不幸であって欲しいと願うのだろう。偏狭な思考だ。彼らは自ら幸せになることを放棄しており、そのことに気づいていない。聡美は、厚彦の妻にはなったが、士川家に嫁として隷属するために嫁いだのではない。厚彦は渋々であれど、聡美が仕事を続けることを了承してくれた――もっとも、夫婦は別財布であったから、そのほうが経済的に助かる。それが一番の理由であろう。

――どの口が言っているのか。

と雅子に言ってやりたいのはやまやまであったが、聡美は戸惑いの表情を意識的に浮かべると小首を傾げ、「……あら、お義母さんたら。覚えておいでではないのですか? ご自分が仰ったことを」……

――あなたは厚彦の妻ではない。士川家の嫁なのです。離れて暮らしていても。

――いずれこの家の嫁としてふさわしい振る舞いを叩きこんで差し上げますので、どうかお覚悟をなさって。いまのうちに好きなことをしておくといいわよ。散財と浮気以外ならね。

――女の子だなんて。あなた、どういう神経をしているの。男の子を授かるにはやり方があるのよ。あとで教えて差し上げるから寝室にいらっしゃい。

思い出すたびおぞましく感じる台詞の数々。覚えてないとは言わせない。

一連の台詞を完璧に再現させてみせた聡美。顔色を失った秀雄。美凪が言葉を理解していないのが幸いだ。トラウマになりかねない。……

口調や声の艶まで完全にリピートされ、絶句する義母に対し、聡美は笑みと共に畳みかける。「――わたしは嫁でも士川家の奴隷でもハウスキーパーでもましてや介護士でもありません。

おうちの世話を焼くかたが欲しければどうぞ、他を当たってください。――それに」

ちょっと聡美は目に涙を溜め、……わたしのような年増女は、もう子どもを産むことが出来ません……美凪以外に子どもを作る意志はありませんので。

「士川の家に役立てることなど、なにひとつありません。それでしたら」

ゆっくりと。聡美は、雅子のなかで自分の意見が咀嚼されるのを待ったうえで、

「厚彦さんに、素敵なお嫁さんを見つけるのが得策かと。

わたしは、お義母さまほど出来た嫁ではありませんので、お料理もお裁縫もお掃除も、なにひとつお義母さんのようには出来ませんの。

わたしより若く、従順でお子をたくさん産める女性でしたら、他にいくらでも居ますよ」


「とんでもねえお姑さんやったな……。お歳暮のやり取りも去年で最後やろな……」

厚彦! とにかく! いますぐ、嫁を見つけなさい! あなたもう若くないんだから、早く跡取りを産ませるの! ……

帰り際、早速自分の息子に電話をかける士川雅子を見送る聡美の父の表情には、哀れみが混ざっていた。

「ひどいことされたんに。よう耐えたな。聡美……」

ぽん。と頭を撫でられ、こみ上げるものを抑えるつもりはなかった。目から熱いものを流しつつ聡美は、

「痛い目には遭ったけど、まあこれも社会勉強ね。母としてより一層強くなれるわ。なにより……」ここで声を潜め、「あの強硬なお義母さんを手ぶらで追い返すことが出来たんだから上出来よ。自分で自分を褒めてあげたいわ」厚彦には悪いことをしてしまったが。そのくらいの報復は許されるだろう。なにしろ自分は、士川家のあらゆる人間からの暴言そして言動に耐えたのだから。

雅子は、美凪共々聡美を引き取り、男児を生ませ、面倒な家事介護諸々を任せる魂胆だったのであろう。或いは、新たに厚彦に嫁を娶らせ、それからごみのように聡美を捨て去るつもりだったのかもしれない。そのときは美凪はどうなるのか。不確定事項、確実なのは見放される将来。それこそ、美凪にとっての不幸せだ。

母親が虐げられて不憫な目に遭うのを嘆かない子は居ない。

二度と、姿を見せないように追い込むこと。美凪への執着心を捨てさせること。女性としての品格を保ったまま。

最低限の条件を満たす最善の結果を得られた聡美は満足げに笑む。

――いますぐ。いますぐ結婚相談所に行きなさい!

息子を叱咤する雅子の甲高い声は、遠く高き空の下いつまでも響いていた。


ゲーム離婚したら幸せが待っていました

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

20

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