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第三十章
絶望
ー届かぬ神火ー
火柱がゆっくりと消えていく。
誰もが固唾を呑み、その先を見つめていた。
やがて炎の中から、一つの人影が姿を現す。
「……そんな……効いて、ない……?」
思わず煉華の口から声が漏れた。
そこに立っていたのは赫夜だった。
黒い着物は袖や裾が焼け落ち、ところどころに焦げ跡が残っている。
しかし、その肉体には傷一つなかった。
赫夜は焼け焦げた袖へ視線を落とし、残った灰や砂埃を静かに払い落とす。
「せっかくの着物が台無しですわ……」
どこか拗ねたように小さくため息をつく。
「お気に入りだったのですが……」
そう呟くと、ゆっくりと煉華へ視線を向けた。
その唇には妖艶で美しい笑みが浮かんでいる。
灰色の瞳は冷たく、それでいてどこか自分自身に酔いしれたような光を宿していた。
まるで、この世界で最も愛すべき存在は自分自身だと信じて疑わない――そんな、自愛に満ちた笑みだった。
「ですが、おかげで考えを改めました。」
赫夜は穏やかに微笑む。
「あなたは、きちんと倒すべき相手のようです。」
一瞬、赫夜の姿が掻き消えた。
「――えっ!?」
誰も反応できなかった。
気づけば赫夜は蒼紫の眼前に立ち、その手に握られた刃が容赦なく腹部を貫いていた。
「……え?」
蒼紫は何が起きたのか理解できないまま、その場に膝をつく。
鮮血が地面へ滴り落ちる。
そのまま力なく倒れ込んだ。
赫夜はそんな蒼紫を見下ろし、くすりと笑う。
「あら。ごめんなさい。手が滑ってしまって……」
そう言うと、ゆっくりと煉華へ視線を移した。
「ですが、朱雀の巫女ちゃんが私の着物を汚してしまったのがいけないのですよ。」
まるで悪びれる様子もなく、懐から煙管を取り出す。
紫煙を一つ吐き出すと、静かに目を細めた。
「はぁ……興ざめしましたわ。」
赫夜は踵を返す。
「刀骨。帰りましょ。」
「あー? もういいのか?」
「ええ。もう十分ですわ。」
その言葉を最後に、二人の姿は闇へ溶けるように消えていった。
「蒼紫ちゃん!」
結界から飛び出した詞葉は、急いで蒼紫のもとへ駆け寄る。
震える手で錫杖を掲げると、柔らかな治癒の光が蒼紫を優しく包み込んだ。
「はぁ……もうっ、相変わらず馬鹿力なんだから……。大丈夫? 煉華……」
手をさすりながら、琥珀は心配そうに煉華へ声をかける。
しかし煉華は、蒼紫の流した血を見つめたまま、一言も返すことができなかった。
赫夜の言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
――『あなたは、きちんと倒すべき相手のようです。』
その言葉の意味を、煉華は痛いほど思い知らされていた。
コメント
1件
うわぁ…😭 赫夜さんマジで強すぎる…!煉華の火柱も通じないどころか、蒼紫さんを一瞬で仕留めるの怖すぎるよ〜💦 でも「自愛に満ちた笑み」とか「手が滑った」とか、余裕の赫夜さんがめっちゃかっこいい…!煉華ちゃんの無力感がひしひし伝わってきて胸が締め付けられる😢 続き気になりすぎる!!