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#溺愛
ゆゆ

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#成り上がり
aohana
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コメント
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和泉さん、第21話お疲れさまです。氷穴からの帰還、そして日常に戻った二人の空気感がたまらなく良かったです。特に「骨の髄まで愛で喰らう」という台詞、あれはもう反則級の破壊力でした。これまでの絶望が嘘みたいな甘い時間に心がほこほこします。裏では大河原の悪辣な全貌が明らかになって、物語がぐっと締まりましたね。千歳がようやく「お側にいられる」と安心するところ、涙が出ました。続きもじっくり読ませていただきます🌷
「中にもうあやかしはいないが、この氷穴に誰も入れないように封鎖」
「現状維持に努めます!」
鷹臣は頷くと、千歳を後部座席に乗せ、自分も滑り込んだ。
バタンと重厚なドアを閉めると外の喧騒が嘘のように静まり返っている。
敬礼をする部下たちに見送られながら車は走り出した。
「鷹臣様……本当に、帰れるのですね。私たちの家に」
千歳が隣に座る鷹臣の袖を、祈るようにぎゅっと握りしめる。
「あぁ、帰ろう」
鷹臣は千歳の震える手を、大きな掌で包み込みながら「千歳のおかげだ」と微笑んだ。
馬車では丸一日かかる道のりも、軍用車であれば6時間程度だと森部は教えてくれた。
傾いた日の光に照らされた富士は、壮大で美しかった。
揺れる車内、エンジン音だけが心地よく響く空間。
これまで緊張の連続だった千歳にとって、鷹臣の体温を感じながら過ごすこの時間は、生きていることを実感できる幸せな時間となった。
うとうとしはじめた千歳の肩に鷹臣は軍服の外套を掛け直してくれる。
あぁ、よかった。
まだお側にいられる。
千歳はゆっくりと目を閉じ、夢の中へと落ちて行った。
◇
「おはよう、千歳」
翌朝は鷹臣の極上の笑顔で目が覚めた。
「……お、おはようございます、鷹臣様」
まだ夢の続きにいるような心地で、千歳はたどたどしく答える。
枕元のすぐ近くに肘をつきながら自分を見つめている鷹臣は、濃紺の落ち着いた着物姿。
ゆったりと寛いだ胸元からは、逞しい鎖骨が覗いている。
昨日の戦場での鬼気迫る表情が嘘のように、鷹臣は穏やかで甘い空気を纏っていた。
ふと、鷹臣の肩越しに大理石の置時計を見た千歳は息を呑んだ。
針はすでに、十時を回っている。
「えっ? お仕事、あの、よろしいのですか?」
軍務に身を捧げる鷹臣が、この時間まで布団に留まっていることなど、今まで一度もなかった。
寝過ごしてしまったと慌てる千歳を鷹臣は笑った。
「森部が帰ったのは深夜3時だ」
さすがに朝8時に迎えに来いは可哀想だと鷹臣は話す。
よかったとホッとしながら起き上がろうとした千歳は、自分が全身筋肉痛だとようやく気が付いた。
凍てつく石の床に横たわり、氷の上を履き慣れないブーツで歩き、転びそうになった瞬間に必死で堪えた代償が、一気に押し寄せてきたのだ。
「あの、鷹臣様。今日は起き上がれそうにありません」
「無理もない。あれだけの力を使い、あの悪路を歩いたんだ」
鷹臣は千歳の背中に腕を回し、そのまま軽々と抱き上げる。
「顔を洗うのも、着替えるのも、俺がやってやる。筋肉痛なら、まずは湯殿へ連れて行くのが正解か」
「湯殿……!」
真面目な顔でとんでもないことを言い出す鷹臣に、千歳は慌てて首を振る。
「お、お湯は……! お湯は自分で行けます!」
「攫われては困る」
「そんな場所で攫われたりしません」
訴え虚しく湯殿に連行された千歳は、一緒に入浴するのではと心臓が止まる思いだったが、扉の前で女中たちに引き渡されホッとした。
朝食というよりも昼食になってしまった食事を二人で取り、新聞を眺める鷹臣の姿を見ながら紅茶をいただく。
新聞をめくるカサリという音と、陶器が触れ合う小さな音。
昨日までの命を懸けた騒乱が嘘のように、神楽坂邸には春の微睡のような平和が満ちていた。
凍てついていた枝には、気の早い蕾がいくつか膨んでいる。
古のあやかしの瘴気が消えたせいか、空気そのものが澄み渡り、降り注ぐ陽光さえ柔らかい気がした。
「……千歳」
不意に新聞を置いた鷹臣が、低く甘い声で名を呼ぶ。
「……昨日から、おまえが足りない」
突拍子もない言葉に千歳が目を丸くした瞬間、鷹臣は椅子を立ち、千歳の背後から包み込むように腕を回した。
広い胸板から伝わる力強い鼓動に千歳は真っ赤な顔になる。
