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少し……ほんの少し先。
走れば手の届く程の場所で、妹が力なく崩れ落ちる。
俺はただ……己のこの、無力な腕を妹へと向けて伸ばすことしか出来ず、目の前の光景を、ただただ見ていることしか出来なかった。
14年前……小さな妹の手を握り返しながら、守ると誓った。
なのにまた、それを守れなかった。
俺は拳を……、唇を強く噛み締めて叫ぶ。
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「嗚呼、ナンと素敵な叫び声なのでショウ! 素晴らしい!!」
胸元に黒い剣を突き刺した【それ】は、頬を紅潮させる。そして喜びに満ちた笑みを浮かべては、空を見上げる。
「親愛なる我が主……! この哀れな少女に、我が主の寛大なるその御心を……おや?」
ふと、【それ】は倒れた少女の顔を見る。跪いてその頬に優しく触れながら、小さく呟く。
「アナタ……笑ってる、のデスね……♪」
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瞬きすら惜しまれる程の速さで、激昂したロキが【それ】の横っ面へ目掛けて勢いよく蹴りを入れる。「やったか……!?」と思うのも束の間、【それ】はいつの間にか手にしていたステッキで、ロキの蹴りを防ぐ。そのまま手の中でステッキを回すと、緩やかな弧を描いた持ち手の部分にロキの首を引っ掛けては、近くにあった露店へと吹き飛ばした。その衝撃で、屋根を支える柱が折れ、ロキは崩れてきた幕や板に埋もれる。
「いきなり蹴るなんて、酷いデス……。思わず投げ飛ばしてしまったじゃないデ〜スか☆」
【それ】は鮮やかなステッキ捌きをしながら立ち上がると、プリムを掴んで帽子の位置を合わせる。軽く服を叩いて整え、左手にステッキを持つ。相変わらず、その怪しい笑みは絶やしていない。
「ソコのアナタ……、この少女の御家族デ〜スか?」
「だったら何だよ……!」
【それ】は大袈裟に「嗚呼……! ナンと悲しい事でショウ……!!」と、右手で顔を覆って空を見上げる。
「少し駆け出し、手を伸ばせば届きそうな距離だったの二……。この哀れな少女ヲ、助けられなかった! アナタの心中ヲ考えれば、ナンと嘆かわしきことか……」
(コイツは、何を言ってるんだ……?)
【それ】は堪えきれないと言うように、高らかに笑い出す。
目の前で倒れている妹は、【それ】のせいでああなった。
それをまるで他者がやった事のようにアイツは……いや、自身は語り手の一人のように、【それ】はただ目の前の状況を楽しそうに口に出して笑っている。
(いや……アイツのせいだけじゃない)
――――――俺がもっと、早く気づいていれば……!―――――
――――――俺があの時、妹を見失わなければ……!――――――
(あの時も今も、俺は何も変わっていない……。何も変われていない……っ!)
様々な後悔が、俺の中で渦巻く。
シャツを……拳を強く握りしめて、唇を噛む。血が滲みそうなほど、強く、強く……!
そんな俺を見た【それ】は、追い討ちをかけるように歪な笑みを浮かべては、俺の顔を覗き込む。
「ふふふっ♪ 悔しいデスか〜?」
「……あぁ、悔しいな」
――――――……守れなかったことが。――――――
「悲しいデスか〜?」
「そうだな……悲しいな」
――――――己の無力さ……非力さが。――――――
「それはそれは…。何ともお気の毒に……では」
【それ】は持っていたステッキを、俺の額へあてがう。
俺は甘んじて受け入れる様に、ただそっと瞼を閉じる。
(短い異世界生活だったが……。陽菜子も助けられないようじゃ、きっとこの先もダメだな……)
伊織を一人残してしまうのは心苦しい……が、きっとセージや、何だかんだでロキも助けてくれるだろう。
(お前らの前だけでは、見栄張ってたかったが……。それも、もう無理か……)
よく分からないまま、全てが終わる。
謎の少女Aに渡されたゲームソフトよって、突然こんな見知らぬ異世界に転移させられた。あの少女Aを見つけ出して、理由と共に、せめて文句くらい言いたかった。
それにセージへの借金をまだ返せてないし、このままでは俺は金を持ち逃げして死んだ、クソ野郎じゃないか? セージはともかく、ロキは根に持ちそうだ。そうなると、伊織が少し心配になってくる。
それに、ロキがせっかく助けてくれた命だぞ? こんな簡単に、見るからに怪しいヤツに差し出していいのか? いいや、良くないね!
それに、神崎家の家訓は何だ? 思い出せ、八尋。このままでは、神崎家の長男としても、後世の笑いものだ。負け犬のままでいいのか? いいや、やっぱり良くないね!!
そう考えると、とてもとても……。
「スグに、あの少女の元へと……送って差し上げまショウ!!」
【それ】が勢いをつける為に、ステッキを俺の額から離したその瞬間……! 俺は右に重心を傾け、ステッキの先を避ける。
「……っ! ぶねぇ!!」
「………………!」
俺はそのまま勢い利用して、右肘をから下を軸にして足を伸ばす。そして時計回りに【それ】の足を払う。俺の反撃が、余程予想外だったのか。驚いた【それ】は、一瞬反応が遅れ、俺の足が引っかかりバランスを崩す。――――――俺達は、その隙を見逃さない!!
背後から、ロキの鎖が【それ】を絡める。
「さっきのお返しだ! クソ道化師が!!」
ロキは勢いよく鎖を引くと、【それ】を噴水広場の石像へと叩きつける。石像はロキの怒りによる力と、勢いに耐えられなく、無惨にも崩れた。
某銀行員のあのセリフが流行る以前より、小さい頃から親父に繰り返し教えこまれた、神崎家の家訓。
――――――平手打ちでビンタをされたなら、グーで殴り返せ。
――――――石を投げつけられたのなら、木刀を持って殴り返せ。
――――――一発殴られたのならば、最低でも二発以上は殴り返せ。
俺は【それ】が叩きつけられた、壊れた石像へ向けて指を指す。
「なんかよく分からねーけど。んな風に、足をガクガク震えながらカッコつけたって、説得力もクソもねーぞ?」
「うるせーな! 武者震いだよ! 正直に言えば、恐怖が八割膝に来てんだよ!」
ちなみに残りの二割はと言うと、日頃の運動不足等の反動であるが。黙っておく。
「……つか! 一般人のただのオタクが、あんなよく分かんねー相手に反撃すんの、どんだけ勇気がいると思ってんだよ!?」
ロキの言う通り、ガクガクの足と心臓の鼓動を必死に抑えながら、俺は反論する。俺にしては、めちゃくちゃ頑張った方なんだよ!!
「……そんな事より、陽菜子だ! っ、セージ!!」