「鈴木さん、大丈夫ですか?」
朦朧とする意識の中で、優しく声を掛けられた。
でも、大丈夫じゃない。
グルグルと目が回るし、頭だって割れそうに痛い。
これって、絶対にお酒だけではない。きっと、何か飲まされている。
肩と腰に手を回され抱えられるように、私は歩いていた。
居酒屋を出てアスファルトの道路を歩いていたはずなのに、その感覚は硬質な床へと変わり、今は柔らかな絨毯の上。きっと、どこか建物の中。
ガチャン。
ドアを閉める音がして、
ドンッ。
私はベットの上に放り投げられた。
「大丈夫ですか?お水を持ってきましょうか?」
きっと私を酔わせた張本人のはずの川本さんが、心配そうに声を掛ける。
「どうしてこんな事を?」
私は絞り出すような声で聞いた。
だって、さっきまであんなに謝ってくれていたし、とても感じの良い好青年に見えたのに。
「あなたは本当に何もわかってないんですね?」
「それは・・・」
どういう意味ですか?の言葉が続かない。
「あの後部長がどうなったか知っていますか?」
確か会社を解雇されたと聞いた。
「まあね、部長はしかたありません。かなりあくどいことをやっていましたから。でも、そうさせた責任はあなたにもある」
はあぁ?
思わず目を見開いた。
「不満そうですね?」
あの件に関して私は被害者のはず。
今さらこんな目に遭う覚えはない。
***
「褒められたことではないけれど、部長の女癖と酒癖が悪いのは有名でした。関わった人で知らない人はいなかった。鈴木さんもご存じでしたよね?」
「ええ」
知っていた。
「あなたが女性でなかったら、1人で来ていなかったら、事件は起きなかったんです。確かに、一番悪いのは部長です。でもね、だからって海山商事自体が経営危機に陥るようなことをしますか?」
「え?それはどういう・・・」
「フン。ご存じありませんでしたか。お宅の会社が手を回したんですよ。業界内の噂って怖いんです。悪いものほどすぐに広がる」
そんなこと私は知らない。
「鈴木さん、あなたは鈴森商事のお嬢さんだそうですね。事件に対する反応があまりにも過激だったので気になって調べました。それで納得したんです。うちの会社を潰そうって位の勢いで攻撃を仕掛けてくる態度に」
「でも、それは、」
あの部長が悪いからで、
「わかっています。完全な逆恨みです。でも、曾祖父の代から続く海山商事が存亡の危機に追いやられた。それも事実です」
「そんな・・・」
「僕は海山商事の跡取りでした。4代目になるはずだった。でも、もう終わった」
「海山商事は?」
「取引のほとんどが切られてしまっては、もう持ちこたえることはできません。来月早々に破産手続きをすることになるでしょう」
「そんな・・・」
「だから逆恨みなんです。諦めてください。もう少し酔いが覚めてから抱いてあげますよ。薬を酒に混ぜたので酔いが覚めても体は動かないはずですから。酔っ払って意識がないあなたを襲ってもつまらないでしょう?」
さっきとは別人のような、顔。
ヤバイ、この人壊れている。
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