鷹臣は大きな手で千歳の頬の紋章を包み込むと、しばらくしてから千歳に鬼の紋章がなくなった自分の右手を見せた。
「紋章はなくなったが、千歳に触れていたいという本能までは、消し去れなかったようだ」
千歳は震える手で彼の右手を包み込むと、自分からその掌を左頬へと導く。
「触れていただけると、私も嬉しいです」
「ほう、積極的だな」
言葉の真意に気づかぬ千歳が不思議そうに小首を傾げると、鷹臣は頬や首筋に優しい口づけをいくつも落とした。
「俺は鬼だからな。一度捕まえた獲物は、骨の髄まで愛で喰らうと決めている」
不敵に、けれどどこか飢えたような熱を瞳に宿して笑うと、鷹臣は千歳の身体をくるりと自分の方へ向かせた。
抗う隙など与えない強引さで引き寄せられ、重なり合う吐息。
逃げ場を塞ぐように交わされた口づけは、深く、そして痺れるほどに甘い。
「鷹臣様?」
鷹臣は驚く千歳を軽々と横抱きにすると、迷いのない足取りで廊下を進み、そのまま寝室へと連れ去る。
昨日までの寒々しい絶望を塗り潰すように、鷹臣は千歳の肌や髪、魂にまで執拗なまでの愛を刻みつけていった。
「……愛している。俺を狂わせるのも、俺を人に戻すのも、千歳だけだ」
何度も繰り返される熱い告白と、止むことのない口づけ。
結局、幸福な熱に浮かされた千歳がとろけるような余韻から抜け出せたのは、眩しい朝日が差し込む翌朝のことだった。
◇
「こちらが参謀本部へ提出する報告書、そしてこちらが森部の記録です」
神楽坂邸へやって来た森部は、ご確認くださいと分厚い報告書をふたつテーブルに置いた。
「参謀本部の報告書ですが、大河原元大将が千歳様を誘拐したことになっています」
大河原は軍中央の承認を得ぬまま、私的欲望を満たすべく「古のあやかし」の封印を解かんと画策。
その際、神楽坂大佐を従わせるため、民間人であるその妻を略取監禁し生命を盾に脅迫を行った。
これは軍紀を著しく乱し、帝都の民を未曾有の危機に陥れた「大逆」に等しき行為である。
水鏡についての記載が一切ない報告書をペラペラとめくりながら、鷹臣はさすがだなと森部を褒めた。
「法的に社会から抹殺されることが、大河原元大将にとっては何よりも苦痛だと思います」
地位と名誉を重んじる方ですからと森部はにっこり微笑む。
「森部の記録は、すべて真実が書かれています」
森部の報告書には百合子があやかしに変わったこと、班目に誘拐されたこと、班目もあやかしに変わったことはもちろん、千歳が水に紋章を映し、祈りを捧げたこともすべて記載されていた。
「……これを一日で?」
「それが仕事ですので」
眼鏡のブリッジをクイッと上げながら、森部は事もなげに言ってみせる。
たった一日でこんなに報告書を書かなくてはならない副隊長は大変だと、千歳はしみじみ感じた。
「班目勲大将がなぜ斎宮家にお金を振り込んでいたのか、それは大河原元大将の尋問で明らかになるでしょう」
「あ、それですが、大河原さんが班目さんの名前を借りただけだと言っていました」
参謀本部からの振り込みにするわけにはいかず、当時、参謀本部の大将で帝都でも英雄だと名の知れた班目勲さんの名を借りたと大河原が言っていたと、千歳は二人に報告する。
「あと、あやかしになってしまった班目さんは、髪の色と目の色が同じだったので選んだそうです」
他にも数人選んだが、怨嗟の香に触れた者たちは、次々にあやかしになってしまったと。
「では血のつながりがない人たちに適当に声をかけ、自分の手駒に?」
「人の人生を何だと思っている」
手段は間違っていたが、班目はただ愛されたかっただけなのだ。
英雄と繋がることで、彼は自分の存在価値を証明したかったのだろう。
「父に……斎宮家の当主に怨嗟の香を渡すように命令したのも大河原さんだと」
水鏡のことを知る者を口封じするためだと、義母も百合子も、同じ理由だと言っていたと千歳は二人に報告した。
斎宮家の人々もまた、大河原の手の平で踊らされていたに過ぎない。
千歳から一切の味方を奪い、孤独という檻に閉じ込め、18年経ったとき「救済者」を装って現れ、完璧な「生贄」として完成させる。それが、大河原の描いたあまりに悪趣味なシナリオの全貌だった。
「では、あの怨嗟の香は軍が極秘裏に管理していたものを利用したということですか」
新しく製造されたものではなくてよかったと森部は眼鏡を押し上げる。
「数が合わないのはいくらでも揉み消せるというわけか」
鷹臣は呆れながら、隣で心細げに座る千歳の肩を強く抱き寄せた。
「軍法会議で徹底的に追及するよう手を回しておきます」
「まかせる」
鷹臣は参謀本部用の報告書にサラッとサインをすると、森部に報告書を返却する。
「では次に」
「まだあるのか」
「えぇ。重大なご相談が」
森部は参謀本部への報告書と森部の記録を鞄にしまうと、次の資料を取り出し鷹臣に手渡した。