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もしかして、涼ちゃんて、俺のこと、好き?
そんな考えは、すぐに打ち砕かれることとなった。
ダンスレッスンが終わると、元貴と涼ちゃんが何やら話していた。俺は気にしてないフリでスマホに目をやる。どーでもいいネット記事なんかを見ながら、視界の端で2人を捉えている。
「若井!今日涼ちゃん借りるね!」
元貴から、そう声をかけられた。なんだ借りるって、モノじゃねーだろ、そもそも俺のじゃねーし。なんだか無性にイラッとしながら、俺はチラッとだけ2人を見て、「お〜。」と手を振るだけで応えた。
そしてその日、涼ちゃんは家に帰ってこなかった。
無断外泊の次の朝、涼ちゃんの部屋を覗くと、スマホがベッド脇に置いてあった。
ったく…昨日帰ってくるのか、とか、色々気になって、電話をかけたりしちゃったけど、スマホ忘れてんじゃねーか!
俺は、しばし考えたが、涼ちゃんのスマホ忘れを理由に、元貴に電話をすることにした。
『もしもし?』
「…涼ちゃんいる?」
『いるよ、代わる?』
「…うん。」
あ、やっぱ元貴ん家に泊まったんだ。改めて思い知らされて、なんだか胸が痛い。
『もしもし?』
涼ちゃんの声だ。
「…元貴ん家に泊まってたんだ。」
『うん、ごめん、昨日泊まるって連絡してなかったよね。ごめんごめん。』
「いや、まぁ予想ついてたから別になんだけど、それより涼ちゃん部屋にスマホ忘れてるよ。」
『え!そーなの?あー、じゃあ今日レッスン室に持ってきてくんない?』
「ん、りょーかい。」
『はーい、ありがとー。』
「あ待って…。」
『ん?』
「ちょっと元貴に変わってくんない?」
『あ、元貴ね、はーい。』
元貴に代わってだって、と涼ちゃんがスマホを渡す音がした。
『もしもし。』
「涼ちゃん、スマホ家に忘れてるから、後で渡すわ。」
『あ、そーなんだ。さっき無い無いって探してたよ。』
…なんか、涼ちゃんの彼氏感出してきてる気がして、腹立つなぁ。
『もしもし?』
「今日、ちょっと時間もらえる?レッスンの後。」
『俺?』
「うん、2人でちょっと。」
『わかった。』
俺は電話を切って、毎晩一緒に過ごした大人涼架を思い出していた。あの俺を見る時の、熱を帯びたような瞳…あれはなんだったの?だって涼ちゃん元貴のこと好きでしょ?見てればわかるよ、そりゃ。…じゃあ俺は?
どうしても、そういう感情が消えてくれず、俺はダンスレッスンでも、涼ちゃんにいつもの優しい態度を取れなかった。
元貴の部屋に行き、昨日涼ちゃんはここに泊まったのか…と無駄にダメージを受ける。
俺の話を待つ元貴に、何から話していいのか分からず、俺は黙っていた。喧嘩がしたいわけじゃないし、涼ちゃんを奪いたいわけでもない。でも、どうしても自分の中にある違和感をどうにかしたかった。
「元貴と涼ちゃん、付き合ってるの?」
ここで、ハッキリとそうだと言われたら、もう引き下がろう。全ては俺の勘違いだったということにするんだ。
「うん、昨日、お互いの気持ちを伝え合って、付き合うことになった。」
「昨日…そっか…。」
ああ、やっぱね…。俺は足元がストンと落ちるような感覚に襲われ、自分が思った以上のショックを受けていることに、我ながら驚いた。
「…んー…そっか…。じゃあ、いいや。」
「なに。」
「いや、それを確認したかっただけ。」
「違うだろ、なんだよ。言えよ。」
俺は、食い下がる元貴に、ここまできたらもう俺の違和感をぶつけてしまおう、喧嘩になるならなったまでだ、と開き直った。
「…元貴怒ると思うけど。」
「いいよ。言って。」
「…俺さ、時々、涼ちゃんにもしかして好かれてんのかな、って思う時があって。」
元貴は、俺をじっと見ている。意外と怒らずに話を聞いてくれるんだな、と俺は続けた。
「いつもじゃないんだけど、特に…夜、かな。涼ちゃんはいっつも『おやすみ』って寝た後、しばらくしたら一回起きてくんの。そんで、俺のこと『滉斗』って呼んで、晩酌したり、ゲームしたり、一緒に過ごすことが多くて。 その時は、なんか…なんていうのかな、目が…。涼ちゃんの目が、なんか違くて。俺、ひょっとして涼ちゃんに好かれてんのかな、とか。思ったりして。」
俺は頭をかきながら、最大の違和感を吐き出す。
「でもさ、違うんだよな。いつもの涼ちゃん見てても、普通に元貴の事好きだってわかるし、俺もなんとも思わない。いやなんなんだろ?俺もわかんないけど。」
ここまで言っちゃうと、流石に元貴も怒るかな、と思ったけど、もう止められない。
