テラーノベル
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パリンッと世界が割れるような乾いた音が氷穴に響き渡る。
水鏡の中に映っていた「鬼」の心臓を見事に貫いた森部は、鷹臣の様子を慌ててうかがった。
鷹臣の口から魂を振り絞るような叫びが上がり、右腕から噴き出していた黒い霧が水鏡の割れ目へと吸い込まれていく。
どす黒かった紋章が薄くなり、人の肌へと戻っていくと、地面にあった水鏡の紋章も一緒に消えていった。
「鬼の紋章が……消えた?」
鷹臣の瞳は瞳孔が裂けた目から、いつもの目に。
「……千、歳……」
鷹臣の身体から力が抜け、大きな身体が千歳の肩に深く預けられ、鬼の腕ではなく、温かい男の腕が千歳の背中にそっと回される。
「おかえりなさい。鷹臣様」
「……ただいま、千歳」
千歳の首筋に顔を埋めながら、鷹臣は千歳の身体を強く抱きしめた。
「鷹臣様、苦しいです……」
千歳はそう言いながらも、首筋に触れる鷹臣の熱い吐息と背中に回された腕の強さに気恥ずかしさを覚えながら、自分の手をそっと回す。
「しばらくこうさせろ」
罰は当たらんと子どものように我が儘を言う鷹臣に、千歳は困った顔をしながら笑ってしまった。
鷹臣は顔を上げると、まだ赤みの残る瞳で千歳をじっと見つめる。
鼻先が触れそうなほど近い鷹臣の目に、千歳の鼓動は跳ね上がった。
「無茶をする」
「……鷹臣様も」
鷹臣は愛おしげに目を細めると、千歳の頬に残る水鏡の紋章に優しく口づけを落とす。
鷹臣の唇はすぐに千歳の口へ。
触れるだけの柔らかなものではなく、二度と失いたくないという渇望をぶつけるような、深く熱い口づけだった。
冷え切った空気の中で、重なる唇の間から漏れる吐息だけが白く熱を帯びている。
完全に二人の世界だった空間をぶち壊すかのような森部の咳払いが響いた。
「……そろそろ地上に戻りたいのですが」
「森部、空気を読め」
「だいぶ考慮したと思いますが?」
森部は地面に突き刺さったままの鬼絶刀を引き抜くと、自分の鞘に納める。
ついでに鷹臣の妖刀も引き抜こうと思ったが、いつものように刀にあっさりと拒否されてしまった。
「鬼気が消えても、妖刀は健在ですか」
やれやれと森部は肩をすくめる。
鷹臣は千歳を開放すると、妖刀を地面から抜きながら立ち上がった。
鞘に納めたあと、千歳に手を差し伸べる。
「帰ったらおまえの誕生祝いをしよう」
「えぇ? 誕生日は嫁いだ日なので、もうだいぶ過ぎて……」
「帝都中の美味いものを全部食わせてやるから、覚悟しろ」
「そんなに食べられません~」
先ほどまでの死闘が夢だったかのような二人の様子を、森部はわざとらしく盛大なため息をつきながらも嬉しそうに見つめた。
「お熱いところ水を差すようですが、このあと大河原大将閣下が待ち構えていることをお忘れなく」
「あっ! 鷹臣様、私、大罪人でした」
そういえば大河原の命令を無視した大罪人だったと千歳が思い出す。
森部の説明を聞いた鷹臣は、呆れながら千歳の腰を引き寄せた。
「国を守った者を大罪人にするような軍なら、俺が叩き壊してやる」
あまりに傲慢で誰よりも頼もしい言葉に、千歳の心はふわりと軽くなる。
「報告書の内容を少々『調整』しないといけないようですね」
森部が眼鏡の縁をくいと上げながら、共犯者の笑みを浮かべた。
「森部。お前も案外、話がわかるようになったな」
「何年お側にいると思っているのですか」
軽口を叩き合う二人を見ながら千歳は幸せを噛み締める。
鷹臣の温かい手を握りながら一歩踏み出した千歳は、もうこの手を離さないと誓った。
◇
光の差す出口が見えた三人は、森部を先頭にし、鷹臣と千歳が少し後ろを歩きながら出口を目指した。
班目があやかしに変わってしまった場所を通り過ぎ、あと少しで地上という場所には森部の予想通り、大河原と部下たちが待ち構えていた。
「神楽坂、森部、そしてそこの女! 参謀本部の命令に背き、独断で封印の儀を乱した罪、その命で贖うがよい」
大河原の合図とともに、部下たちは銃を構える。
「ここまで予想通りとは」
さすが帝国陸軍・対魔特務部隊の頭脳だと鷹臣は呑気に森部を褒めた。
「伊達にわがままな上官の面倒は見ておりません」
森部は下がってもいない眼鏡のブリッジを押し上げる。
