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セージは困惑顔で、妹の胸元辺りに手を添えている。
「セージ! アホヒナは!?」
「ロキ! ヤヒロさん!! ……外傷は見当たらなく、出血もありません! ……ですが、何故か呼吸も心臓も止まってます! 蘇生も試みてはいるんですが……!!」
セージは自身の胸元で両手を合わせると、魔法陣を作り出す。……しかし魔法陣は、『バチッ!』と何かに阻害されるように音を立てると、どこからともなくヒビが入っては、その形を保てなく跡形もなく消え去る。
「なっ……どうして!?」
訳の分からない俺に、ロキが口を開く。
「僕の予想だが……。この黒い剣のせいだろ」
「……! この黒い剣は、一体なんだ……!?」
ロキは口元に手を当てながら、何かを思い出すような仕草をする。そして途切れ途切れだが、少しずつ言葉を紡ぐ。
「随分古い魔法……だが、確か似たようなものを、ババアの書物で見た気がする……。今は失われた、禁忌の魔法で……治癒魔法の全てを阻害する、術式魔法……」
「この剣をどうにかする方法は無いのかよ!?」
「……悪いが、僕とセージにはどうにも出来ない」
「何で!?」
ロキは、親指の爪をカリッと噛む。苦虫を噛み潰したように表情を歪め、妹に刺さる剣を見る。
「聖、と光……?」
ロキは頷き、黒い剣に手を伸ばす……が、何かに弾かれるようにロキの手は、触れることすら出来ない。
「僕は、どちらかと言えば炎。セージは風だ……。僕らじゃこの黒い剣を抜くことも……ましてや触れることも、出来ない!!」
ロキの言葉に、俺はセージを見る。セージは申し訳なさ気に少し顔を逸らすと、無言で目を伏せる。
「そんな……」
俺は地面に突っ伏す。ロキもセージも、悪くない……悪くは無いのだが。
「もし……もし、この剣が抜けなかったら……。ヒナは……妹はどうなる……?」
「意識を取り戻さないか……最悪……」
ロキは、そこで言葉を詰まらせる。その意味は、さすがの俺でも分かる……分かる。が、最も聞きたくない。
しかし現実は残酷で……。ロキは息を吸い込み、唾を飲み込むと俺を見る。
――――――真剣な顔つきだった……。
――――――冷静な声色だった……。
だからこそ、この状況が現実なのだと……。目を逸らさずに、理解せざるを得ないのだと、突きつけられる。
(こんな序盤で……訳も分からずに、はじめの街でこんな……!!)
これがゲームだったならば、序盤で……こんな形で妹を失うとか、どんなクソゲーだよ!
俺が今まで元の世界でやっていたあれらは、全て非現実のモノで。今、俺の目の前で起きているこれは、間違いなく現実の事だ。
石畳の地面に、爪を立てる。今の俺には何も掴めず、ただ引っ掻くことしか出来ない。
(そんな……そんな現実は……!)
「……は? お前、一体何を……」
俺は何度か深呼吸をする。そして、最後にそれまでより深く、大きく息を吸い込むと、奥歯をかみ締め……決意して息を止める。
そして、黒い剣に向けて手を伸ばした……!!
「なっ……! やめろ馬鹿!!」
ロキの、制止する言葉が聞こえる。が、俺は止めなかった!
「うっ……! コレは、っつ! 結構……っな、もん、だな……っつ!!」
『バチッ!!』っと音と共に、電流が流れるような感覚が走る。それと同時に、無数の針で刺されるような、見えない壁に阻まれるような……今まで体験したこともないような。……そんな言葉に言い表せられない痛みと衝撃が、手のひらへ、腕へと伝わる。
(痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……! イタイイタイイタイイタイイタイイタイ……っ!!)
噛み締める力が、いっそう強まる。痛みで涙だって出る。皮膚は火傷したように熱く、ところどころただれて剥がれる。シャツの袖も、衝撃で少しずつボロボロになっていく。
痛い! 焼けるように熱い!
イタイ! 電流を流されるように痺れる!
いだい、痛い! イタイ!!
それでも、俺は止めない。こんな所で、止められない!
そんな苦痛の表情に歪む俺を、見るに耐えられなかったロキが声を荒らげる。
「やめろ! それ以上無理に触れようとすれば、お前の身体が……!!」
「そうですヤヒロさん! 無茶です! それ以上は、アナタのお身体が……!!」
「……っ! 無理なんて……!!」
俺は、ロキとセージの言葉を遮るように叫ぶ。気づけば、口の中には鉄の味が広がっている。このままでは、下唇を噛みちぎるのでは無いかと思うほど、自分では無意識に噛んでいたようだ。
「だからって……お前がそこまでする必要は無いだろ!?」
そうだ。目の前の妹を諦めて、全てを受け入れるならば、俺はこの痛みから解放される。楽になれる。
自分でも分かってるさ……この行動をする事で、100%助けられるとは限らないのだと。俺だって……俺自身だって、驕ってなどいない。俺が掴めるものは……救えるものは、ほんの一握り。結局自分が傷つくだけで、無駄かもしれない。
「それ、でもっ! 俺は……!!」
欲張りだと、分かってる。強欲だとも、思ってる。それでも、俺は今、助けたいんだよ。目の前の、たった一人の妹を……!
(今度こそは……、絶対に……!!)
剣へ手を腕を伸ばせば、近づければ近づけるほど拒絶は増す。頬も所々ヒリヒリと熱と共に、痛みを帯びる。汗だけじゃない、額から頬から伝っては地面にシミを作る。
「それに俺はな……」
口角を上げる。あと少し……ほんのもう少しだけ力を入れれば、握れるほどまで近づけた。
俺のキャラではないが、幼い頃に観たアニメ。勇気とガッツで補えば、なんとかなると、先人は言った。
(……ならば俺も、少しだけそうさせてもらう)
最後の一握りに力を入れるために、俺は「うおおおぉぉぉおおおぉぉおおっ!!」と腹から声を出して叫ぶ。
薄いガラス膜を割るような音と感覚と共に、固く無機質な感触が手のひらに伝わる。直ぐにそれを掴んで引き抜くと、その勢いで俺は後ろへと倒れて、背中を打ちつける。
そして俺の手のひらにある、妹から離れた剣は。