「…でも、俺、昨日、涼ちゃんが元貴の部屋に泊まってるって思った時、すげーヤだったの。ごめん、よくわかんないけど。」
思いの丈を全て話して、俺はチラと元貴を伺う。元貴は難しい顔をして、何か考えているようだった。
「…若井。」
「ごめん、やっぱ怒るよな。」
「違う。俺は、お前の話聞いて、どういう事なのかわかった。」
え、わかったの?何が?と俺は不思議に思ったが、元貴は話を続ける。
「お前を好きなのは、…お前が好きなのは、『リョーカ』だ。」
「…ん?」
涼架って、もう呼び捨てにしてんの?彼氏だから?って、俺は的外れな嫉妬を少し抱いたが、元貴がその後説明してくれたことで、俺は違和感の穴がパズルみたいに綺麗にハマっていく感覚だった。
「涼ちゃんが…二重人格…。」
「リョーカと、期限付きの恋をしてあげてほしい。」
元貴の話によれば、俺が気になっていた『大人涼架』は、『リョーカ』さんという別人格で、涼ちゃんは知らなくて、寝てる間に出てきてて、…俺のことがずっと好き。
『リョーカ』さんは、18歳の時に涼ちゃんが騙されて襲われた時にできた人格で、俺らと出会った時にはすでに涼ちゃんの中にいて、ずっと俺らのこと見てて、…俺のことがずっと好き。
俺はパニックになりながらも、『リョーカさんが俺のことをずっと好きだった』という部分だけ、しっかりと頭に残っていた。嬉しい、単純にめっちゃ嬉しい。
あ、俺、リョーカさん好きだわ。
自分の気持ちにストンと納得がいって、同時に、涼ちゃんに横恋慕したわけではなかったことに、心底安心した。
今俺は、自分の部屋で、待っている。元貴が涼ちゃんの部屋で、涼ちゃんを寝かしつけているのを。すっごくモヤモヤするが、これからのことを思うと、我慢我慢。これからもっとややこしい恋に、俺は足を踏み入れるんだから。
さっき、元貴と一緒に家に帰ってきた時の涼ちゃんは、いつもの涼ちゃんで、元貴と付き合ったことを祝福したら、涙ぐんで喜んでた。涼ちゃんは、ホントに元貴が好きだよなぁ。俺は、別人格だと聞かされても、まだ心の隅がチクンとした。
『涼ちゃん寝たよ』
元貴から連絡があり、俺は静かに涼ちゃんの部屋に入る。
スヤスヤと眠る涼ちゃん。元貴が言うには、これから人格の交代がある…らしい。ホントかなぁ、と俺は少し半信半疑で、少し離れたところから見ていた。
ん?涼ちゃんのほっぺが異様に赤いような…。さては元貴、涼ちゃんにアレやコレやしたな…。
「う…ん…。」
不意に、涼ちゃんがうなされ始めた。元貴が言っていた。リョーカさんが表に出にくくなっているかもしれない、と。
俺は普通に涼ちゃんのうなされ方が心配になって、ベッドのそばに寄る。
「…ひ…ろ………。」
元貴が、静かにベッドから離れた。
これ…?これが、リョーカさん…?
もしかして、俺の名前呼んでるの?
俺は胸が熱くなって、フラフラと上がるリョーカさんの手を夢中で握る。
「リョーカさん、俺、滉斗。ここにいるよ。」
だから、出てきて。やっと君だってわかったんだ。俺を好きでいてくれた人で、俺が好きになった人で、これから俺たち、恋をするんだよ。もう、涼ちゃんのフリして隠さないで、誤魔化さないで、苦しまないで…。
「………え…滉斗………?」
「…リョーカさん…。」
ゆっくりと目を開けたリョーカさんの頬を、優しく撫でる。いつも、君が俺の髪を愛おしそうに触ってくれていたように。
その視界の隅で、元貴が静かに部屋を出ていったのを見た。元貴も、こんなの辛いに決まってる。俺の比じゃないくらい、辛いだろう。だけど、ごめん。リョーカさんだけは、諦めきれない。
「…リョーカさん、俺、元貴から全部聞いたよ。」
「え…。」
リョーカさんの顔に、恐怖にも似た表情が宿る。
「リョーカさんが生まれたわけも、涼ちゃんが気付いてないってことも、リョーカさんが俺に…。」
リョーカさんの目が、俺を捉えて離さない。それは、困惑からか、期待からか、瞳が揺れている。
「…リョーカさん、俺に、会いにきてくれてた?」
リョーカさんの目が大きく開かれ、俺から視線を外した。どう答えるか、考えを巡らせているようだ。
「ねぇ、俺のこと、好き?」
俺は畳み掛ける。リョーカさんの顔がみるみる赤くなる。まだ視線を落とし、答えない。
「リョーカさん、俺、リョーカさんのこと、大好きだよ。」
下を向いたまま、リョーカさんが涙をこぼす。可愛い、きれい…。俺はつい抱きしめようとして、リョーカさんがそれを両手で制した。え、ショック…。
「…滉斗…待って…。大森くんが…滉斗に多分まだ言ってないこと…言えてないこと…ある…。」
「え?」
「………俺、大森くんに…俺のこと、抱かせたんだ。」
抱かせた…って、え?
