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それから数時間後。場所は変わって、ここは壁一面に書物が並べられたグレイアスの執務部屋。
ノアにとったら拷問部屋である。
「───というわけで、我々が魔法と言っているものは全て精霊からの恩恵であり、その加護を受ける為には精霊を見る【煌眼】が必要不可欠となります。精霊の存在を目視し、また精霊にも己の存在を認めてもらって、初めて魔法が使えるのです。ちなみに、魔力の強さには段階があり、緑が底辺となり、次に青・紫・銀と続き最高ランクは金となります。といっても金の煌眼は文献でしか記されておらず────ノア様、聞いておられますか?」
教科書片手に教鞭を振るっていた魔術師グレイアスは半目になって、ノアを睨み付ける。
「はいっ、もちろん聞いてます!」
すかさずノアは、元気に挙手をした。
しかし、理解はしていない。右から左に聞き流していた。でも、聞いてはいた。
聞こえていたという方が正解ではあるが、嘘は8割ついていない。四捨五入すれば”聞いている”ので間違いない。
そんな理由からドヤ顔決めて返事をしたは良いが、返ってきたのは出来損ないの子供を見る親の哀れんだ視線だった。
ノアは仮初めの、短期仕事ではあるが、表向きはアシェル殿下の婚約者であり、ゆくゆくは、王族の仲間入りになる予定の存在である。
そして現在、ノアがこのお城に居るのは花嫁修行のため。
もちろんノアは、アシェルと結婚するつもりはない。お世話になった修道院の屋根の補修工事の資金が貯まったら、おいとましようと考えている。
しかしそれまでは、真面目に花嫁修行という名の王室教育を受ける所存だ。
……とは思っているが、現在歴史と魔法と文化を教えてくれるグレイアス先生は、とんでもなくスパルタで、ちょっぴり心が折れそうになっている。
「……わたくしは魔術師でありますが、残念ながら不真面目な生徒を真面目にさせる魔法は取得してないんですよね」
(うわぁー、嫌味全開!!)
どうせだったらそんな魔法を習得するより、嫌味を言わなくする魔法を是非ともご自身にかけて欲しいものだ。
しかし、絶賛お仕事中のノアは黙って教科書に目を落とす。
意味不明なダンスを踊っているような魔法文字は、2行読み終える前に心地よい眠気を誘う。
きっと不眠症に悩む人なら、薬やお酒に頼る前にこれを読むべきだろう。残念ながらノアは、不眠症ではないので、苦痛でしかない。
それでも必死に、魔法文字を解読しようと頭を動かす。
魔力ゼロであると、希代の魔術師グレイアスから太鼓判を押されたのに、涙ぐましい努力をしている。
魔法文字は知識があれば、解読できるし、王族は皆、魔法文字を使いこなすことができる。謂わばこれは王族になるための必須科目なのだ。
そのためノアは不満を飲み込み、辞書に手を伸ばして本日の課題をこなそうとする。
しかしここで、グレイアスが口を挟んだ。
「ノアさま、教科書が逆でございます」
「……はっはは。さようですか」
冷たいグレイアスの声にひきつりながら、ノアはくるりと教科書をひっくり返した。
しかし教科書を正しい位置にしたところで、課題はいっこうに終わらない。
そりゃそうだ。少しでも理解しているなら、上下逆さまだと指摘される前にすぐ気づく。
「ノア様。本当に魔法が苦手なようですね……。これ、初級の課題なんですが……」
一周回って悟りを開いたようなグレイアスの呟きに、ノアは傷つくどころか大袈裟に頷いた。
「さすが魔術師さま。ご理解が早くて嬉しいです」
「誉めてませんよ。あと、課題は減りません」
「……そんなぁ」
血も涙も無いグレイアスの言葉に、ノアはがっくり肩を落とした。