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あれから、何が分からなくなったのかが、
分からなくなった。
記憶喪失じゃない。
抜けている感覚とも違う。
避けている。
思い出そうとすると、
頭が少しだけ
別の方向を向く。
視線が、
意図的に逸れる。
――そんな感じ。
⸻
忘れている、
というより。
忘れさせられている
気がする。
……ふふ。
なわけないか。
⸻
だって、
“僕”は高校生で。
朝はちゃんと起きて、
制服を着て、
駅まで走って。
友達がいて、
部活があって、
帰り道にどうでもいい話をして。
たまに、
将来の話なんかして。
それだけだ。
それだけの、
はずだ。
⸻
教室。
席に座る。
机は、
少し古い。
この傷、
前からあったっけ。
まあいい。
⸻
「おはよー」
声をかけられる。
名前で、
呼ばれた。
ちゃんと。
それだけで、
少し安心する。
ほら。
存在してる。
⸻
黒板に、
日付。
今日の日付。
……あれ?
曜日を、
一瞬だけ
間違えた気がする。
でも、
誰も気にしていない。
だから、
僕も気にしない。
⸻
昼休み。
スマホを見る。
通知は、
何もない。
なのに、
アプリを閉じる前に
一瞬だけ、
“既読”
という文字が
浮かんだ気がした。
気のせいだ。
⸻
放課後。
部活。
体は、
ちゃんと動く。
声も出る。
笑える。
楽しい。
……はず。
⸻
でも。
水を飲もうとして、
ペットボトルを持つ手が
一瞬、止まる。
理由は、
分からない。
ただ――
「前にも、
こうして止まった」
そんな記憶の感触だけが、
残っている。
⸻
夜。
布団に入る。
スマホを、
枕元に置く。
理由は、
分からない。
ただ、
置かないと
何かが起きる気がする。
⸻
目を閉じる。
浮かぶのは、
今日のこと。
部活。
友達。
笑い声。
それだけ。
それだけの、
はずなのに。
⸻
最後に、
一つだけ。
思考の端に、
引っかかる。
「もし、
“忘れている記憶”が
戻ってきたら――
今の僕は、
このままでいられるのか?」
考えない。
考えないようにする。
だって、
僕は高校生で。
青春してて。
普通で。
――それで、
いいんだから。
⸻
チャイムが、
遠くで鳴った気がした。
夢の中か、
現実かは、
分からない。
でも、
誰も
振り向かなかった。
だから、
僕も
振り向かない。