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頭がぼうっとしたまま、俺は先輩と別れた。
思考がままならず、家ではなく冒険者ギルドの正面から入ってしまった。
「……あ」
「いらっしゃいませ! ……って、愁じゃないか。なんでお店の出入り口から入って来たんだ?」
「お、親父。いや、その……すまん」
「謝る必要はないが、営業中なんでな」
「悪かった。俺は部屋に戻る」
「なんだ、そんなボケボケで。……ああ、もしかして例の彼女か」
「ち、違うって!」
先輩からキスされたシーンを思い出し、俺は頭が吹き飛びそうになった。やばい、やばい、やばい……顔が熱い。
逃げ出そうとすると、店の方から猫耳をつけた大胆な衣装の魔法使いが現れた。……ん、この顔どこかで見覚えがあるような。
「あ、あの……愁くんよね!?」
「えっと、なんとなく覚えがあるですが……誰でしたっけ」
「あー、衣装(コス)のせいで分かんないか。猫耳もつけてるし」
「え、ええ」
「あたしだよ、蜜柑だって」
「み、蜜柑先輩!?」
「そそ。愁くんも冒険者ギルドに通ってたんだ? でも学生服のままだね」
「実は俺はこのお店を経営しているオーナーの息子なんです」
「え……ええッ!? うそー! あたし、平日は結構くるけど愁くんと会ったことないよ!?」
「俺はあんまり現場には来ないですからね。蜜柑先輩がいる方が驚きですよ。なんです、その……魔法使い」
蜜柑のコスプレは、肩やおへそ、ふとももを大胆に露出したペラペラ衣装。ウィザードハットみたいな大きな帽子。やたら装飾のついた豪華な杖は……明らかに魔法使い職っぽい。
胸、大きいな……。
「そう、これは今もっとも流行っているMMORPGのウォーロックちゃんよ」
「ああ、あれですか。知っていますよ。魔法使いしかいない『Wizard Online』ですよね」
Wizard Online《ウィザード・オンライン》。
世界で大流行しているMMORPG。魔法使い職しか使えないのに、世界同時接続数が初日で三十万人を超えたという有名タイトルだ。
とはいえ、厳密に言えば“魔法騎士”とかもいるらしいが。
「よく知っているね、愁くん。もしかしてプレイしてる?」
「少しかじった程度ですけどね。そういう蜜柑先輩こそ、プレイしていたとは」
「まあね。だから、コスプレもしているんだけどさ」
「大胆な格好ですね……エロすぎっす」
「あんまり見ると柚に言っちゃうぞ~」
「そ、それは堪忍してください。それより、俺はもう部屋に戻りますよ」
「え~、せっかく会ったんだから少しだけ話しようよ」
その格好で話って……目のやり場に困るんですが。
「話って、なにを」
「柚のこと」
「……っ!」
「ん? どうしたの? 顔が赤いよ」
「な、なんでもありません。――が、先輩のことは気になります」
「うん、話してあげる」
蜜柑に腕を掴まれ、俺は連行された。
空いている席へ座り……対面。
改めて蜜柑を見ると、胸元がはだけているし……谷間の強調も凄まじい。いかん、相手の目を見よう。
「……で、柚先輩ってなんで水泳部をサボっているんですかね。そこが不思議で」
「それかぁ。うーん、多分だけどね、柚は普通の青春が送りたいんだと思う」
「え……」
「大会のプレッシャーとかもあると思うけどね。最近は成績もあんまりよくなかったし……それはほら、つきまといとかトラブルもあったからさ。それがあったから余計に精神的に辛くなっていたのかもね」
「それで俺に恋人のふりを……」
「え? 愁くん、今なんて?」
「あ! いや、なんでもないです」
やっべ、つい口を滑らせてしまった。……とはいえ、蜜柑なら問題ないだろうけど。
「ふぅん、愁くんと柚ってそういう関係か」
「バレちゃいましたね。そうなんです。先輩は“恋人のふり”をお願いしてきたんです。俺はふりでもよければと快諾したんですけどね」
「でも、ふりには見えないね」
「……蜜柑先輩もそう思います?」
「うん。距離感とか雰囲気が明らかに恋人っぽい。でも、そっか……正式なカップルではなかったんだね。……それを聞いてホッとした」
語尾がよく聞こえなかった。
声が小さすぎて何を言ったのやら。
「今、なんと?」
「う、ううん。なんでもないよ。それより、愁くんってば……あたしのおっぱい見すぎじゃない?」
「い、嫌でも視界に入るんですよ!」
「嫌なの?」
「……嫌ではないです」
「素直でよろしい」
蜜柑は席から立つ。
「あれ、話は以上です?」
「うん、また明日来るよ。柚のことを知りたければ冒険者ギルドに来ること」
「まるで情報屋みたいですね。分かりました、柚先輩のことを知りたいですし、お願いします」
「決まりね。じゃあ、またね」
「はい、蜜柑先輩」
手を振って別れた。蜜柑はお会計を済ませて冒険者ギルドを後にした。……あの派手なコスプレのまま帰るのか。すげぇな。