「涼ちゃん、じゃなくて…?」
「…俺、が、大森くんに、無理やり…。」
「…なんで、そんな…。」
「ごめんなさい…。俺、自分がなんで存在してんだろって、誰にも存在を認めてもらえなくて、でも目の前には涼ちゃんと恋をする大森くんがいて…なんか、もう、自暴自棄になっちゃって…。」
俺は黙って話を聞く。
「最初、滉斗を襲うって嘘ついて、その後誰とでもいいから寝るって嘘ついて、大森くんが必死に涼ちゃんの身体を守ろうとして止めてくるのが、また余計に腹が立って…。じゃあ大森くんが抱いてよって。」
リョーカは、涙を拭いながら続ける。
「…一回じゃなくて、こ、この前も…。涼ちゃんと、大森くんが、付き合った日…。目の前で、幸せそうに恋人になる2人が羨ましくて、妬ましくて、また、無理やり…。」
俯いたまま、消えいるような声で、ごめんなさい…とリョーカが呟いて、話が止まった。
「…なんで、そこまで話してくれたの?」
「…黙ってるのはフェアじゃないと思ったから…。」
「じゃあ、もうフェアってことだ。」
「え…?」
俺は、リョーカさんを抱きしめた。その身体は硬く強張っていた。
「リョーカさん、も一回言うよ。俺、リョーカさんが大好き。リョーカさんは?」
「っ…だ、ダメだよ…俺、涼ちゃんだもん…大森くんにも…。」
「元貴は、いいよって。元貴が言ってきたんだ、『リョーカのこと好きなら、気持ち伝えてやってほしい』って。」
「えっ…!」
リョーカが驚いて俺を見る。元貴が、俺との恋を後押ししたのが、よほど意外だったのだろう。
「リョーカさん、素直に言って。俺が好き?嫌い?」
リョーカさんの見開かれた目から、大粒の涙が次から次へと溢れ出す。
「…素直、に、なって、いいの…かな…。」
「いーの。いーよ。」
「でも、…俺、多分もうすぐ…。」
「わかってる。」
消えちゃうっていうんだろ?それも承知の上で、大好きって言ってんの。
「それでも、俺はリョーカさんと恋がしたいの。お願い、リョーカさん、好きって言って?」
「…ぅ………だ、大好き、滉斗、大好き!大好き!!ずーーーっと大好きだった!!」
わあー!と子どもみたいに泣きながら、愛の告白を叫んで、俺に縋り付く。抱きしめながら、リョーカさんがコレまでどれほどの気持ちを自分の中で押し殺してきたのだろう、どれほどのことを諦めてきたのだろう、と考えて、俺も涙が止まらなかった。
「よかったぁ、俺のことは諦めないでくれて。」
ズビズビと鼻を啜りながら、リョーカさんに笑いかける。リョーカさんも顔をぐしゃぐしゃにして泣いてるけど、俺を見て微笑んでくれてる。すごく、可愛い。
ティッシュで顔を拭いた後、俺はリョーカさんにキスをしようと近づく。
「ま、待って…。涼ちゃんに、も、許可もらってから…。」
「…フェラまでしたのに?」
リョーカさんの顔がみるみる真っ赤になる。ああ、やっぱり夢じゃなかったんだ。リョーカさんだったんだ。
「エロぉ〜。」
「ご、ごめんなさい!」
「なんで、俺嬉しかったよ。」
そっと抱きしめて、耳元で囁く。
「じゃあ、涼ちゃんにも許可もらったら…しようね。」
「え…。」
リョーカさんが顔を赤くして動揺する。
「…キスだよ?」
「あ…。」
「もー、なんだと思ったの?リョーカさーん。」
「もう!滉斗結構いじわる!」
「ごめんごめん!」
ポカポカと叩かれて、俺は笑いながらまた抱きしめる。期限付きだけど、俺たちは、やっと恋人になれた。これから、君の最期まで、俺がめいっぱい幸せにするから。俺は、そう心に誓った。