テラーノベル
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「……えーっと。結愛さん? 今のは、あれだよな? 最初だから緊張をほぐすための、高度なギャグ……だよな?」
帯広のボロアパート、四畳半の空間。
俺は、PCモニターの中に並ぶ自分の超絶イケメンアバターと、その隣で瞬きをする可愛い白猫の美少女アバターを交互に見比べながら、引き攣った声を出した。
同接数万人のリスナーが見守る中、俺の最強の税金対策(経費)として華々しくデビューした新人アシスタント『結愛』。
彼女の口から飛び出したのは、萌えキャラらしからぬ、感情の起伏を完全に削ぎ落とした『完璧なビジネス敬語』だった。
ディスコードの通話越しに、結愛の落ち着き払った、しかし氷のように冷たい声が響く。
『ギャグ、と申されますと? 私は事実を申し上げたまででございます。ルシフェル様から頂戴いたしました業務委託契約書には、動画編集、サムネイル作成、および経理補助業務の記載はございましたが、「猫のロールプレイ」に関する条項は一切含まれておりませんでした』
「…………」
『もし当該業務を追加されるご意向でしたら、別途オプション料金として、月額十万円(税別)を基本報酬に上乗せしていただく形にて再契約の締結をお願いしたく存じます。いかがいたしましょうか?』
「じゅ、じゅうまん……っ!?」
俺の口から、ヒキガエルが潰れたような声が漏れた。
猫の鳴き真似をするだけで月額十万円の追加コスト。
俺の脳内のインボイス電卓が激しく警告音を鳴らした。
「い、いや! 大丈夫だ! そのままでいい! 追加料金払うくらいなら俺が自分で『にゃーん』って言うわ!」
『承知いたしました。では、現状の契約内容に基づき、通常トーンでの業務を継続させていただきます。引き続き、よろしくお願い申し上げます』
『wwwwwwwww』
『和尚が完全に論破されてるwwww』
『なんだこの新人、強すぎるぞwww』
『可愛い顔して中身が鋼のメンタルww』
『月額10万の「にゃーん」は草』
『隙を見せたらすぐ請求書切られそうww』
チャット欄のリスナーたちは、俺が新人アシスタントに完璧な敬語で詰められ、金(追加報酬)をチラつかせて黙らせられるという予想外の展開に、大爆笑していた。
「くそっ……。なんだこの圧倒的な『詰め』の技術は。五十万も払って可愛い猫のガワを用意したのに、中身が完全に『やり手の事務局長』じゃねえか……っ」
俺は、頭を抱えながら、カメラに向かって愚痴をこぼした。
「おい結愛! お前、その異常に落ち着いた声と、隙のない敬語、一体どこで身につけたんだよ!? 前職、何やってたんだ!?」
俺が半ばヤケクソ気味に尋ねると、画面の中の白猫アバターは、ピコッと猫耳を揺らした。
『前職、でございますね。某通信系企業のコンタクトセンターにおきまして、品質管理部門……いわゆる、ハードクレーム対応の二次エスカレーション窓口を担当しておりました』
「…………は?」
俺の動きが、ピタリと止まった。
コンタクトセンター。
つまり、コールセンターだ。
しかも、ただの窓口ではない。
『ハードクレーム対応の二次エスカレーション窓口』。
それは、一次受けのオペレーターでは対応しきれない、理不尽で凶暴なクレーマーたちが最後に回される、『地獄の最前線(デッドエンド)』を意味する。
「お、お前……。あんな、人間の負の感情を煮詰めたような場所で、電話受けてたのか……?」
かつて、俺自身も東京でブラック企業の派遣として、コールセンターで血反吐を吐きながらクレーム処理をしていた経験がある。
だからこそ、分かる。
その『二次受け』を任される人間が、どれほどの精神力(メンタル)と、言葉の技術(スキル)を持っているかを。
『はい。日々、お怒りのお客様から頂戴する多種多様なご意見(罵詈雑言)に真摯に向き合い、論理的かつ冷静なご案内を徹底する業務に従事しておりました。おかげさまで、少々のことでは動じない耐性を身につけることができたかと存じます』
淡々と語る結愛の言葉には、一切の淀みがなかった。
毎日毎日、受話器の向こうから浴びせられる怒声と理不尽な要求。
それを、完璧な敬語と論理の盾で弾き返し、相手を鎮圧する。
その過酷な戦場を生き抜いてきた猛者(エリート)が、今、俺の目の前で、フリフリの衣装を着た白猫の姿で座っているのだ。