鷹臣は森部の後ろで発煙筒を焚くと、氷穴の奥から持ってきた氷に押し当て水へと変えた。
「ははは。発煙筒など無駄だというのに」
誰も助けに来ないと大河原は笑う。
森部は大河原を無視し、彼の部下たちへ話しかけた。
「古のあやかしが氷穴から這い上がる振動で帝都は壊滅し、国全体が古のあやかしの冷気で氷河期に入ると、参謀本部から研究結果が出ていたはずですが、それを防いだ者たちになぜ銃を向けているのでしょうか?」
森部の問いに、部下たちは視線を泳がす。
「古のあやかしを倒すまでの間に、幾度となく揺れませんでしたか?」
森部の言葉に狼狽えた数人が銃を下ろしていく。
森部が気を引いているうちに、千歳は鷹臣が発煙筒で溶かしてくれた氷水を覗き込み、水鏡の紋章を映した。
「この娘は水鏡の巫女。神の娘です」
森部のタイミングを見計らったかのように、千歳の水鏡の紋章が三人だけを囲うように発動する。
銃を構えていた部下たちはその神聖な光景に圧倒され、ひとり、またひとりと膝をつきながら武器を落とした。
「ひ、怯むな! 撃てと言っているだろう! 幻覚だ、これはただの……!」
「大河原大将閣下。私欲のために水鏡の巫女を利用しようとし、帝都を危機に晒したあなたこそ国家反逆罪でとらえられるべきでしょう」
「う、うるさい! おまえたちが撃たぬなら……!」
大河原は地面に落ちた銃を拾い、森部に向けた。
「……お忘れですか?」
森部の後ろから弾丸のような速度で鷹臣が飛び出す。
「うちの隊長は、古のあやかしを倒せるほど強いのですよ」
森部が話し終わるのが先か、鷹臣が大河原に拳を入れたのが先か。
地面に倒れた大河原を見た部下たちには、もう戦意はまったくなかった。
「拘束具があれば貸していただけますか?」
「は、はい。ど、ど、どうぞ。いえ、俺が……」
部下の一人は差し出すと同時に、自分が大河原を拘束すると率先して行動する。
地面に広がった水鏡の紋章が消え、ゆっくりと洞窟から出てきた千歳に、部下たちは一斉に直立不動の姿勢をとり、最敬礼で迎えた。
「えっ?」
異様な光景に驚く千歳を鷹臣は自分の外套でスッと隠す。
「俺の妻を勝手に見るな」
「ハッ! 失礼いたしました!」
彼らは慌てて視線を地面に落としたが、その直立不動の姿勢は崩れない。
「……鷹臣様。みなさま急にどうされたのでしょうか?」
事情がよくわかっていない千歳が首をかしげると、鷹臣は外套の上から千歳の肩をさらに強く抱きしめた。
「大罪人の大河原はおまえたちに任せる」
「責任を持って、軍本部に引き渡します!」
先ほどまで大河原に従っていた部下たちは、見違えるような規律正しさで鷹臣に応じる。
さらに率先して物資や上着を差し出す部下も現れ、参謀本部の方が上位部署のはずなのに現場は不思議な光景になった。
「森部」
「まさかとは思いますが、この状況で私に運転して帝都に戻れと……?」
今、一緒に中にいましたよと森部は溜息をつく。
「……働かせすぎではないですか?」
このあと報告書もあるのにと森部は文句を言いながらも、どこか晴れやかな顔で車の鍵を取り出した。
#溺愛
ゆゆ

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#成り上がり
aohana
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コメント
1件
読み終わりました……! もうね、もうね、最高でした! まず、鷹臣様が鬼の状態から戻って「ただいま」って言ったところで胸が熱くなりました。ああ、良かった、本当に良かったって。千歳さんの「おかえりなさい」が、全てを包み込むような優しさで。それから、あの後の二人の世界に入るような熱い口づけ……そこに森部さんの「空気を読め」突っ込みが絶妙で、思わず笑っちゃいました(笑)。でも何より、最後の大河原への対応で、鷹臣様の「叩き壊してやる」の傲慢さに痺れました。千歳さんを守る覚悟が格好良すぎます。そして、水鏡の巫女としての千歳さんの力、あの神聖な光景で皆が膝をつくシーンは圧巻でした。設定の美しさが一気に炸裂した感じで、すごく好きです! 鷹臣様の「俺の妻を勝手に見るな」にももうノックアウト。この終わり方、本当に気持ちがいいですね!