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「……俺、魔法、使えるようになりたい」
そう言った瞬間、屋敷にいた全員の動きが止まった。
庭で素振りしていたカリヤは木剣を持ったまま凍りつき、
薬草を煎じていたリリアは葉っぱごと鍋に落とし、
訓練後の腕立て伏せをしていたヴァルナが、ぷるぷる震えながら顔を上げた。
「え、オージ様……今、なんて……?」
「だから、魔法使いたいんだって」
「……オージ様が……?」
「俺が」
「魔法を……?」
「そう」
「…………」
全員、揃って目をそらした。おい、なんでだ。
「なんだよ、その“え、無理じゃね?”みたいな空気」
「だって……魔法って、こう…………イメージが……オージ様は奴隷商人ですし……」
俺ってそんなイメージなの!?
確かに知的なイメージはねぇけどさ!
でもひどくない……!?
「俺、魔術師の才能Sなんだぞ? ちゃんと鑑定済みだ」
「ほ、ほんとうですか……?」
カリヤが目を丸くする。
「うん。魔力制御もB、詠唱記憶もA。多分、やればできる」
「すご……。それ、たぶんかなり優秀ですよ……!」
「だろ? なのにこの反応、ひどくない?」
「いえ、私は別に……オージ様が魔法で危険な目にあわないでほしいなと……」
「おい、それ俺がまるで魔力暴走起こす前提じゃねえか……」
結局、誰も本気で止めてこなかった。
つまり、やろうと思えばできるってことだ。
俺はその日の午後、王都中央にある《大神殿・レアリュトス》を訪れた。
神聖結界の張り巡らされた純白の建物。
中央の塔の頂には、魔力で浮かぶ“七色の水晶”が輝いていた。
神官の受付に並び、サブ職の取得を申し出る。
そう、この世界にはサブ職業という特殊なシステムがあるのだ。
本来の職に加えて、それを補う職業を選び、強化できる。
ただし、大神殿にめちゃくちゃな大金を払わないといけないんだけどな。
「失礼ですが、サブ職の登録をご希望でしょうか?」
「ああ。“魔術師”で頼む」
神官が手を止めた。
「……はい?」
「だから、魔術師。登録料は用意してある」
「ええと……念のためですが、今のメイン職は?」
「奴隷商人」
受付がざわめいた。
周囲の参拝者が一斉にこちらを見た。
「奴隷商人が……魔術師に……?」
「何に使うんだよ……火球で値切りでもするのか?」
うるせぇよ。
「そ、それは……極めて異例でして。通常、奴隷商人の方は、商人、錬金術師、鑑定士などを選ばれるのが一般的で……」
「知ってる。けど俺は、“魔術師”が必要なんだ」
鑑定眼で見た限り、俺には魔術師の資質がある。
それに、この目で“魔法”を解析できるなら、今後の応用範囲は計り知れない。
「……わかりました。では、取得手続きに入ります。ですが……」
神官は手元の文書を確認しながら、やや申し訳なさそうに言った。
「サブ職“魔術師”の取得には、“天啓の秘石”の儀式が必要となります。高位の職業のため、費用は――金貨百枚、となります」
百枚……か。高ぇ。いや、めちゃくちゃ高ぇ。
だが。
「問題ない。払う」
「……っ!」
神官が目を見開いた。
「い、今すぐですか?」
「今すぐ。準備してくれ」
「し、承知しました……! さ、サブ職“魔術師”登録、通過です……!」
騒然とする周囲をよそに、俺は静かに前を見据える。
奴隷商人オージ・グランファルム、
次の肩書きは――“魔術師”。
(鑑定眼があるなら、魔法だって最適化できる……そのはずだ)
誰も選ばなかった道を、俺が切り拓く。
そうして、俺の新たな挑戦が幕を開けた――。
俺は、神殿の奥へと通された。
薄暗い石造りの小部屋――天井には青白い光が灯され、中央の床には複雑な魔法陣が彫り込まれている。
「ここが、“天啓の秘石”の儀式室です。サブ職“魔術師”への転職は、この魔法陣によって行います」
淡々と説明する神官の手には、掌サイズの虹色の結晶――“天啓の秘石”。
これを使い、魔力と魂のルートを開き、新たな職業と才能を“刻印”するのが、この儀式の流れらしい。
普通の転職とはちょっと毛色が違うんだな。
「……では、始めます。魔法陣の中央にお立ちください」
俺は言われるまま、陣の中心に立った。
──その瞬間だった。
(……なんだ、この構造)
俺の目が、反応した。
鑑定眼が、魔法陣の“構造”そのものを解析しはじめる。
これはただの紋様じゃない。
魔力の流れを回す“回路”、魔力波長を整える“補正式”、そして詠唱の代替を担う“転送詩式”。
一見、神聖な模様の羅列にしか見えない。
だが、俺には“見える”。
(ここ、ルーンの繋ぎが遠回りすぎる。……こっちの式と反転接続すれば、魔力消費が20%カットできる)
(ここも。エネルギー流路が渋滞してる。ルートをもう少し下にずらせば、均等になる……)
指を動かしたわけでも、口に出したわけでもない。
けど、俺の“鑑定”が陣に干渉し、術式を“最適解”へと自動補正していく。
魔法陣が、わずかに輝きを変えた。
「……あれ? なんだ、この光……?」
神官が顔をしかめた。
「おかしいですね……いつもと魔力の偏りが……? なぜ、自動補正が……? しかも、均整が取れている……?」
あわあわしながら式を再確認している神官をよそに、
俺はしれっと言った。
「……もしかして、今の……俺が調整しちゃったのか?」
そして──
魔法陣が、静かに発動した。
◆ ◆ ◆
視界が、真っ白に染まる。
浮遊感。風のような魔力が俺の体を包み、全身に染み渡っていく。
胸の奥にある“核”――魔力核のようなものが、じんわりと熱を帯びた。
《――サブ職業、《魔術師》、取得完了――》
脳裏に直接、そんな声が響く。
俺はそっと目を開いた。
「……おお。なんか、“手応え”あるな……」
手を軽く掲げてみると、指先に微かな火の粉のような魔力が集まる。
リリアたちの魔法とは比べ物にならないほど、初歩的。
けど、これは確かに──
「俺、“魔術師”になったんだな……!」
◆ ◆ ◆
儀式室を出た俺を待ち構えていたのは、先ほどの神官だった。
顔が真っ青だった。
「オージ様……あ、あの……何を……なさったのですか?」
「え?」
「魔法陣が、勝手に最適化されておりました! 通常、あれは“神託の調整”以外で構造が変わることはありえません!」
「いや……なんか、ちょっと歪んでたんで……修正したくなっちゃって?」
「“ちょっと”で、あの修正ですか……!?」
神官は顔を押さえて天を仰いだ。
周囲の神殿職員たちも、明らかに俺を“要注意人物”としてマークし始めている。
(やっちまったか……?)
