テラーノベル
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Misokaを出ると、夜風が思ったより冷たかった。
酔いの回った瑠璃香は、それでも機嫌よく笑いながら晴永の腕に軽く体重を預けてくる。
「ほら、足元気をつけろ」
そう言って支えたのに、当の本人は聞いているんだかいないんだか。
「だいじょぶれすよぉ。新沼課長、やさしー。なんか落ち着かにゃーい」
褒め言葉として受け取るべきなのか判断に困る。
とにかくこのまま歩かせるのは危険だと判断して、通りに出たところでタクシーを拾った。
後部座席に瑠璃香を先に乗せ、自分も続く。
「小笹、家まで送ってやる。住所言え」
できるだけ事務的に言ったつもりだった。
けれど返ってきたのは、予想の斜め上。
「婚姻届も書いたんれしゅから……今夜は課長の家でいいじゃないれすかぁ~」
……聞き間違いだと思いたかった。
「美味しいお酒、まだ飲ませて欲しいれしゅ」
にへら、と笑ってこちらを見る目がやけに無邪気で、余計に厄介だ。
「冗談言うな。こんなに酔ってるやつにこれ以上飲ませられるか」
「えー、冗談じゃないれすよぉ」
運転手が気まずそうにミラー越しに視線を投げてくる。
そのまま長々と、このやり取りを続けるわけにもいかず、晴永は小さく吐息を落とした。
「……分かった。じゃあ、ひとまず俺の家に行こう」
(俺だって男だ! どうなったって知らねぇからな!?)
そんなことを思いながら晴永が自宅の住所を告げると、瑠璃香が満足そうに「美味しいお酒楽しみぃ~」と小さく拍手をした。
達成感を覚える内容じゃない。
(俺は酒の自販機か!)
瑠璃香の鼻をきゅっとつまんだら、一丁前に「何しゅるんれしゅか!」と抗議してくる。睨みつけているつもりだろうに、トロンとした表情が愛らしくて怒りも忘れて思わず口元がほころんでしまった晴永だ。
「やぁーん。課長が不適な笑み浮かべれれ怖いれす」
スッと離れる瑠璃香に「失礼なやつめ」とつぶやきながら、晴永は窓外を流れる景色に視線を向ける。
これ以上瑠璃香のほうを見ていたら、キスしてしまいそうだと思ったからだ。
それからは、さっきまでの騒がしさが嘘みたいに静かになった。
瑠璃香は窓の外をぼんやり眺めては、時々思い出したようにゆらゆら揺らめいて、晴永の肩に額を預けてくる。
(眠いのか?)
もしかしたらそうなのかも知れない。
気持ち悪いです、吐きそうです、と言われるよりは眠ってくれたほうが余程いい。
Misokaから晴永の自宅までは徒歩三〇分圏内。車なら一〇分と掛からずに就く距離だ。
ふわりふわりと身体を揺らしていた瑠璃香が、とうとう堪えきれなくなったみたいに晴永の肩へ完全に頭を乗せて動かなくなってしまった。
近い。
近いけど、ずらすわけにもいかない。
車の振動で、落ちてしまいそうな瑠璃香の頭をそっと支えるようにして膝枕の体勢にしてみる。
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