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話によると、辞令は明日、異動は一か月後だった。



エリアマネージャーが帰ると、代わりにパートのおばさんやバイトたちが入れ替わりで出勤してきた。



「おはようございまーす」



「今日予約入ってますかー」



自分が大人になったな、と思う瞬間は、かなりの衝撃を受けていても、表面上は普段と変わらず振る舞えるようになったところだ。



普段どおりに受け答えをして、普段通りに仕事をする。



そうして忙しいランチタイムを終えると、店長が俺に「休憩行って」と声をかけた。



「あと、清水。……聞いたか?」



小声で店長がつけ加えたのは、明日辞令が貼り出されるまでは、ほかの従業員には内緒だったからだ。



「はい。なんか……まじでびっくりしました」



俺はただ苦笑いをするしかなく、店長もそれ以上なにも言わなかった。



「じゃあ休憩いただきます。……あ、店長!」



「なに?」



「悪いんですけど、知り合いが入院してて、見舞い行きたいんです。


もし大丈夫なら、ちょっと長めに休憩もらえませんか? できたら二時間とか……」



「あー、いいよ。今日バイト多いし、仕込みもすくないから。


どこの病院?」



「市民病院です」



「なら俺の車貸してやるよ。電車で行くより、そのほうが早いだろ」



「あ、ありがとうございます!」



感謝して店長から車のキーを受け取る。



店長はこういうところが優しいし、いつもさばさばしていて、それはありがたかった。



市民病院に着くと、事前に若菜から聞いていた病室へと向かう。



病室の前でおじさんの名前を確認して、カーテンで仕切られた一番奥へ近づいた。



「おじさん、湊です」



声をかけると、中から「湊くん?」と声がして、カーテンがあいた。






「おじさんこんにちは。見舞い遅くなってすみません」



「あぁ湊くん!


ありがとう、悪いね、仕事抜けてきた?」



「はい、ちょっと時間もらって」



おじさんはベッドの上で読書をしていたらしく、手に持っていた本を脇に置いた。



「若菜に様子は聞いていたんですけど、足が動きづらいって……」



「あぁ、そうなんだよ」



俺がパイプイスに座ると、おじさんは入院してから今までのことをざっと話してくれた。



「話したりするのは問題ないんだけどね、後遺症で左足がちょっと動かしづらくなってしまって。今はリハビリをしているんだ」



「そうなんですか……」



俺は布団ごしにおじさんの足のほうを見る。



足が動かしづらいって、どの程度なんだろう。



リハビリをすると……元にもどるんだろうか。



「しかし入院ってのはこう……性に合わないな。


1週間もここにいると店が心配になってきて。

昨日退院して仕事に復帰したいと言ったら、医者にまだ無理だと笑われたよ」



おじさんが苦笑するから、俺もつられて同じように笑ったが、どちらも弱々しかった。





「おじさんー、今はまず養生してくださいよ。


倒れた時、若菜もおばさんもどんな顔してたと思ってんですか。

体大事にしてください」



「あぁそうだよな。若菜にも母さんにもちゃんと休んでくれと念を押されたよ。


でもなぁ……店が……。


じゃあやっぱ…店続けるのは、そろそろ潮時なのかな」



「え……」



おじさんはなんともいえないしみじみとした調子で、天井をあおぐ。



「えっ、それって……」



「今回のことで、店をどうするか、本気で考えざるを得なくなったなと思っていてね。


今は母さんが最低限の店のことをしてくれてるけど、一時しのぎにはすぎないし」



「おじさん……」



たしかに経営者としては、倒れたらそういうことも考えるだろう。



入院生活はどうやら長引きそう、というのは若菜から聞いていた。



今後どうするかをいろいろ考えるんだろうけど、でも……。



(店は潮時って……)



倒れる前、おじさんが「若菜の結婚相手に店を継いでもらえたら」と話していたことを思い出す。



(若菜の結婚相手……)



それがだれか―――もし自分だったらと想像した時。



ふっと頭をよぎったのは、今日エリアマネージャーに告げられたこと―――異動のことだった。







(あ……)



さあっと、体が冷えていく気がした。



生きていくにはいろんな岐路を迎えるし、いろんなことを選択していかないといけない。



俺もおじさんも……今までどおりではいられない、という意味では、同じように岐路に立っているのかもしれなかった。



「あぁそうだ。湊くんこれ食べるか」



突然おじさんは思い出したように、テレビボードの引き出しから和菓子の箱をだした。



意識をもっていかれそうだった俺は、慌てて出された箱を受け取る。



見るからに高級そうな箱のふたをあけると、うまそうな豆大福がいくつか入っていた。



「あ、ありがとうございます。実は昼まだで。


うわー、めちゃうまそう」



「おお、そうか。これうまかったぞ。たくさん食べていいから。


昨日、若菜の中学の同級生が持ってきてくれたんだ」



「え」



豆大福におもいっきりかじりついた俺は、喉につまってむせそうになった。



「ゴホッ」



「おいおい、大丈夫か?


えーと”原田くん”て、湊くんも知ってるんじゃないかな。


若菜とは、中学で部活が同じだったみたいなんだけど」



「あ……」



俺は何度かせき込みながら豆大福を咀嚼して、手の甲で口をぬぐった。





(原田……)



豆大福の上品な甘さが口に広がる。



昨日は日曜日だったから、若菜はおじさんの見舞いに行っているだろうなとは思っていた。



でもあいつも―――原田も一緒だったなんて……。



(あいつ、見舞いに行けたら行くって言ってたもんな……)



突然ひとりでおじさんの見舞いに行くのも勇気がいるだろうし、若菜と行くのが自然だろう。



でも―――。



「……はい。原田知ってます。

最近あいつ大阪からこっち帰ってきて、前に飲みにいきました」



焦りや靄を胸に、おじさんに悟られないよう気をつけて笑った。



「そうだったんだ。いやぁ、びっくりしたよ。


そのお父さん―――原田さんとは、仕事でお付き合いさせてもらっているんだけど。


息子さん……渉くんのことは、ほとんど知らなかったから」



「えっ、おじさんは原田の家と仕事してたんですか」



それこそ初耳で、驚いて尋ねると、おじさんは「そうだよ」と頷いた。



「原田さんとこのスポーツジムに商品卸させてもらたり、注文もらったりもしているから。


あと原田さんはいろんなスポーツ教室も経営されているから、そのウェアの受注をさせてもらっていて」



「そうだったんですか……」



地元商店同士のつながりはあるとは思っていたけど、そこまでおじさんの店と原田の家が仕事でつながっているとは思わなかった。



なんとなくショックを受けていると、おじさんは笑って言う。



「なにより、若菜が男の人を連れてきたのにびっくりしたよ。


……なぁ湊くん、ふたりは付き合っていたりする?」












30歳になっても、ひとりなら。

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