まあ、バレなきゃセーフだ。次からは黙って調整しよう。
……いや、むしろ魔法陣の調整師として、こっちでも商売できるんじゃないか?
そんなことを考えながら、俺は神殿を後にした。
(“見るだけ”じゃねぇ。この力、ちゃんと使えば、魔法の構造そのものを変えられる)
情報で世界をねじ曲げる。
それが、俺の“魔術師”としての戦い方なのかもしれない。
「ただいま」
屋敷に戻ると、カリヤ・リリア・ヴァルナの三人が揃って玄関で待っていた。
どうやら俺の“魔術師になる宣言”が、思ったより大きな波紋を呼んだらしい。
「……それで、どうなりましたか?」
カリヤが腕を組んで尋ねてくる。
「魔術師、取ってきた」
「ほんとうに……!」
リリアの目が輝く。
「すごいじゃないですか、オージ様! でも……本当に魔法、使えるんですか?」
「ふふふ……見て驚け」
俺は庭に出て、そっと右手を前に突き出した。
魔力を指先に集中させる。イメージは“小さな火種”。
「《ファイア・スパーク》!」
パンッ!
指先に小さな赤い火花が散る。
「おおっ……!」
「……か、かわいい火ですね」
「ちょっとだけ魔導具の火打ち石に似てます……」
お前ら、反応が微妙すぎるだろ。
「まだ練習中だ! いいか、魔法ってのは派手さじゃない、精度と使いどころだ!」
俺は胸を張って言い切った。
その直後――俺の視界に、再び“ウィンドウ”が浮かび上がる。
(今度は……俺自身を鑑定だ)
自然と発動した鑑定眼が、自分の体内の魔力の流れ、筋肉の動き、骨の軋みに至るまで、詳細に可視化してくる。
今まで俺の鑑定眼で見えなかったものまで、見えている。
これは、俺が魔術師のサブ職業をとって、魔力の流れを鮮明に感じることができるようになったからなのだろうか。
ただの鑑定眼ではなく、そこに魔力の流れが加わり、さらに詳細なものまで見える。
いわばこれは、魔眼……。
(こ、これ……やべぇ……)
肩の関節がわずかにズレてる。
魔力が右肘で淀んでる。
肺の呼吸テンポと魔力循環が同期していない――
(つまり、これ全部“無駄”ってことか……!)
「……ふん、なら、調整してやろうじゃねぇか」
俺は、深く息を吸って、身体の重心を微調整した。
鑑定眼が、“より効率的な魔力の流し方”を示してくる。
まるで、ナビゲーションのように。
骨格の姿勢、筋肉のテンション、呼吸のリズム――全てが“最適化”されていく。
「うおっ……体が軽い……!」
思わず、空中に一歩踏み出すような感覚すらあった。
「……これは、“戦える”かもしれないな」
俺は、カリヤの方を振り返った。
「なにか?」
「お前、今度、俺と模擬戦やってくれ」
「……本気ですか? オージ様の体力で?」
「問題ない。“読む”から」
「いいですけど……怪我はしないでくださいよ……」
「無論だ」
俺は、自分の身体だけじゃなく、相手の“筋肉の動き”すら見えることに気づいていた。
カリヤがどちらの足に重心をかけているか。
次に剣を振るときの軌道予測。
肩甲骨の動き、膝の角度、瞳の揺れ――
それらを、“情報”として処理できる。
(もう、ただの奴隷商人じゃねぇ……!)
俺は、情報で魔法を制し、
身体を最適化し、
相手すら読む。
「これが……俺の“戦い方”だ」
◆ ◆ ◆
その夜、屋敷の地下訓練室で、カリヤとの模擬戦が決まった。
“オージvsカリヤ”
異色すぎるカードの、その火蓋が切られる――。