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手の治療をしてもらった。
幸い、牧田の力が弱く――俺は軽傷で済んだ。ヤツが運動音痴でなければ何針か縫う重症だったかもしれない。
「……ふぅ。死ぬかと思った」
「愁くん、痛いよね。ごめんね、わたしのせいで」
「いえいえ、ちょっと切っただけですから。それに先輩のせいではないですよ」
「わたしが愁くんを巻き込んだから……」
先輩は酷く落ち込んでいた。
こんな泣きそうな顔は初めて見た。
責任を感じているらしいが、俺はむしろ先輩を守れて誇らしかった。
「気にしないでください。俺は先輩を守りたかった……それだけですから」
「……あ、ぅ」
両手で顔を覆う先輩は、なんだかぷるぷる震えていた。……あれ、俺なにか余計なことを言ったかな。
「一応、設定上は恋人ですからね」
「はー…今だけは、ふりじゃなくて良かったのに」
「え?」
「なんでもない。愁くん、ありがとね」
無事な方の手を握られ、俺は頭がぼうっとした。目尻に涙を溜めた先輩が笑顔を向けてくれる。そんな可愛い顔を見たら、俺は脱力した。
今になって緊張が解れたらしい。
「……っ」
「だ、大丈夫?」
「ええ、なんとか。それより先輩……もうすぐ授業が始まりますよ」
「このまま一緒にいる」
「でも……」
「一緒がいい」
そんな切なそうに見つめられては断れない。可愛すぎです、先輩っ。……って、いかんいかん。興奮しすぎだ。
たかぶる気持ちをギュッと抑え――俺は耐えた。
危うく告白してしまうところだった。
今はその時ではない。
「では……一緒にいましょう」
「そばにいさせてくれてありがと」
「俺も先輩に看病してもらえて嬉しいです」
幸いにも保健室には誰もいない。保健室の先生も用事だとかで俺の手を治療してから戻ってこない。
ベッドの上には俺と先輩だけ。
二人きりということは……いやいや、何を期待しているんだ俺は。清楚な先輩がそんなことを望むはずがない。
「そうだ。さっきのお礼してあげるね」
「お、お礼?」
油断していると、先輩は俺の頭を手繰り寄せた。
顔が柔らかい物体の中に埋まる。
……こ、これって……。
まさか!
そのまさかだよな。
「愁くんって一日三回はわたしの胸見てるからさ」
「んなッ……! やっぱり、分かります?」
「男の子の視線って分かりやすいんだよね。それで……どう……かな」
「どうって、初めての経験でなんと言っていいやら……。そうですね、強いていえば……柔らかいっす」
「そ、そっか。なんだか恥ずかしいね……」
表情は伺えないが先輩は震えていた。心臓の音が激しいし、俺までドキドキしっぱなしだ。
どうして先輩はこんな大胆なお礼を……。
「あ、あの……先輩」
「まだダメ」
「ですが……いいんですか」
「うん、いいよ。誰か来るまでこのままで」
「わ……分かりました。先輩が良いと言うのならお言葉に甘えます」
女の子の胸に顔を埋めるなんて経験、もう二度と出来ないかもしれないしな。
「苦しかったら言ってね」
「いえ、苦しいとかありえません。このまま先輩の胸の上で死んだっていいです」
「それは困るって。愁くんには生きてて欲しいから」
「なんて嬉しい言葉。俺、生きていていいんですね?」
「当たり前だよ。悲しむ人がいるよ」
「えっ、先輩俺の為に泣いてくれるんですか」
「当然だよ。愁くんがいないと本当に困る……」
ぎゅっとされて、先輩を不安がらせてしまったかと焦った。……これはどっちなんだ。ふりなのか、そうじゃないのか……分からない!
だが、嬉しいことには変わりない。
嬉し涙が出そうになって堪える俺。
あぶねぇ、余計に心配を掛けるところだった。
「なら、俺は先輩を守り続けます」
「……嬉しい。ずっと守ってね」
「はい、お任せください」
そう自信をもって返事をすると、先輩はようやく手を緩めてくれた。ふぅ、危うく先輩の胸の中で窒息死するところだった。いや、それはそれで死に方としては最高だけど。
「あの、愁くん……実は話があるんだけど」
「いいですよ。今はたっぷり時間がありますから、なんでも言ってください」
「えっとね、その……一緒に住まない?」
先輩の真剣すぎる瞳に、俺は度肝を抜かれた。
え……。
えええええッ!?