「……なるほどな。そりゃあ、俺みたいな底辺VTuberがちょっと喚いたくらいじゃ、ビクともしないわけだ……」
俺の背筋に、冷たい汗がツーッと流れ落ちた。
かつてのトラウマが蘇る。
電話口で何時間も怒鳴り続けられ、胃に穴が空きそうになった、あの派遣時代の記憶。
そんな地獄の窓口を束ねていた人間を、俺は『可愛いマスコット』として雇ってしまったのだ。
『wwwwwwww』
『まさかのクレーム処理のプロwww』
『そりゃ鋼のメンタルだわwww』
『和尚の過去のトラウマをえぐる設定ww』
『可愛い顔して中身が歴戦の傭兵すぎるww』
リスナーたちは、結愛の異色の経歴にさらに熱狂し、チャット欄はかつてないほどの盛り上がりを見せていた。
すると、その空気を読んだのか、ある一人のリスナーが、赤枠で囲まれた高額なスーパーチャット(投げ銭)を飛ばしてきた。
『スパチャ:10,000円(結愛さん! 試しに俺をクレーマーだと思って、思いっきり冷たくあしらってください!)』
「はぁっ!? お前ら、何をお願いしてんだ!」
俺がツッコミを入れる間もなく、結愛は即座に反応した。
『一万円のスーパーチャット、誠にありがとうございます。……ご要望の件、承知いたしました』
結愛の白猫アバターが、スッと姿勢を正した(ように見えた)。
『――大変申し訳ございませんが、お客様のご要望にはお応えいたしかねます。当チャンネルの利用規約第〇条に基づき、これ以上の不当な要求が継続される場合、然るべき対応をとらせていただく可能性がございます。何卒、ご理解のほどお願い申し上げます』
「…………ッ!!」
冷たい。
零下三十度のシベリアの風よりも冷たく、そして一切の感情を挟まない、完璧な『お断りの定型文』。
受話器越しなら、相手が思わず言葉を詰まらせてしまうような、圧倒的なプレッシャー。
「こ、この容赦のない言葉の壁……。まるで市役所の鈴木さんじゃねえか……っ!」
俺は、先日DMの音声サンプルを聞いた時の『背筋が凍るような既視感』の正体を、ここでようやく理解した。
『うおおおおおおおおっ!!!』
『ありがとうございます!!!』
『結愛様に詰められたい!!!』
『もっと冷たくして!!!』
『スパチャ:5,000円(俺もお願いします!)』
『スパチャ:10,000円(私にも! 規約違反で怒ってください!)』
チャット欄が、完全に狂い始めた。
可愛い白猫の美少女から、冷酷無比なコールセンターの『お断り話法』で詰められる。
その圧倒的なギャップと、ある種の背徳感(?)が、数万人のリスナーたちの謎の扉を開いてしまったのだ。
「や、やめろォォォ!!」
俺は頭を抱え、絶叫した。
「お前らがスパチャを投げるたびに、結愛が冷たい声で論破していく!! なんだこの地獄の集金システムは!! 俺の心が抉られるんだよォォ!!」
『ルシフェル様、ご安心ください。いただいたスーパーチャットにつきましては、後日スプレッドシートにて集計のうえ、売上台帳に漏れなく記帳させていただきます』
「そういうことじゃねえええええ!!」
俺の悲鳴と、結愛の冷静すぎる返答。
そして、降り注ぐ極彩色のスーパーチャットの雨。
税金対策として雇ったはずの経費(アシスタント)は、初日のデビュー配信から、俺の想像を遥かに超える『集金マシーン(新たな売上源)』として覚醒してしまった。
利益を圧縮するどころか、さらに売上(と消費税)を爆増させるという本末転倒な事態。
四十歳の底辺個人事業主と、元コールセンターの冷徹な白猫。
狂気に満ちた新たなコンビの伝説が、今、ここに幕を開けたのであった。
コメント
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第80話、めっちゃ面白かった〜!!😭💕 結愛のビジネス敬語&論破スキルすごすぎて草w 「月額10万円(税別)のにゃーん」はマジで爆笑したよww しかも元コールセンターの二次エスカレ担当って…和尚のトラウマえぐりにきてるやん!!笑 そしてスパチャで「冷たくあしらってください」って依頼するリスナーに完全対応する結愛、強すぎるww 可愛い猫の皮被った歴戦の傭兵…このコンビ、伝説の予感しかしない!!!✨
らむ
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ゆうき あきや
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