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朝。目を覚ますと、喉がひどく渇いていた。
身体のあちこちが軋み、薄手の毛布はベッドの端に丸まっている。
昨日、いや、昨夜のことを思い返す気力はなかった。
蓮司の気配は、部屋になかった。
起き上がると、太ももにうっすら痣が残っていた。
誰にも見えない場所。
誰にも言えない痕。
それは遥にとって、ひとつの“証明”だった。
(……俺は、ちゃんと傷ついてる)
心が壊れていることを、誰にも説明できない代わりに、
身体の痛みが、それを“代弁してくれている”気がした。
蓮司の部屋の引き戸をそっと開けると、リビングのソファに彼の姿があった。
スマホを片手に、あくび混じりの声で言う。
「朝メシないよ、うちは」
「……別に、いらない」
「そ。じゃ、行こっか。今日も、“恋人”やるんでしょ?」
蓮司の笑いは軽い。
けれど、どこか──冷たい。
遥はうなずいた。
演技を続けるしかなかった。
学校へ向かう途中、電車の中で蓮司は何度もスマホをいじっていた。
そのたびに、誰かとのやりとりが通知で浮かび上がる。
名前は見えなかったが、アイコンの輪郭に見覚えがある。
沙耶香だった。
蓮司が本当に向ける感情の相手。
唯一、真剣になったことがある人間。
(……俺なんかじゃ、相手にもされてねぇのに)
そんな思いが胸に沈む。
同時に、ふいに思い出す。
自分を一度、家に泊めた日下部の姿。
──触れてこなかった。
──壊そうともしなかった。
──けれど、ずっと、見ていた。
(あれが、一番、怖かった)
蓮司のように、壊してくれる方が楽だった。
なにもされないことで、「お前はそこにいていい」と言われる方が、
遥にとっては、ずっと残酷だった。
教室に入ると、すでに数人がこちらを見ていた。
女子の視線が鋭い。
嘲笑でも、同情でもない。
──嫌悪だ。
「また一緒に来た」
「ほんとキモい。なんであんな子に蓮司くんが」
「絶対なんか弱み握ってんじゃない?」
聞こえている。全部。
けれど、遥は笑った。
「……ね、蓮司。昨日のことさ、またやってもいい?」
わざと教室全体に聞こえるような声で。
自分でも、滑稽なほどわざとらしく。
蓮司が、ちらと目を向けた。
そして、口元に笑みを浮かべる。
「どっちの話? “泣き顔”の方?」
笑いが起きる。
遥は、自分の手の甲を見つめた。
昨日、蓮司が指を絡めた場所。
何の意味もない行為だったはずなのに、指先がまだ熱を持っていた。
日下部は、窓際の席からずっとこちらを見ていた。
表情は読めない。
けれど、遥にはわかっていた。
──あの目は、全部わかってる。
その視線を感じるたび、遥の中で何かが、また、崩れる。
(……日下部の前でだけは、泣きたくない)
(でも、なんでだよ。なんで見てんだよ。……だったら、さっさと、俺を嫌ってくれよ)
声に出せない感情が、胸の奥でじくじくと疼いた。
遠くで、チャイムが鳴った。
地獄は、今日も続いていく。