——どうすればいい?
リクの脳裏に浮かぶのは、砂に倒れたまま動けないロビンとアイビーの姿。そして、茨の奥からゆっくりと歩み出る、異形の人型。
セラフィム。再生したその肉体は以前よりも艶やかで、光沢すら帯びている。致命傷を与えたはずの個体が、なおも彼らを嘲笑うように現実へと戻ってきた。
「……俺じゃ、勝てない」
声に出すことはできなかった。
だが心の中で、何度も何度もその言葉が反響した。
HP12万。どこをどう切り取っても、今のリクでは届かない。
避けきれるわけもなく、一撃でももらえば終わりだ。盾もない。回避も限界がある。
『……5分。たったの、5分だけでいい。』
思考は過去へと巡る。
崩れる天井の下で、必死に手を引いてくれたロビンの腕。
泣きそうになりながらも「大丈夫」って言ったアイビーの顔。
彼らがいたから、ここまで歩いてこられた。
でも、今は——
「俺しかいない……!」
リクは、心の奥底から湧き上がる恐怖と絶望を噛み殺した。
震える指先に力を込める。握りしめたままの武器が、重い。
「逃げる?……できるわけないだろ」
逃げて、もし助かったとして、二人を失って生き延びて、それで何になる?
「俺が——5分稼ぐ。絶対に、守る」
喉の奥が焼けつくようだった。心臓がうるさくて、自分の声すら聞こえない。
だが。
目の前の化け物に立ち向かうため、リクは一歩、砂を踏みしめた。
「俺が——5分稼ぐ。絶対に、守る」
その瞬間だった。
リクの意識の深い底で、何かが——静かに“ひび割れ”た。
頭の奥で、冷たい風が吹いたような感覚。
脳が急速に覚醒し、心臓の鼓動が次の拍動を拒むように、時間が止まる。
《……起動条件、確認。適合率、閾値超過。コード解放。》
耳の奥に、誰かの声が響いた気がした。だがそれは外からの音ではなく、リク自身の体内から“流れ出す”ようなものだった。
砂を踏む足元が、わずかに揺れる。
まるで周囲の空間がリクを中心に**「呼吸」**しているかのように。
「これは……俺の……?」
胸に熱が宿る。
心臓の奥、もっと深く。魂の芯に、火が灯る。
それはスキルでもアイテムでもない。
けれど、確実に“何か”がリクの中で目覚めた。
《未知スキル“共鳴因子《コア・エンゲージ》”発現》
リクの全身に流れる回路のような光が、砂の上に紋様を描き出す。
圧倒的な存在感を持ったセラフィムが、わずかに足を止めた。
(なにかが……変わった)
見上げた空は、まだ昇らない夜。
だが、リクの視界は不思議なほど澄んでいた。
「かかってこいよ、セラフィム……!」
それは挑発ではなく、誓いだった。
5分——いや、何分でもいい。
いまこの瞬間、この場に立つ理由が、彼にはあった。
……起動確認。
——アクセスキー『R-CODE_01』認証完了。
■ 共鳴因子《ENGAGE CODE》──
対象との精神リンクにより、未知のエネルギー干渉を成立させる“適応型模倣機能”。
▼ 機能概要
本因子は、周囲存在の“生命波長”を捕捉・解析し、
一時的にその能力・特性を使用者へ転送(借用)します。
転送に必要なプロセスは以下の通り。
1. 共鳴:使用者の精神と対象の“存在音”を同期させること。
2. 借用:共鳴強度に応じ、能力・記憶・現象の一部を使用可能。
3. 反動:使用後、負荷の蓄積により肉体・精神へ影響を及ぼす場合あり。
▼ 警告
本因子の使用は、共鳴度が極端に高まった際、
“存在同調(UNISON MODE)”を引き起こす恐れがあります。
その際、使用者の意識・肉体構造が一時的に不安定化する可能性があります。
……因子の誤使用は、取り返しのつかない変質を招きます。
■ 補足
適合者:唯一認定コード【Riku_0001】
推奨使用制限:中共鳴以下/1日3回まで
記録対象:周囲環境・生態・記憶体・残留想念
——データ同期完了。
——共鳴因子、起動可能状態。
セラフィムの赤い双眸が、ふと揺らぐ。
それまでゆっくりとロビンへと歩を進めていたその脚が、突然止まった。
「…………?」
首を傾げるような、だがまるで獲物の気配を探る捕食者のような動作。
鋭利な指先がカチリ、と空を裂くように音を立てて鳴った。
「……反応、変化。対象:リク。鼓動数上昇。温度、異常上昇……?」
空気が震えていた。リクの身体の周囲に、小さく、しかし明確な“波”が生まれている。
あたかも何かとリンクし、内部から変質し始めているような――そんな気配。
「構造崩壊の兆候……否。これ、共鳴……?」
セラフィムの口元が、僅かに吊り上がる。
だがそれは笑いではない。獣が、未知の脅威に牙を剥く直前の、冷徹な本能。
「記録に……ない。想定外、想定外……排除対象、危険レベルを再設定。再設定完了。
対象:リク。分類、特異個体。優先度、最大。」
セラフィムの全身から圧力が弾けた。重く、鋭く、敵意を伴う視線がリクへと向けられる。
「ならば先に――潰す。」
地を砕くような足音とともに、セラフィムが動き出した。
目の前に立つセラフィムの気配を、リクは意識の外に追いやった。
今すべきことはただ一つ。――仲間を、救うこと。
全神経が茨へと向けられる。
その刹那、リクの視界が一変した。
──視界を満たす、網目のような情報の海。
──白く軋む根。痛みに似た波長。呼吸する棘。
──《ブリリオン》。意識を持つ寄生種。拒絶する。だが、共鳴は通る。
「……お願いだ。少しだけでいい、力を、貸してくれ」
リクの脳裏に、根が触れた。
言葉を持たない植物が、わずかに“理解”を示したのかもしれない。
次の瞬間――茨がわずかに、震えた。
ロビンとアイビーを拘束していた神経毒の棘が、
まるで命を与えられたかのように“自発的に”巻き戻る。
棘がゆっくりと身体から外れ、滑るように地面へ沈んでいく。
動けないはずの二人の身体が、ようやく地面に倒れ込んだ。
「……っ、よかった……!」
リクは息をつく暇もなかった。
セラフィムがすでに再び、狩人のごとくリクへと迫っていたからだ。
目の前に立つセラフィムの気配を、リクは意識の外に追いやった。
今すべきことはただ一つ。――仲間を、救うこと。
全神経が茨へと向けられる。
その刹那、リクの視界が一変した。
──視界を満たす、網目のような情報の海。
──白く軋む根。痛みに似た波長。呼吸する棘。
──《ブリリオン》。意識を持つ寄生種。拒絶する。だが、共鳴は通る。
「……お願いだ。少しだけでいい、力を、貸してくれ」
リクの脳裏に、根が触れた。
言葉を持たない植物が、わずかに“理解”を示したのかもしれない。
次の瞬間――茨がわずかに、震えた。
ロビンとアイビーを拘束していた神経毒の棘が、
まるで命を与えられたかのように“自発的に”巻き戻る。
棘がゆっくりと身体から外れ、滑るように地面へ沈んでいく。
動けないはずの二人の身体が、ようやく地面に倒れ込んだ。
「……っ、よかった……!」
リクは息をつく暇もなかった。
セラフィムがすでに再び、狩人のごとくリクへと迫っていたからだ。